第109話:停滞の代償
朝食を終えたカイトたちは、活気付き始めたリスタの街を横切り、冒険者ギルドへと足を運んだ。
三人の纏う漆黒のジャージは、今や街の住人たちにとって「見慣れないが無視できない存在」として定着しつつあった。
カイトの無機質な歩調に合わせ、精緻な美貌を持つリアと、夜の闇を溶かしたような退廃的な美を放つエリザが従う。その一団が通るたび、荒くれ者の冒険者たちが無意識に道を譲る光景は、もはや日常となりつつあった。
カイトの視線は、一般の冒険者が群がる新着の討伐依頼には向かなかった。
彼が真っ直ぐに歩み寄ったのは、掲示板の端、湿気で紙が波打ち、埃を被っている「長期滞留案件」のコーナーだ。
「……カイトさん。あちらの区画は、半年以上も達成者が現れず、報酬の更新すら止まっている、事実上の放置案件の集積地です」
リアが冷静に分析を口にする。
彼女の獣人としての鋭い視覚は、色褪せた依頼書の隅々に書かれた「失敗」の記録を、瞬時に読み取っていた。
「……それでいい。解決されない課題は、この街の物流や人の流れを止める『重石』でしかない。……誰も手を付けないのは、難易度が絶望的に高いからではない。投入するコストと得られる対価の計算が、既存の冒険者の物差しでは合わないからに過ぎない」
カイトが指先で引き抜いたのは、一枚の古びた依頼書だった。
『北の廃道、霧の湿原における通行障害の排除』
内容は一見単純だが、注釈には「原因不明の魔力霧」「方位磁針の狂い」「物理攻撃を透過する不定形の原生生物」といった、力押しの解決を好む冒険者が最も嫌う単語が並んでいた。
「……ふぅん。霧の湿原ね。真祖に言わせれば、ただの魔力密度の異常に過ぎないけれど。……カイト、あなたならあれをどう『片付ける』つもり?」
エリザがジャージのポケットに手を突っ込み、興味深げに依頼書を覗き込む。
彼女の蓄魔石は、カイトの調整によって既に最適な受け皿となっており、彼女自身もまた「無駄のない力の発揮」に対して意欲的になり始めていた。
「……片付けるのではない。……あの場所の魔力が一箇所に留まっているのは、物理的な障害ではなく、術式的な『詰まり』だ。……真銀の芯を得た今の俺の銃なら、その原因となっている中心部を直接射抜き、正常な状態へ復元できる」
カイトは迷いなくカウンターへと向かい、困惑顔の受付嬢に依頼書を提示した。
「……カイトさん、正気ですか? そこはベテランのパーティーですら、方向感覚を失って命からがら逃げ帰るような場所ですよ。……報酬は銀貨一五枚と高めですが、それ以上の労力を払うことになります」
「……手続きを。……俺たちにとっては、銀貨一五枚という数字以上の『実証』が得られる場所だ。……あそこの霧は、エリザの魔力変換効率を実地で試すのに最適な、高密度のエネルギー源でもあるからな」
受付嬢は溜息をつきながらも、カイトの放つ「既に結果を見通している」ような圧力に押され、受理のスタンプを押した。
カイトにとって、この依頼は単なる金稼ぎではない。
新しくなった魔導銃『等価の天秤』が、どれほど正確に事象に干渉し、機能不全を起こしている環境を「本来あるべき姿」へ戻せるかを確認するための、重要な工程だった。
「……行くぞ。……リア、霧の中での方位計測は不要だ。……お前の感覚が捉える、肌を刺すような『違和感』だけを報告しろ。……それが、正常な動作を妨げている核の所在を示す、一番の指標になる」
「……了解しました。……カイト様の指針として、最短のルートを割り出します」
漆黒の三人がギルドを後にする。
誰も見向きもしなかった、停滞し、荒れ果てつつあった霧の向こう側。
カイトたちの新たな力が、現地の不具合を強制的に修正しに行く時間がやってきた。
不揃いな三人の歯車が、湿った風を切り裂き、北の湿原へと向かう。
管理者の実地研修。
第百九話の記録は、徹底的な効率化を求めて、次の舞台へと移ろうとしていた。
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