38.神官たちの来訪2
エレノアは縮こまったまま、いつかと同じように戻るタイミングを失っていた。というよりも、戻りたくなかった。
始祖神ゼアを祀る聖地インセクレム。北部山脈の麓にある中立地帯で、魔獣遠征の歳には、最後に立ち寄れる街であり、砦でもある。
当然、魔獣討伐の折には必ず立ち寄り、神殿で祝福を受ける。討伐に神官や神殿騎士が同行することもある。
そうなると、必然的に教皇へ対面する機会がある。
そして魔獣は北部山脈の魔力の歪みが生み出すもの。皇族が定期的に北部で祓邪の儀式を行う。
エリック公子は直系ではないが皇家の血族として、それを執り行ったことがある。
思えば思うほど、皇帝にはいいように使われてきたものだと思うが、エレノア自身も望んで魔獣討伐へ出向いているのだから、これは仕方がない。
部屋に戻ると、待ち構えていたメイザー夫人がエレノアを出迎えた。いつもついてこようとするのだが、皇后がメイザー夫人にまで毒手を向けてきては困るため、クリフォードだけを連れて行くことにしていた。
「お疲れでございましょう。どうぞ、お茶をお持ちします」
いつものテラスのソファに座って待っていると、手際よくお茶が運ばれてくる。
「聖地の神官が到着されたそうですね」
「耳が早いわね」
エレノアですらさっき聞いて遭遇したばかりだ。カティアが聞いてきたのか。エレノアの視線に、カティアはニッコリと笑った。
「たいそうお美しい神官様がいらしていると、侍女の間で噂になっていましたの」
本当に話が広がるのは早い。エレノアは少しゾッとした。
どんなことがどのように広げられるか分からない。社交界が苦手だった理由の一つだ。気をつけなければ。
「こちらへ戻る途中でお会いしましたよ」
珍しくクリフォードが口を挟んだ。完全に面白がっている。
「どのような方でしたか?」
カティアが食いついてきて、いつものようにリーシャに小突かれている。クリフォードはにこにこと応えた。
「殿下のご不調を案じられたルヴィン殿下が浄化をお願いしていらしたので、じきにいらっしゃると思いますよ」
声もなく黄色い雰囲気が弾けた。歓声を上げたわけではなかったが、空気に漏れ出ている。
カティアだけではなく、いつも真面目なリーシャからもだ。
エレノアは彼女たちのそういった飾り気ないところが嫌いではなかった。宮中では好まれないかもしれないが、朴直な態度は癒やしではある。
「いい加減になさい、はしたない」
結局メイザー夫人にたしなめられた。
ちょうどそこへ、皇太子宮の騎士が神官の来訪を告げた。侍女のカトリーヌに案内されて、リュシエルがテラスにやってくる。
「ルシル皇女殿下がご不調であるとのことで、浄化におうかがいいたしました」
来るのが随分と早い。皇宮へは、皇帝へ拝謁に来たと言っていたが、終えるや否や飛んできたに違いない。
「ご足労いただき感謝いたしますわ」
立ち上がって出迎えたエレノアに、リュシエルは立礼した。
「お久しぶりです。レディ」
また、初対面でないのを不必要にアピールしてくる。
教皇にはじめてだと告げたばかりなのに、お久しぶりとは不用意すぎる発言だ。
さっきぶりの久しぶりでお会いしたかったとでも言うつもりなら、神官が言うには冗談が過ぎる。絶対にわざとだ。
知り合いなのか、とカティア達の期待に満ちた視線を感じるながら、エレノアはにこにこと告げた。
「グレイヴス公爵家と関わりが深いそうね。わたくしはお会いするのは初めてだと思うけれど」
「ああ、お会いしたことがあるのは公女様でした」
「面白いお方だこと」
エレノアは強めの声で、リュシエルの言葉にかぶせるように言った。ルシルにしては棘があり粗暴な口調になってしまったが。
楽しくて仕方がない顔で、美貌の神官は微笑む。
「殿下はまだお加減がよろしくないようですね、どうぞお座りください。浄化いたしましょう」
やっとまともに本分を果たすつもりになったようだ。
ちょうどメイザー夫人がリュシエルの茶を運んできたので、エレノアはソファに座り直し、人払いをした。
やっとまともに本分を果たすつもりになったようだ。
ちょうどメイザー夫人がリュシエルの茶を運んできたので、エレノアはソファに座り直し、人払いをした。
リュシエルは嬉々としてエレノアの近くに座る。
「こんなところでお会いできると思いませんでした。ルシル殿下」
尻尾でも振りそうな様子で、にこにこと言った。今度はわざとルシルと呼ぶ。
「もう分かったから、私を困らせようと余計なことを言うのはやめろ。いつまで子供なんだ」
「俺に向かってそんなことをいうのはあなただけです」
リュシエルは砕けた態度で、茶を飲んだ。
「うまく化けているだけだろう」
エレノアはため息交じりに頬杖をつき、リュシエル見る。




