第166話:銅級(ミドルランク)の掲示板と、砂の異変
翌朝、カイトたちは昨日より一段階上がった『銅級』の身分証を携え、再びギルド『砂の牙』の門をくぐった。
朝のギルドは、これから砂漠へと繰り出す冒険者たちで熱気に満ちていたが、カイトが姿を現した瞬間、周囲の空気の密度がわずかに変わる。昨日、一人で十三件の雑用を一瞬で片付け、鉄級から一気に飛び級した「ジャージ姿の男」の噂は、すでに現役の銅級や銀級の耳にも届いていた。
「……判定。昨日の一括処理により、当面の活動資金の残高は安全圏を維持している。これより、さらなる評価の獲得と、この土地のより大きな『不備』の解消へ移行する」
カイトは周囲の視線を一瞥もせず、ロビーの奥にある『銅級専用』の掲示板へと歩を進めた。
並んでいる依頼書は、昨日の茶色い雑用とは異なり、どれも羊皮紙の質が良く、報酬の桁も一つ上がっている。
『オアシス周辺に生息する「砂丘大蠍」の変異種の討伐』
『西方の採掘場から街へ向かう、交易馬車の護衛』
『砂漠の植物「月見草の根」の大量採取』
「へえ、少しはまともな仕事が並んでるじゃない。ねえカイト、護衛依頼なんてどう? 馬車に揺られてるだけでお金が貰えるなら、私の肌への負担も少なくて済むわ」
エルザが調律杖の先端で、交易馬車の護衛依頼の紙を小突いた。
「……却下だ、エルザ。護衛依頼は他者の移動速度に依存するため、時間あたりの効率が著しく低い。こちらで主導権を握れる討伐、または採取が最も理にかなっている」
「相変わらず夢も情緒もない計算ね……」
エルザが深くため息をつく。
「カイト様! この依頼書、何だかちょっと変ですよ?」
掲示板の端を覗き込んでいたリアが、一枚の依頼書を指差した。
それは『オアシス水源の定期見回り』という、本来なら極めて安全なはずの、Eランクに近い低難度の依頼だった。しかし、報酬の欄には銅級の討伐依頼と同等の「大銀貨五枚」という破格の金額が、赤文字で上書きされている。
「……判定。難易度と報酬のバランスが完全に崩壊しているな。設計上の不備、あるいは――隠蔽されたリスクが存在する」
カイトが無機質な眼差しでその依頼書を剥ぎ取ろうとしたその時、背後からドスのある低い声が掛けられた。
「おい、新入り。そいつには手を出すな。そりゃあ俺たち地元の冒険者でも、薄気味悪がって誰も引き受けねぇ曰く付きだ」
振り返ると、そこには砂漠の照り返しで鍛え上げられた、体躯のいいベテランの銅級冒険者が腕を組んで立っていた。その顔には、昨日カイトが雑用を片付けたことへの侮りはなく、純粋な警告の念が浮かんでいる。
「……リスクの詳細を要求する」
カイトが淡々と問い返すと、ベテラン冒険者は声を潜めて言った。
「あのオアシスはな、ここ数日、理由もなく水位が急激に下がってやがるんだ。それだけじゃねぇ。周辺を調査しに行った奴らが、何かに怯えたような顔で『砂の底から妙な足音が聞こえる』って言って戻ってこねぇんだよ。魔獣の仕業にしちゃあ、妙に組織立って動きやがる……」
「砂の底からの足音……ですか?」
リアが不安そうに耳をピクリと動かし、カイトを見上げる。
「……判定。水源の異常、および不可解な個体の組織行動。これは単なる自然現象や野良魔獣の仕業ではない。この街全体の生命維持インフラを脅かす、最大級の『不備の前兆』だ」
カイトは迷うことなく、その赤文字の依頼書をガシッと掴み取った。
「……受付へ回す。この街の喉元に刺さった不備の根本原因を、これより理詰めで精査し、排除する」
手に入れた潤沢な資金と、磨き上げた『リペア』の魔法。それらを携え、カイトたちは街の外へと広がる本格的な砂漠の謎、そして後に街を揺るがす「大きな戦争の足音」の最初の一歩へと、冷徹に踏み出していく。
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