第25話 赤ペン
◇
「えー! なんで人に貸しちゃうの」
「だから、ごめんって!」
目覚めよく起きた朝。朝ごはんを食べていたら、高良がやってきたので、一昨日、貸した赤ペンを返してほしいことを伝えたら、なんと友達に貸したと言われた。
なんで、トラブルの元になるのに、人づてに借りたものを、また誰かに貸しちゃうんだろう!
血がつながった弟なのに、価値観が全然違うのが不思議だった。あっ。もしかして姉のものだから、ぞんざいに扱っても良いと思ってるのかあ?
「……誰に貸したの?」
「郁也」
知らない名前の子だった。おそらく、中学でできた友達だろう。
はぁ。
私は一つため息をつく。
「今日、授業の丸つけで使うつもりだったのに……」
愚痴くらい言わせてと、高良にこぼす。予備の赤ペンも持っておらず、どうしようかと悩む。
「……じゃあさ、郁也に言って、兄づたいに返して貰うようにするよ! 姉ちゃんと、同じ高校だって言ってたし」
私の返事を聞く前に、高良はスマホを取り出して、おそらく郁也くんにメッセージを送った。
「……えっ、ちょっ、待って」
「兄の名前は……確か、冬也だった気がする。その人、姉ちゃん知ってる?」
急に言われても。
「……名字は何て言うの?」
「丸本! だから、丸本……冬也って名前かも。わかる?」
……。うーん、知らないなぁ。
でも、あれ? なんか聞いたことがある気もする。
「……うーん、わからないかも。私の先輩?」
「いや、姉ちゃんと同じ学年」
丸本冬也という名前の子は、私のクラスにはいない。2組にもいない気がした。じゃあ、3組や4組ってことなのかな。
ピコン。
高良のスマホに通知が届く。
「あっ。郁也がOKだってさ! じゃ、そういうことだから、よろしく」
「はぁ……」
高良の話によると、丸本くんがホームルーム前に私のクラスまで赤ペンを届けてくれるらしい。
「どのクラスなの?」「目立つから、他の方法にして」と、いろいろ言いたい私をよそに、高良はさっさと朝ごはんを食べて学校に行ってしまう。
私はもう一つため息をつくと、自分と高良がテーブルに残した食器をまとめて片付けた。……もう、勝手なやつなんだから。
時計をちらっと見ると、もう家を出る時間で、私は焦って支度をすることになった。
◇
学校につき、自分の席でスマホを見ていたけれど、気持ちは落ち着かなかった。
なにせ、今から顔も知らない相手に呼び出されるのだから居心地が悪い。しかも男子だ。ドア前で大声で呼ばれたら、変に注目を集めてしまうかもしれない。
そんな自意識過剰なことを考えて、私は早めのうちにドアの前で待っていようかと考えて席を立った。というか、相手は私のことはわかるのだろうか。
そしたらロッカーに教科書を入れるララと目が合った。
「真子奈、おはよう」
「……おはよう!」
ララから挨拶をしてくれた。ララの家に行ったのが昨日ということもあってか、私はどこかまだソワソワしていた。
「昨日はありがとう! レトかわいかった」
「ふふっ。そうでしょ。またうちに来たら良いわ」
「いいの? じゃあ、またお邪魔させてもらうね」
二人で話をしていたら、アキが教室にやってきた。
「マコ、立花さん、おはよう!」
「「おはよう」」
アキはいつも通り元気だ。
「昨日はありがとね! まさか、偶然会うなんてね〜」
「本当だよ。びっくりした」
「なぁ、今週の『羽の塔』の翼、ヤバくなかった?」
クラスメートの男子たちが、会話をしている声が耳に入った。アキは一瞬、ビクッと反応した後、すぐに私たちに向き直る。
週刊少年漫画で連載している「羽の塔」は、最近アニメ化もした、ヒット作だ。その主人公が翼という名前であることは私も知っていた。
昨日、アキは凛香ちゃんに「翼」と呼ばれていた。
男子は別のキャラクターの名前を言ったつもりだけど、アキは無意識のうちに自分の名前に置き換えて反応してしまったんだろう。
今の様子を私とララが見ていて、察したと思ったからか、アキは途端に恥ずかしそうにする。
「……二人とも、学校では葉月かアキって呼んでほしいな」
「もちろんだよ!」
「ええ。言われなくても葉月と呼ぶわ」
凛香ちゃんとの間に設けたルールを、昨日、偶然私たちにバレてしまったアキは気まずそうだった。
アキに限らず、誰だって譲れないものや秘密くらいはあるだろう。
現に私だって、アキには「マコ」と呼んでもらっているし……。
あれ。そういえば、ララには「真子奈」の名前で呼んでもらっているなぁ。しかも、全然気にならない。これは、私の成長かな。それとも……。
「矢橋さん」
私の名前を呼ぶ人がいた。反射的に顔を上げると、教室のドアの前から、メガネをかけた男子がこっちを見ていた。
あっ。もしかして。
「ごめん。ちょっと」
二人に謝ってから男子に駆け寄る。
「これ、弟が借りた赤ペンだって。……ありがとう」
丸本くんだった。第一印象は真面目そうな男子だと思った。
素っ気なく言った後、確かに私の赤ペンを差し出してくる。
「こちらこそ! 届けてくれてありがとう」
知らない顔のはずなのに、どこか記憶の片隅に反応したものがあった。あれ。なんでだろう……。
私がじっと見ていたからだろうか。
「……たしか中学校、同じだったよね?」
丸本くんが気を遣って、話題を振ってくれた。
えっ。あれ? そうだっけ……。
「同じクラスになったことないから、俺のことわからないと思うけど……。たしか浜崎と吉井と仲良かったよね?」
その名前を口に出された瞬間、身体が強張り、一瞬、呼吸が止まった。胸に嫌なものがよぎって、頭が混乱する。




