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最強公女の身代わり結婚  作者: 御桜真
第三章 破壊と調和と誓いの結婚式
28/49

27.見せかけの弱さとその裏


 エレノアのつぶやきに応えるかのように、相手が短剣を突き出してくる。エレノアは身軽に除け、腕を両手で掴むと、そのままへし折った。グッとくぐもった声があがった。


「そんなに腰が引けていては私は殺せないぞ」

 相手が短剣を取り落としたところで、さらに踏み込み、ためらいなく肘を顔にたたき込む。骨の砕ける感触がしたが、そのまま突き出した。相手の首が強烈な力に圧され、ゴキリと音を立てる。


 エレノアは力をなくした体を放り捨て、短剣を拾いあげた。先程、壁まで蹴飛ばした最初の一人に投げ、心臓を正確に貫く。


 接近を許してしまった割に、体は動くようだ。エレノアは息をついて振り返った。

 窓から一人逃げようとしている。


「逃がすか」

 ここは淑女の寝室だ。多少無茶をしても他の者の目がない。


 気配は察せられるだろうが、誤魔化しようはあるだろう。いい加減に、皆に守られるのは息が詰まって仕方がなかった。少しばかり羽根を伸ばさせてもらおう。


 エレノアはひとつ、大きく息を吸った。

 その体が青い炎をまとう。ぶわりと寝室の中を風が巻き起こり、エレノアの髪と寝間着の裾がはためいた。

 賊が戸惑う気配がしたが、エレノアは躊躇しなかった。逃がすわけにはいかない。


「結婚を控えた淑女の寝室に侵入したのが運の尽きだな」

 殺さずに黒幕を聞き出すべきなのだろうが、戦う姿を見られては口を封じねばならない。

 エレノアの周りに、青い光をまとう剣の形をした剣気(オーラ)が現われる。七本の実態のない光り輝く剣(オーラブレイド)が、エレノアを取り巻いた。青炎の暴君の二つ名の由来である、青い剣気だ。


 そしてエレノアの紫の瞳が、青く光る。

 自分の手や、まわりをとりまく光の色を見て、エレノアはひとまず満足の息を漏らした。

 どうやら、剣気を操るのに問題は無さそうだ。


「オーラブレイド……まさか、ソードマスター!?」

 想定外すぎる事態に、人影が後ずさる。


 このまま思い切りやっては、皇太子宮を破壊してしまう。オーラブレイドを出現させはしたが、これで攻撃するつもりはない。ただの瀬踏みだ。


 エレノアはグッと拳を構えた。

 青炎を握りしめ、ふりかぶって相手に対して突き出す。炎はうねりながら放たれ、部屋の中を光で満たした。

 容赦ない炎は賊の体を焼き、あっさりと消し炭に変える。




 同時、扉が勢いよく開いた。

「アデライン殿下!」

 クリフォードが駆け込んでくる。


「遅いぞ」

 エレノアは振り返る。エレノアのまとっていた剣気がかき消えた。

「剣を!」

 鋭く命じる。クリフォードは顔に疑問符を浮かべながら腰の剣を抜いた。暗殺者達はもう全員床に倒れ伏していて、もはや敵はいない。


「オーラブレイドはやり過ぎです。運動不足解消してすっきりしたみたいな顔しないでください」

「力試しをしたかったからな」

 この環境でどの程度力を発揮できるかどうか。

 言いながらエレノアはクリフォードから剣を奪い、足元に倒れた暗殺者の背に突き刺した。


「何事ですか!」

 その瞬間、別の者が部屋に駆け込んできた。皇太子宮の騎士達だ。

 エレノアはその場に座り込んだ。顔を覆ってブルブルと震える。


 はあ? という顔をしたクリフォードの膝の裏を、皆から見えない様に殴りつけた。ガクン、となったクリフォードは、暗殺者に突き刺さった剣にすがりつく。


 床に座り込み震える皇太子の婚約者、倒れ伏す暗殺者達、その暗殺者に剣を突き立てた護衛騎士、という図に、駆け込んできた騎士達は束の間立ち止まった。


「これは……!」

 驚きの声を上げる。暗殺者の死体が転がって、血であちこちが汚れているだけではない。エレノアが剣気をつかったせいで、部屋の中がめちゃくちゃになっていた。


 どうやら、エレノアのことは疑われていない。皇太子宮の騎士を口封じするわけに行かないから、あぶないところだった。

 その騎士達をかきわけるようにして、ルヴィンが駆け込んでくる。


「アデライン殿! ご無事ですか!? 剣気の気配がしましたが」

「……はい。クリフォード卿が助けてくださいました」

 エレノアは顔を手で覆ったまま震える声で応えた。


 まさか誰がアデラインが剣気を使うなどと思うだろうか。エレノアの誘導に、誰もがクリフォードがオーラを使って敵を倒したと思っただろう。クリフォードは他の者に見えない角度で、エレノアに渋い表情をして見せる。

