48.初恋の顛末2
「本日はお疲れでしょう。どうぞゆっくりお休みください」
ルヴィンはエレノアを甘やかしすぎる。壊れ物のように扱われるのになれておらず、とてもこそばゆいし、対処に困る。
いつでも強いエレノアは、人の心配をしこそすれ、自分がこのように扱われるのに慣れていない。
なんだか弱い人間になったようで変な気もする。
わが夫は、幼少期から命を脅かされ、過酷な状況にいたにもかかわらず、人道的で己の立場の確立よりも、妻の健康を案じることのできる誠実な人間だった。
何よりも妻を優先する人物を身近に知っているが、あれはやりすぎなので、横においておく。
普通の男ならどうなのであろうか。初恋の姫を妻に迎え入れ、待ち望んだその初夜に、こうしてあっさりと身を引くものだろうか。
あまり普通の概念が身近にいないので、判断に困る。
ただルヴィンは生真面目で堅物であり、何より本当にアデラインを思っているようだった。
感動的ではある。
「それでは、私はそちらのソファで休みます。何かあれば、すぐおっしゃってください」
ルヴィンは穏やかに微笑み、立ち上がる。
それから幾分か逡巡し、そっと身をかがめた。遠慮がちに近づき、エレノアの額に口づけを落とす。
そのまま離れていこうとするのを、エレノアは慌ててルヴィンの袖を掴んだ。
腕を掴もうとしたが、力が入りすぎて変に疑われては困る。
「ルヴィン殿……ルヴィン、どうか、こちらにいてくださいませんか」
エレノアはなんとかルヴィンを引き留めた。
とっさに出た言葉だが、懇願するような様子に、ルヴィンは面食らったようだった。思いがけず少年のような戸惑った表情でエレノアを見る。
思いがけずまっすぐな目に、エレノアは、つい目をそらした。
なんとかアデラインらしく、はしたなくも下品にもならないよう、思案する。
「朝、侍女が来たときに夫がソファにいては、いらぬ誤解をうけます」
絞り出すような言葉が、恥じらいに聞こえれば良いのだが。
「ですが……」
「それに、不安でならないのです」
言葉を選び、逡巡しながらの声を、どう思ったか。ルヴィンは微笑んだ。さっきまでとは違う、少しやわらかな笑みだった。
「では、おそばにおります」
暖かな体温が、そばによりそった。間近な赤い瞳が、穏やかに告げる。決してエレノアに触れることなく、ルヴィンは微笑んだ。
「ゆっくりお休みください」
ルヴィンに背を向けて横たわり、エレノアは一人頭を抱える。
本来、ルヴィンはとても思いやりのある男だと感動するところだろうが、もっと直情的な方が扱いが楽な気がする。
すでに停戦は成立し、婚儀もあげた。
だがこの状態では、いつでも離婚ができてしまう。何のためにクリフォードをソードマスターに仕立て上げたのか。
白い結婚では意味が無い。
ルヴィンやアデラインを陥れたい誰かに気づかれ、白い結婚を指摘されて、この結婚も停戦もなかったことにと言われてしまえば、一気に状勢不穏になる。
エレノアの正体がバレてしまった場合を考えても、関係を持ってしまった方がどうにか切り抜けやすい。
アデラインが拒んだとか、悪者にされ責任を追及される可能性もあった。それを考え、ルヴィンは部屋を後にしないのだろうが。
エレノアは髪をぐしゃぐしゃとかきまわし、大きくため息をついた。
ルヴィンだって、アデラインとの関係を強固にした方が、皇太子としての立場を固められるはずだった。
やはり、あそこで倒れたのは不正解だった。
それともやはり、帝都へ向かう旅の途中で、関係を持っておくべきだったか。
げんなりしていたクリフォードの顔が思い浮かぶ。だが、もしアデラインが誘惑しても、ルヴィンがこの調子ならば失敗に終わっただろう。
そこで気まずくなってしまっては、ますます既成事実から遠ざかっていたかもしれない。
深謀遠慮はひどくめんどくさい。
初恋をこじらせた男もめんどくさい。
これから機会などいくらでもあるはずだが。そう楽観視できる気がしない。
前途多難の結婚生活のうちに、この男との関係が上積みされ、エレノアはげんなりした。
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ここで第一部いったん幕となりまして、しばらく更新お休みいただきます。
脳筋公女とこじらせ皇太子の、ふたりの関係は進展するのか、
お待ちいただけますと幸いです。




