第171話:ギルド長の決断と、防衛線の査定
冒険者ギルド『砂の牙』の最上階にある重厚な一室。
そこには、鍛え上げられた巨体に数々の傷跡を刻んだギルド長、バルガスが、カイトの持ち込んだ軍の認識票と通信魔導具を前に深く眉間を寄せていた。
室内の空気は、尋常ではない緊張感に満ちている。
「……なるほどな。国境の監視砦が沈黙していた理由は、すでに悪魔族の本隊が、魔力を遮断する特殊な砂嵐に紛れて岩頭地帯を抜けたからか。理にかなっていやがる」
バルガスは鋭い眼光でカイトを見据えた。
一介の銅級冒険者が持ち込んできた情報としてはあまりに規格外だが、目の前に転がされた証拠と、カイトの淀みない状況説明には、疑う余地がどこにもなかった。
「オアシスの穴を塞いだのもお前たちだな。街の吸水バルブの不調に気づいた時点で、ただの新人ではないと思っておったが……。カイトと言ったか。お前の計算では、敵の本隊がこの街へ到達するまでの時間はどれほどだ?」
「……移動速度と岩頭地帯の地形の起伏を鑑みるに、およそ残り四時間。敵は水不足による街の混乱を前提とした電撃戦を想定していたはずだ。オアシスが回復した今、作戦の狂いを察知すれば、侵攻速度をさらに上げてくる可能性が高い」
カイトは感情の起伏がない声で淡々と答えた。
神の枷による制限はあるものの、手元にあるコインを現代の物品に変換する『等価交換』の権能を使えば、この部屋でギルド長を驚かせるような兵器をいくらでも呼び出せる。
しかし、それは最後の手段だ。カイトはまず、ギルドが保有する既存の防衛戦力というリソースを、寸分の無駄もなく配置させることに意識を向けていた。
「四時間だと!? クソッ、正規軍の増援を待つ時間は到底ねぇな! 今この街にいる動員可能な冒険者をかき集めても、数と練度で圧倒的に不利だ!」
傍らに控えていた副ギルド長が、焦燥を隠しきれずに声を荒らげる。
その様子を後ろで見ていたエルザが、調律杖の先端を床にコツンと当てて冷ややかに笑った。
「随分と情けない声を出すのね。数で劣っているなら、敵が攻め込んでくる経路を絞って、一網打尽にすればいいじゃない。幸い、この街の周囲は砂丘ばかり。大軍が通れるルートなんて限られているわ」
「エルザの言う通りです! 街の北西には、大きな谷が一つあります! あそこを通るしかありません!」
リアがピンと立てた耳を揺らし、記憶している地図の地形を熱心に補足する。
前衛の『回避タンク』として数々の修羅場を潜り抜けてきた彼女の視点も、確実に戦術的な最適解へと近づいていた。
「……判定。リアの指摘した北西の『断頭谷』を迎撃地点に設定する。敵の進行ルートをあそこに誘導し、密集した瞬間に最大火力を投射して圧殺する。これが、最も確実かつ消費の少ない防備計画だ」
カイトは無表情のまま、ギルド長の机の上に置かれた地図の一点を指差した。
「だが、カイト。敵も馬鹿ではない。あからさまな伏兵の気配があれば、谷を迂回して広大な砂丘から散開して攻めてくるぞ。そうなれば防衛線は崩壊する」
バルガスの鋭い指摘に、カイトは静かに首を振った。
「……迂回はさせない。散開の選択肢そのものを物理的に消去する。ギルド長、お前たち冒険者は谷の出口での迎撃準備に専念しろ。谷の手前にある環境の『不備』は、俺たちブルームーンが事前に処理しておく」
カイトの言葉には、一片の傲慢さも、熱い決意もなかった。ただ当然の予定を口にするかのような冷徹な響きに、バルガスはしばらく沈黙した後、不敵な笑みを浮かべて立ち上がった。
「面白い。銅級の新人に街の命運を賭けるなど前代未聞だが……その濁りのない目、信じてみる価値はありそうだ。ただちに全ギルド員に通達! 北西の谷での迎撃布陣を敷く!」
「了解です!」
ギルド長室を後にし、カイトたちは再び四輪駆動車へと乗り込んだ。
手元の財貨を無駄にせず、魔力と既存の地形を上書きして敵をハメ殺すための「罠」を仕掛けるため、カイトは魔石エンジンを力強く吹かせ、北西の谷へと車を急進させた。
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