 ルヴィンはエレノアの側に膝をつき、そっと言った。


「お怪我はないのですか? 血が……」

「わたくしは傷一つありませんわ」

 ルヴィンは安堵したように溜息をついた。


「ミクソン卿。本当にありがとう」

「殿下をお守りするのは当然の責務です」

 クリフォードは立ち上がり、エレノアの側から身を引いた。そして胸に拳を当てて頭を下げながら、静かに、だが強い声で続けた。

「まさか皇宮で、殿下の寝室に賊の侵入を許すなど、城の警護はどうなっているのですか」

 ルヴィンは険しい顔でクリフォードを見た。しかし口を開く前に、寝室の扉の方から騒ぎが聞こえる。


「殿下!」

 騎士達の制止をふりほどき、メイザー夫人が駆け込んできた。騎士達同様、部屋の惨劇を見て息をのむ。しかしそれは束の間、すぐさまエレノアの側に駆け寄ってきた。

 ルヴィンの存在をものともせず、エレノアを守るように肩にそっと手を置く。

 そしてメイザー夫人は、エレノアを抱きかかえるようにしてキッと顔をあげた。


「これは、どのような状況なのですか? アデライン殿下は、皇太子殿下の婚約者であり、イゾルデ帝国の皇女ですよ。皇宮にやってきてまで、このような扱いを受けるなど、イゾルデ帝国との約定を破棄なされるおつもりですか! アデライン殿下をお守りいただかないと!」

 クリフォードよりも踏み込んだことを言い放った。


 いち侍女が皇太子にもの申すなど、あってはならない。しかし、メイザー夫人の言うことはもっともで、この状況の核心を突くことでもある。

 エレノアでなければ死んでいた。政略結婚は終わり、イゾルデはヴォルネスへの侵略の大義名分を持つことになる。

 ルヴィンは神妙に頭をさげた。


「あなたの言う通りです。私の落ち度だ。本当に、ご無事で良かった」

 ここでこれ以上口論したところで、何も変わらない。暗殺者に侵入されたことはルヴィンの不手際だが、彼が企んだことではないだろう。何か言わねばならない。場を収集して、さっさとふかふかのベッドに戻りたい。


 しかし、エレノアは震える手を口許に当てたまま、動くことが出来なかった。

 ――ああ、これは良くない。


 帝都の城壁に入ってから、ずっと頭の内側が揺さぶられるような感覚があった。

 目を閉じると、眼球がぐるぐると回るような気持ち悪さに襲われる。大きな怪我を負い、血を大量に失ったときのような、床に吸い込まれるようなめまいとは違う。


 皇宮に入ってから、息苦しさが増したのは分かっていた。

 いつもならスッと遠くまで伸びるような、空気に溶け込みどこまでも通る神経の感覚があるのに、それが遮断されていた。手足をもぎとられたようで、不快で不便で、めったにない感覚が不穏だった。侵入者の気配に気付くのが遅れたのもそのせいだ。


「殿下、いかがされました?」

 ここへ来る道中もそうだったが、メイザー夫人はとても目敏い。

 エレノアの病弱なフリには慣れているはずだが、そうでないときは必ず気づいた。


「なんでもない」

 アデラインとしての仮面を落としてしまった。エレノアは普段通りの口調で応えてしまい、唇を引き結ぶ。言い直さなければ。この場を取り繕わなければ。

 しかし目が回る。


 これは良くない、思った時には、体から力が抜けていた。地面にぶつかる前に、誰かに抱え上げられるのが分かる。

 見慣れた栗色の髪。クリフォードだ。

 誰よりも見知った相手に気が緩み、その一瞬の油断ですべての虚勢が剥がれ落ちる。


 エレノアは、そのまま意識を手放した。


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