第1話:ジャージの転生者と、悪意の等価交換
真っ白な空間に、俺――カイトは立っていた。
着慣れた紺色のジャージ。膝のあたりが少しだけ白くなっている、部屋着兼、近所のコンビニ用の勝負服だ。
そんな俺の目の前には、眩しすぎて直視できない「神様」が浮いている。
「……というわけで、君には異世界で第二の人生を歩んでもらう」
「はぁ。まあ、いいですけど。この格好のままですか?」
「安心なさい。転生特典として『創造魔法』を授けよう。何でも生み出せる万能の力だ」
神様はそう言って指を鳴らす。
その瞬間、俺の脳内に無機質なシステムメッセージが直接流れ込んできた。
【創造魔法:ギフトを解放しました】
【警告:本魔法は「等価交換」を原則とします】
「……等価交換?」
「そう。何もないところから物は生まれない。創造するものに応じて、君は相応の『支払い』をしなければならないんだ」
神様が提示したルールは、シンプルかつシビアだった。
・「物」を創るなら、対価は【お金】。
・「魔法」を創るなら、対価は【感謝】。
・「悪を挫く力」を創るなら、対価は【悪意】。
「なるほど。つまり、無一文で、誰からも感謝されず、恨まれもしない状況だと……」
「君はただの『ジャージ姿の男』だね」
神様は少し面白がっているような笑顔で手を振った。
「さあ、行きなさい。その万能の力で、世界をどう塗り替えるかは君次第だ」
足元の床が抜け、俺の体は一気に次元の狭間へと吸い込まれていった。
――次に目を覚ましたとき、俺は石畳の路地裏に転がっていた。
漂ってくるのは、馬糞の臭いと、湿ったカビの匂い。
「……マジでジャージのままだ。おまけに財布もねえ」
神様の言った通り、今の俺はただの不審者だ。
すると、路地の入り口からガラの悪い数人の男たちが歩いてくるのが見えた。
彼らは俺の姿を見るなり、下卑た笑いを浮かべる。
「おいおい、見ろよ。妙な格好のガキが倒れてるぜ」
「高く売れそうな服じゃねえが……靴くらいは剥げるか。おい、大人しく出しな」
男たちが手に持ったナイフをチラつかせる。
その瞬間、俺の視界に赤いウィンドウがポップアップした。
【検知:対象からの強い「悪意」「略奪欲」】
【対価の充当が可能:創造魔法をスタンバイします】
「……なるほどな」
俺――カイトはゆっくりと立ち上がり、ジャージのポケットから手を抜いた。
男たちが向けてくる「殺気」と「欲望」が、システムによって明確なエネルギーへと変換されていくのがわかる。
量、質ともに申し分ない。これなら、かなりのものが創れる。
「ちょうどいい。その汚い根性、俺が全部『買い取って』やるよ」
「あぁ? 何寝ボケたこと言ってやがる、このガキが――」
男が一歩踏み出した瞬間、カイトの右手に黒い光が収束した。
それは、男たちの悪意を代償に具現化した、この世に存在しない武器。
【創造完了:悪意を代償に『超高出力・魔導水鉄砲』を具現化しました】
「……は?」
リーダー格の男が、呆然と声を漏らした。
カイトが手にしていたのは、ネオンカラーの派手なプラスチック製。
どう見ても、子供向けの玩具にしか見えない水鉄砲だった。
「テメェ、舐めてんのか!」
「いいや、大真面目だ。……これは、お前らの『悪意』の重さだ」
カイトはニヤリと笑うと、ジャージの裾を少し直して、水鉄砲の銃口を男たちに向けた。
「等価交換ってやつを見せてやる。――食らえ」
トリガーを引く。
ズドォォォォォォォォン!!
水鉄砲から放たれたのは、ただの水ではなかった。
魔力によって超高圧縮され、音速を超えて撃ち出された、恐るべき破壊力を持つ水の塊だ。
それはまるで、大型の魔物が放つブレスのようだった。
「ぎゃあああああああ!?」
リーダー格の男は、悲鳴を上げる暇もなく、超高圧の水流によって路地の壁まで吹き飛ばされた。
壁に激突し、そのままコンクリートにめり込んで白目を剥く。
残りの男たちは、その光景に腰を抜かした。
自分たちが手にしていたナイフが、水流の余波だけで粉々に砕け散っていることに気づいたからだ。
「ヒッ、ヒィィ! 化け物だ!」
「おっと、動くなよ。まだ『お釣り』がある」
カイトは、逃げようとする男たちに、再び銃口を向けた。
「今ので一番濃い『悪意』は消費したけど……まだ少し、小銭みたいな悪意が残ってるな」
【魔力充填:残存する悪意を消費し、第二射をスタンバイ】
「次は……足元を少し冷やしてやるよ」
カイトは、ジャージ姿のまま、異世界で初めての「無双」の味を噛み締めていた。
神様の言った通りだ。このシステム、使い方次第で世界をどうとでもできる。
一息ついたカイトは、のびている男たちの懐からジャラジャラと革袋を回収した。
【検知:通貨を確認。対価の支払いが可能です】
「まずはこのジャージをなんとかするか。……あ、でもこれ、結構気に入ってるんだよな。もっと機能性の高い『最強のジャージ』に作り変えるか」
カイトの異世界無双道中は、まだ始まったばかりだ。




