第155話:脱出の摩擦と、砂下の気配
カイトは手に入れた『手動式エアダスター』のノズルを、砂が詰まったフロントの足回りに向けた。
シュ、シュッと小気味よい音を立てて高圧の空気が吹き出される。
同時に、先ほど獲得したばかりの初級魔法『局所集塵』を併用し、デファレンシャルギアの隙間から剥がれ落ちた細かい砂粒を一箇所に集め、風の渦でまとめて後方へと弾き飛ばしていく。
「……判定。駆動系の物理的ロック、解除。リア、その板を前輪の少し掘り下げた隙間に斜めに差し込め」
「了解です、カイト様! 砂を少し退けて……よし、ここですね!」
リアが身体強化の魔力で手早く砂を退け、凹凸のついたプラスチック製の『サンドラダー』を左右のタイヤの下へ正確に滑り込ませた。
ただの板ではない。タイヤの溝がガッチリと噛み合うように計算された、現代のスタック脱出用ツールだ。
「エルザ、後部座席に戻れ。リアは助手席だ。……アクセルを一定の踏み込みで維持する」
「はいはい、やっと涼しい車内に戻れるわね。本当に気が利く道具なんだから」
エルザがジャージの袖についた砂を払いながら滑り込み、リアも助手席でしっかりとシートベルトを締める。
カイトは運転席に座り、魔石エンジンを静かに始動させた。
ギアをローに入れ、アクセルをじわりと踏み込む。
キュルル……、ガチッ!
空転していたオフロードタイヤが、サンドラダーの突起を完璧に捉えた。
確かな摩擦を得た4WDの巨体は、沈み込んでいた砂の穴からズズズと這い上がり、勢いよく砂丘の斜面を登りきって平坦な場所へと脱出した。
「やりました! 完全に抜け出せましたね、カイト様!」
リアが助手席で嬉しそうにシートを叩く。
「……当然だ。砂漠のスタックは力任せに回すから深くなる。摩擦の係数を変えれば、車輪の回転は正しく推進力へと変換される」
カイトは車を止め、ミラー越しに役目を終えたサンドラダーを確認した。
今回の等価交換による出費も最小限。手元の数少ないコインを無駄にすることなく、砂漠の不備をまた一つ、理詰めで処理した。
だが、カイトがシートベルトを外してラダーを回収しに行こうとした、その瞬間。
ズズズ……、ズズズズズ……。
車の周囲の砂丘が、まるで生き物のように不自然にうねり始めた。
風の音とは違う、何かが砂の下を高速で這い回る、不気味な摩擦音が足元から響いてくる。
「……判定。不備の連続発生。……どうやら、ただの足場の悪さだけが、このエリアの障害ではないらしいな」
カイトは漆黒のジャージの襟元を直し、無機質な眼差しで、砂水面の下から突き上がってくる「動く影」を凝視した。
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