第165話:鉄級ギルドの激震
カイトたちが再び冒険者ギルド『砂の牙』の重い木扉を押し開けたとき、酒場兼ロビーは午後の気怠い空気に包まれていた。
しかし、漆黒のジャージを着た三人が受付カウンターへとまっすぐに歩いていく姿を見て、周囲の冒険者たちが「おい、また戻ってきたぞ」と色めき立つ。
カイトは周囲の雑音を完全にシャットアウトし、十数枚の依頼書をカウンターへ無造作に滑り込ませた。
「……判定。一括受注した全十三件の低位依頼、すべての履行を完了した。報告書への魔力刻印を確認し、一括での報酬支払いを要求する」
カウンターの奥で別の作業をしていた受付嬢は、カイトの言葉にピキリと動きを止めた。
彼女は信じられないといった様子で、差し出された依頼書の束をひったくるようにして手元に引き寄せる。
「は、はあ!? 一括受注してから、まだ二時間も経っていませんよ!? いくら街の中の雑用とはいえ、移動するだけでも――」
受付嬢は専用の魔導具に依頼書を次々とかざしていくが、そのすべてに、現地の依頼主から承認された本物の「完了刻印」がクッキリと浮かび上がった。
商業荷受所の天秤、西門の給水バルブ、外壁の砂避け溝……そのすべてが、完璧に不備を解消されているという事実が、魔導具を通じてギルドのシステムに同期されていく。
「な、何これ……全部、本当に終わってる……? 一の狂いもなく、完璧に修繕されてるなんて……」
受付嬢の震える声は、静まり返ったギルド内にハッキリと響き渡った。
酒を飲んでいたベテランの荒くれ者たちが、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、カイトの背中を信じられないといった目で見つめる。
「おい、冗談だろ……? あの十三件って、普通なら三つのパーティが丸一日がかりで泥まみれになってこなす量だぞ」
「魔力をほとんど感じないあの男、一体どんな手品を使ったんだ……?」
「……手品ではない。無駄な移動ルートを排除し、構造解析に基づいた『リペア』を最短順序で適用しただけだ。非効率な作業をしなければ、この程度の時間枠で処理できるのは当然の計算だ」
カイトは感情の起伏が一切ない声で、受付嬢の動揺を理詰めで切り捨てた。
「ねえ、驚くのはいいけれど、早く報酬を計算してくれない? 私たちのジャージは環境適応しているとはいえ、この錆び臭いギルドに長居するのは趣味じゃないのよ」
エルザが退屈そうに調律杖の先端で床をトントンと叩き、早くも次のフェーズを見据えている。
「あ、は、はい……! 大変失礼いたしました! ただいま一括清算いたします!」
受付嬢は赤くなった顔で大慌てで計算に入り、カウンターの上にジャラジャラと大量の硬貨を並べ始めた。
今度は、先ほどのような微々たる小銭ではない。まとまった数の銀貨と、数枚の眩しい大銀貨。
等価交換の軍資金を丸々維持したまま、魔力だけで十三件の利益を総取りしたため、カイトの財布の残高は、砂漠を越えてきた直後の「カツカツな赤字寸前」から、一気に「当面の潤沢な活動資金」へと跳ね上がった。
「……受領した。リソースの回復を確認」
カイトが冷徹に硬貨をジャージのポケットへと収めたその時、受付嬢がハッと表情を引き締め、カイトの金属プレートを手元に引き寄せた。
「カイトさん、これだけの数を一瞬で、しかも完璧にこなされたとなれば、ギルドとしても例外を認めざるを得ません。……あなたのプレートの評価(信用度)を更新します」
チリ、とプレートに新しい魔力の紋様が刻まれる。
「鉄級(下位)から、一気に『銅級(中位)』への昇格を認めます。これで明日からは、街の外での本格的な魔獣討伐や、価値の高いインフラ防衛の依頼が受注可能になります!」
「やりました、カイト様! ランクが上がりましたよ!」
リアが嬉しそうに耳をバタバタと揺らし、カイトの袖を引っ張る。
「……判定。予定通りの評価上昇だ。明朝からは、より報酬単価の高い、この土地の本質的な『不備』の解消へ移行する。……行くぞ、リア、エルザ」
カイトは踵を返し、驚愕と畏怖に満ちたギルドのロビーを悠然と通り抜けていった。
泥臭い下働きを理詰めでねじ伏せ、最速で銅級へと駆け上がったカイトたちの名は、瞬く間に砂漠の街『ガル・ラサーム』の裏社会へと轟き始めていく。
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