第170話:ギルドへの警告と、迫り来る鉄錆
ガル・ラサームの重厚な鉄門を猛然とくぐり抜け、カイトは四輪駆動車を冒険者ギルド『砂の牙』の正面へと滑り込ませた。
車が完全に停止するよりも早く、リアが後部座席のドアを開け、縄で厳重に縛り上げた悪魔族の斥候兵を引きずり出す。
白昼堂々、ジャージ姿の三人組が隣国の兵士を捕らえて戻ってきたという異常事態に、広場を行き交う住民たちが一瞬で静まり返った。
「……これより、ギルド上層部への緊急連絡、および最高警戒態勢の移行要求を行う。リア、エルザ、個体を確保したまま付いてこい」
カイトは感情の失せた声で告げると、ギルドの木扉を迷いなく押し開けた。
昼下がりのロビーは、まだ多くの冒険者たちで賑わっていたが、引きずり込まれてきた赤黒い皮膚の悪魔族の姿を見た瞬間、あちこちでガタガタと椅子を鳴らして立ち上がる音が響いた。
「おい……嘘だろ、ありゃ悪魔族の斥候じゃねぇか!」
「水源の見回りに行ったんじゃなかったのか!? なんでそんなものを連れ帰ってやがる!」
ざわつく荒くれ者たちを完全に無視し、カイトは受付カウンターへとまっすぐに歩み寄った。
カウンターの奥では、昨日カイトを『銅級』へと昇格させたばかりの受付嬢が、目を見開いて硬直している。
「カ、カイトさん……! これは、一体どういう……」
「……判定。大オアシス『エル・ナハル』の水位低下は、この個体を含む悪魔族の別働隊による、人工的な地層破壊工作が原因だ。目的は、このガル・ラサームの生活・防衛インフラの完全な麻痺」
カイトは淡々と、しかし遮ることを許さない冷徹な口調で事実を突きつけた。
「すでに排水口の修復は完了し、水源の回復は確認した。だが、真の問題はそこではない。この個体の簡易尋問により、悪魔族の本隊がすでに国境の防衛線を迂回。この街から北西に数キロの岩頭地帯に潜伏し、侵攻の機会を窺っていることが判明した」
「侵、侵攻……!? 悪魔族の軍勢が、ここへ向かっているというのですか!?」
受付嬢の悲鳴のような声が、静まり返ったギルド内に響き渡った。
周囲の冒険者たちの顔から一気に血の気が引いていく。
手元にあるコインを現代の物品に変換する『等価交換』の権能は健在だが、軍勢を相手に大金を叩いて兵器を買い漁るのは、カイトの流儀ではない。限られた財貨と、この街の防衛戦力という既存のリソースをいかに効率よく噛み合わせるか――それがカイトの弾き出した計算だった。
「な、何を馬鹿なことを言っていやがる!」
ロビーの奥から、体躯のいい銀級のベテラン冒険者が声を荒らげて進み出てきた。
「そんな大それた軍の動き、国境の監視砦が気づかないはずがねぇ! 新入りの銅級が、手柄欲しさに大ボラを吹いてるんじゃねぇだろうな!」
「……国境の監視組織が機能しているという前提自体が、構造的な油断だ」
カイトは一瞥もくれず、背後のリアに視線を送った。
「リア、この個体が所持していた通信用の魔導具と、軍の認識票をカウンターへ提示しろ」
「はい! これです!」
リアが斥候の懐から剥ぎ取った、不気味な紋様が刻まれた金属片と黒い魔石をカウンターに叩きつける。
それを見た銀級の冒険者は、返す言葉を失い、息を呑んだ。それは間違いなく、隣国の正規軍が隠密作戦時に使用する本物の軍需品だった。
「……これ以上の問答は時間の空費だ。判定、残された猶予は極めて少ない。ただちにギルド長への面会を要求する。街の防衛インフラを物理的に補強し、迎撃の布陣を最適化せねば、この街は確実に瓦解する」
カイトの無機質な言葉には、一片の揺らぎもなかった。
等価交換による隠された実力を表に出すことなく、ただその圧倒的な知悉と理詰めによって、カイトはギルド全体を、そして街そのものを自らの管理下に引き込もうとしていた。
北西の空から、砂嵐とは異なる、鉄錆と血の匂いを孕んだ大戦の足音が、ガル・ラサームへと確実に迫りつつあった。
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