第47話 曇りのち晴れ
<立花ララside>
10kmマラソンを足の痛みを押さえながらゴールした時、待っていたのは真子奈とのキスだった。息が切れそうになる中、甘いご褒美が振ってきて、まるで夢を見ている気分だった。突然のことに、あたしは咄嗟に反応ができずに、されるがままだった。
マラソンの途中で転んで血が出た時、「あっ、1位になるの無理かも」と、つい心の中で弱音を吐いてしまった。
……そんな弱気になった自分に腹が立ち、頑張って走った。
後ろにいる甲斐の気配はすごかったけど、あたしの意識はゴールで待っている真子奈にしか向いていなかった。
ゴール付近で真子奈の姿を見て、「ララ頑張れ!」の、応援うちわを持っているのがわかった時、さらに足が速くなった気がした。
ーーこれまで、頑張ってきて本当に良かった。
真子奈とのキスが離れがたい。周囲にいる人は、あたしたちを見ている。……甲斐、葉月、中原姉妹の注目のまとだ。
「熱いね……」
一番最初に言葉を発したのは中原妹だった。ギュッと手を組んで、あたしたちを羨望の眼差しで見ていた。
そういえば、葉月と中原妹のキスシーンを真子奈とこの目で見たんだったわ……。なら、おあいこかしら?
「……立花さんにまた負けた。悔しい。悔しい……。しかも、リア充しているし、ううっ……」
甲斐は地面に手をつけて、うなだれている。葉月はというと、「また3位だー」と中原妹に向けて笑顔を見せていた。
◇
マラソン大会の表彰式に出た後、一目散に真子奈のもとに向かった。
真子奈は木陰にいて、白いベンチに座っていた。話を聞くと、他のみんなは帰ったみたいだった。打ち上げは、また今度にしようということだった。多分、気を遣って二人きりにしてくれたのね……。
「これ、あげるわ……」
「あっ、これって」
あたしはクマーヌの大きなぬいぐるみを両手で抱えていた。つぶらな瞳がきらりと光っていた。
「そう、クマーヌ。賞品だったの。……はい、どうぞ」
「って、気持ちは嬉しいけど貰えないよ!」
真子奈は手を振り遠慮をする。
「いいの。真子奈に持っておいてほしいの」
「でも……」
「お願い」
「…………本当にいいの?」
「うん」
真子奈はあたしからクマーヌを貰うと、ギュッと抱きしめた。
「……ありがとう!」
あたしは小さい声で「いいえ」と言った。二人の間に無言の間が広がる。
真子奈はあたしの膝を見ながら「痛む?」と聞いた。あれからスタッフの人に手当てをされて、あたしの膝には白い包帯が巻かれてあった。
「……そんなに。とりあえず、骨折とかではないみたいよ。痛む時は、すぐに病院に行ってと言われたわ」
「そっか。良かった。心配してたんだ。……跡とか残るかな?」
「さあ」
「……私が責任取るよ」
「えっ?」
意味深な言葉を投げかけられて、ドキッとする。
「……跡が残ったら、私が責任を取る」
そう言った後、真子奈は続ける。
「……医者に一人で行くなら私もついていく! 体育もずっと側にいるし……跡がきれいに治るまで、私にできることなら何でもする!」
ちょっとズレた回答が来て、がっかり肩を落とす。……責任を取って結婚する。なんてことを言い出すんじゃないかと思ったわ。
「……この前は、ララのこと好きじゃないって言ってごめんね」
「!!」
「私、ララのこと嫌いじゃないから……」
「……あたしも、浦山ひろきに告白されたことを面白おかしく言ってごめんなさい。ムカついたでしょ?」
「……うん」
「……」
「……彼にララが取られるかと思ったの。どこにも行ってほしくなかったから……その、えっと」
真子奈がクマーヌのぬいぐるみを横に置いて、あたしを真っ直ぐに見る。
「……私、ララのことが好き」
優しい告白だった。顔を真っ赤にして、温かいまなざしを向けてくれる。
「うん……。あたしも真子奈のことが好き」
周りに誰もいなくて、世界中に二人ぼっちになったような錯覚に陥る。
真子奈が顔をグッと近づけてくる。えっ。ちょっ。待っ……。
「……ここから、どうしたら良いかわからない」
「……あたしも」
二人目を合わせて、ふっと笑った。
「……えっと、じゃあ、つ、付き合う?」
ドキドキしすぎて噛んでしまった。あたしなりの精一杯のひとことだった。
