第177話:機能拡張と、次なる路頭
砂漠の夜が明け、ガル・ラサームの街に鋭い朝日が差し込む頃。
宿の裏手にある臨時の駐車場において、カイトは一人、愛車である四輪駆動車のボンネットを開けていた。
「……判定。魔石駆動機関の同調率、九十八パーセント。砂塵の混入による吸気効率の低下を僅かに感知」
カイトは無表情のまま、ジャージのポケットから数枚のコインを取り出した。
「……等価交換」
手の中でコインが光の粒子となって消滅すると同時に、現代の高性能な『パーツクリーナー』と『不織布のウエス』が手元に具現化される。
カイトは慣れた手つきで吸気フィルターの砂を吹き飛ばし、昨日激戦を潜り抜けた機関の接合部を丁寧に拭き上げていく。汚れ一つない漆黒のジャージが、朝日に鈍く光っていた。
これまでの実地研修を経て、カイトは一つの構造的な結論に達していた。
この世界の宿屋の設備は均質化されておらず、防犯性や衛生面において常に一定のリスクを孕んでいる。移動インフラそのものに完全な居住機能を持たせることこそが、今後の長期的な旅における生存率を最大化するための最適解である、と。
愛車の点検を完璧に終え、ボンネットを静かに閉じたカイトは、四輪駆動車の後部へと回り込んだ。
「……これより、移動インフラへの居住機能の追加、および構造改革を敢行する」
カイトはジャージのポケットから、昨日ギルドで獲得したばかりの大金貨を数枚取り出し、愛車の後部バンパーへと置いた。
「……等価交換」
キィィィン、と空間が微かに鳴動し、置かれた大金貨が眩い光の粒子となって空間へと溶けていった。
光の中から現れたのは、現代の最新テクノロジーによって設計された、頑強な装甲キャビンを持つ『高級牽引式トレーラー(キャンピング仕様)』だった。
それは強固な連結ヒッチを介して、カイトが先ほど整備を終えたばかりの四輪駆動車の後部へと、ガチリと完璧な噛み合わせで接続された。
「ふぁ……、カイト様、おはようございます。……って、ええぇぇぇっ!?」
建物の影から、まだ少し眠そうに目を擦りながら歩いてきたリアが、愛車の後ろに出現した巨大なコンテナのような車両を見て一瞬で目を丸くした。
驚きのあまり、ピンと立った耳が小刻みに震えている。
「お、お車の後ろに、なんだか凄く大きくて格好良い箱がくっついています……! これ、車で引っ張るお家ですか!?」
「……判定。牽引式居住キャビンの増設を完了した。これより、外部の環境に左右されることなく、車内において安全な睡眠および栄養摂取が可能となる。移動効率および個々の生存率は極めて高い水準で最適化される計算だ」
カイトが感情の起伏がない声で淡々とそのメリットを告げると、宿の勝手口からエルザが優雅に歩み出てきた。
調律杖を軽く突きながら、連結されたトレーラーを一瞥し、ふっと妖艶に微笑む。
「なるほどね。今までの愛車はそのままで、いつでも後ろのふかふかのベッドで眠れるわけね。温度が完全に管理された室内にいられるなら、人間の薄汚れた宿屋にわざわざお金を払って泊まる必要すらなくなるわ。さすがの計算じゃないの」
「……エルザの指摘は論理的に正しい。すでにこの街における『不備』の解消、および銀級へのランクアップという目的は達成された。これ以上の滞在は、余計な陳情や陳腐な称賛というノイズを引き寄せる確率が極めて高い」
カイトはウエスで指先を拭き、大切に整備された四輪駆動車の運転席のドアを開けた。
「判定。これより、本領域からの即時離脱を敢行する。目指すは、この砂漠の境界を越えた先にある、肥沃な大河を中心とした交易都市『バハル・ズラク』。あそこの流通インフラには、かねてより構造的な欠陥の噂がある」
「はい! このお車と新しいお家なら、どこまでだって安全に行けちゃいそうです!」
リアが嬉しそうに尻尾をブンブンと振りながら、連結された快適なトレーラーキャビンへと飛び込んでいく。
「交易都市、ねえ。人間の欲が渦巻いている場所でしょうから、叩けばいくらでも埃が出そうだわ。カイトの『お仕事』にはうってつけの場所じゃないの」
エルザも優雅な足取りでそれに続き、ラグジュアリーな車内へと腰を落ち着けた。
「……行くぞ。次なる領域の不備を、すべて均質化する」
カイトが運転席に滑り込み、整備の行き届いた魔石エンジンを始動させる。
ガル・ラサームを救った英雄としての名声を置き去りにし、重厚なキャンピングトレーラーを力強く牽引しながら、四輪駆動車は砂漠の朝を切り裂いて、次なる混迷の舞台へと向かって走り出した。
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