第131話:壊れた道具と、冷徹な修正
崩れゆく灯台の最上階。海風が石壁の隙間から吹き込み、ゼノが放つ不気味な赤い光と、カイトたちが纏う漆黒のジャージが激しく交差していた。
ゼノは焦っていた。
彼が自信満々に繰り出した黒い触手も、強力なはずの重力の槍も、カイトには全く通用しなかったからだ。それどころか、カイトはその攻撃を「作りが甘い」と一蹴し、あべこべに自分の守りを固めるための材料として再利用してしまった。
「……くっ、ふざけるな! 私はこの世界をより高みへと導く設計者だぞ! こんな、ただの『直し屋』ごときに……!」
ゼノが魔導器を力任せに振ると、床に散らばっていた瓦礫が宙に浮き、巨大な岩の塊となってカイトたちへ降り注いだ。
だが、カイトはその光景を見ても、眉一つ動かさない。
「……リア、右へ二歩。エルザ、そのまま十時方向に氷の壁だ。……無駄な魔力は使うなと言ったはずだ」
「了解です! ……はいっ!」
リアが影のように素早く動き、岩の直撃を最小限の動作でかわす。その直後、エルザが放った薄い氷の膜が、降り注ぐ岩の軌道をわずかに逸らした。逸れた岩は、そのままゼノの足元へと転がっていく。
「……なっ!? 私の攻撃を、私の方へ流したのか!」
「……当たり前でしょ。あんたの攻撃、力任せすぎて隙だらけなのよ。カイトに言われるまでもなく、次がどこに来るか丸見えなんだから!」
エルザが不敵に笑う。
カイトは、ゼノが攻撃を繰り出すたびに発生する「魔力の漏れ」を、正確に計算していた。ゼノの術式は見た目こそ派手で強力だが、その分、周囲に漏れ出す魔力の無駄が多すぎる。カイトはその漏れた魔力を捉え、それを自分の魔法を補強する力へと変えていたのだ。
「……さて、答えは出た。お前の道具は、もう限界だ」
カイトが静かに一歩踏み出す。
ゼノの持つ魔導器が、無理な出力を繰り返したせいで、パチパチと壊れそうな音を立て始めた。
「……馬鹿な、そんなはずは……! まだ、予備の魔力はあるはずだ……!」
「……お前は自分の道具の性能を過信しすぎた。無理な連発で、内部の回路が熱を持って焼き切れている。……お前がばら撒いたその『過剰な熱』を材料に、空気の流れを書き換える」
カイトが手をかざした瞬間、ゼノの周囲の空気が、逃げ場を失った熱を閉じ込めるようにギュッと収束した。
ゼノが持っていた魔導器は、内部から膨れ上がった熱と魔力に耐えきれず、カイトが指を鳴らすのと同時に、音を立てて粉々に砕け散った。
「……ああ、……私の、最高傑作が……!」
膝をつくゼノに対し、カイトは無表情のまま近づき、その手首をがっしりと掴んだ。
「……これで終わりだ。お前が勝手に作り出したこの場所の不備は、俺が全て直す」
カイトの手から静かな魔力が流れ込み、ゼノが周囲に張り巡らせていた不穏な魔法の残骸を、次々と消し去っていく。
灯台を包んでいた不気味な赤い光が消え、再び穏やかな海風が三人の間を吹き抜けた。
リアが駆け寄り、ゼノが落とした道具の破片を拾い上げる。
「カイト様、やりましたね! ……あんなに強そうだったのに、最後は自分の道具が壊れて自滅しちゃうなんて」
「……当然だ。無理な使い方をすれば、どんな道具も壊れる。……エルザ、こいつを街へ連れて行く。アイリスにしたことの報いは、きちんを受けさせる必要があるからな」
「……ええ、賛成よ。こんな奴、暗い牢屋で自分の計算のどこが間違っていたのか、一生かけてやり直せばいいわ」
エルザが杖を収め、崩れかけの灯台の外へと視線を向けた。
朝の光が水平線から差し込み、ポート・ルミナスの街を静かに照らし始めている。
漆黒のジャージを纏った三人は、力なく項垂れるゼノを連れて、ゆっくりと崖道を下り始めた。
カイトは歩きながら、自分の魔力がどれくらい残っているかを確認する。
今回の戦いで使った分は、敵が漏らした魔力をうまく利用することで、最小限に抑えることができた。
「……さて、街に戻ったら次の仕事だ」
カイトの言葉に、リアとエルザが顔を見合わせて笑う。
ポート・ルミナスを脅かしていた元凶は消え、パーティ『ブルームーン』の名は、また一つこの街で語り継がれることになるだろう。
等価交換。
それは無敵の魔法などではない。世界にある不備を正しく見極め、最小限の対価で最大限の結果を出す。
そんなカイトの冷徹で確実なやり方が、今日もまた一つの歪みを正したのだった。
カイトたちの背後で、役目を終えた古い灯台が、朝日に照らされて静かに佇んでいた。
入り江に再び穏やかな波音が戻り、街の人々が目覚める頃、彼らはまた、次の目的地へと足を進める。
彼らが纏う漆黒のジャージは、激戦の後だというのに汚れ一つなく、ただ静かにその存在感を放っていた。
カイトの旅は、これからも続いていく。この世界のあちこちに潜む「不備」を、一つずつ、丁寧に直していくために。
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