「……付き合ったらララの特別になれる?」
「もう、真子奈はあたしの特別だけど?」
「嬉しい。……えっと、どうしたら良いんだろう」
……とりあえず、あたしの告白を断られたわけじゃないことにホッとした。
あたし達は恋愛初心者だ。今のまま付き合う状態にいっていいのかわからなかった。
「……キスでもしたらわかるかな」
彼女は、ぽつりとそういうことを言う。ずるいと思った。
「……真子奈って、付き合うかどうかの話をしている時に、"そういうことしたい"って言えるのね!」
「うぅ……」
下を向く真子奈。耳まで真っ赤になっていてかわいい。
あたしは真子奈の顎を触り、少し上に向けた。引き結ぶ唇。戸惑いながらも彼女は目を閉じる。
……。
あたしは横に置いてあるクマーヌのぬいぐるみを手に取り、真子奈の口に向けてちゅっとキスをした。
違和感に気づいた彼女は目を開けて、眉間にシワを寄せていた。
「……あたし、真子奈の困った顔を見るのが好きみたい」
ぽかんとした顔の彼女の頬を両手で優しく包む。あたしは真子奈に、そっとキスをした。
さらさらなびく風が気持ちいい。
ーーこれで5回目。
あたしたちは、これからどんな関係なっていくんだろう。大人だったら、はっきりと答えが出せるのかしら。
……わからない。だけど、真子奈が誰かに取られるのが嫌なのは確かだった。
唇を離したあたしたちは、どちらからともなくベンチの上で静かに手を強く結び合う。
「立花ララ……」
真子奈が何気なく口にする。
「? や、矢橋真子奈」
あたしも負けじと口にする。好きな人の名前を口にするって、こんなにも温かい気持ちになるのね。
「……ララ、足速いのかっこよかった」
「……でしょ!」
「胸がときめいたもん」
「!? ときめいたって……。ふふっ。それって、足が速い子が好きってこと?」
「うーん。そ、そうかも?」
「……真子奈、小学生みたいなところがあるのね。かわいい」
「!? う……うるさい」
気づいてしまった。あたし、好きな子をからかいたくなる一面があったのね。
優しくしたくなるし、ちょっとだけ意地悪を言いたくなる。
「真子奈」
「何?」
「……真子奈ちゃん」
「えっ!」
「……真子ちゃん。マコ。まーちゃん。矢橋さん。真子奈!」
「な、な、何!?」
「……なんかね、真子奈の名前をたくさん呼びたくなったの。ならない?」
「……なんかわかるかも! ララ。……ララちゃん! 立花さん? ラーちゃん?」
「ふふふっ」
胸がじんとして、つい微笑んでしまう。
「……私ね、名前がコンプレックスだったの」
真子奈が真剣な顔つきで言う。
「だけど、ララが私の名前を好きだと言ってくれた時、あの瞬間は報われた気持ちになったの! えっと、なんて言っていいかわからないけど、ありがとう! 私と出会ってくれて本当にありがとう」
恥ずかしそうに柔らかく笑う。キスする代わりに、あたしは彼女の頭を撫でた。「何々?」と言う彼女が愛おしく感じる。あたしはクマーヌに目を落とす。
「……ねぇ、真子奈。そのぬいぐるみ、カバンに付けてきてくれない? あたしと、お揃いになるでしょ」
「むっ。こんなに大きいの付けられないよ」
「ふふっ。そうよね」
「……だけど私、ララとお揃いのもの持ちたいかも」
「!!」
「……ララがカバンに付けているクマーヌって、アキともお揃いに見えるよね?」
「まぁ。言われてみればそうかもしれないわね」
「それが悪いって言いたいわけじゃないけど
! ……その、えっと、私も、新たなお揃いのものをララと一緒に持ちたい!」
……真子奈、かわいい。
「じゃあ、今から買いに行く?」
「……うん!」
真子奈とのお揃いのもの。何を持とう。"特別な人"と、こんなことをするのは初めてだわ。
真子奈といると見える世界が広がる。これから先はどんなドキドキが待っているのだろう。わからない。だけど知りたい! もっとずっと一緒にいたくなる。
「ふふっ。じゃあ、行きましょう」
あたしは真子奈の手を取って立ち上がる。
このまま、どこまでも駆けていきたい気分。
遠くの空では、曇り空から太陽が顔を覗かせていた。
あたしたちの未来を予感しているみたいで、幸せな気持ちになった。




