第24話 私の名前
<矢橋真子奈side>
中学生時代。私はクラスメートの一部の男子に「なまこ」と呼ばれていた。
「まこな」の名前をもじった、あだ名ということはすぐにわかった。
あの黒い謎の生物の名前で呼ばれると胸が痛んだ。からかわれていただけかもしれないけど、その中に悪意はあったはずだ。
私を「なまこ」と呼んでいたのは、浜崎と吉井の二人だった。
お調子者の浜崎は、吉井に「矢橋真子奈ってさ、なまこと名前似てね?」と言った。吉井も「そうかも」と面白がった。結局、中学を卒業するまで二人は私のことを「なまこ」と呼んでいた。
幸い、他に目立って呼んでいる人はいなかった。
だけど、私の友達が「浜崎と吉井って真子奈のこと、まなこって呼んでるのウケる」と軽く言った時は、思いのほか傷ついた。愛想笑いをしながら、早く別の話題に移らないかなと願っていた。
その友達に、一度だけ「なまこ」とふざけて呼ばれた時もあった。泣きそうな顔をしたからだろうか。すぐにやめてくれたけど、こうして今も思い出すということは、思ったよりもショックだったのかもしれない。
極め付けは、私の社会のノートに「なまこ❤︎」と書かれていたことだ。先生から返却されたノートを見て、固まってしまった。
まさか先生が書いたのかと一瞬、思ったけど、そんなはずがない。
見るからに中学生が書いたような字で書いてあったからだ。どちらかというと女子よりも、男子が書いた字のように思える。
まさか……。
すぐに頭に浮かんだのが浜崎と吉井だった。だって、私のことを「なまこ」と呼んでいるのは二人だけだから。
隙を見て、私のノートに落書きしたのではないか……。
クラクラと目眩がして、怖くなった。なんでそんなことをするのだろうか。わざわざハートマークまで書いて。
二人がどこかで私を見て笑っているのではないかと考えたら、息が乱れた。何故、こんなことで悩まなければならないのか。怖くて、苦しかった。
元はと言えば、私が真子奈なんて名前だからいけないのではないかと思ったことがあった。
例えば、私が真子という名前だったら、ここまでからかわれることはなかっただろう。……多分。
私は自分にぴったりくっついている自分の名前が恐ろしくなった。
今でも、ノートに「なまこ」と書かれたことは強く記憶に残っている。たまに夢にも出てくる時がある。
だからかな。
ララが一人、放課後の教室で、ぐるぐる書きのノートと向き合っていた時に、事情を聞く前に、勝手に誰かに書かれたものと勘違いしてしまったのは。
ララの寂しそうな背中が、中学の時の私と被って見えた。
気づいたら、「私も一緒に消しても良いかな?」と言っていた。ララ、あの時、驚いただろうな。
だけど、中学の私は、誰かに一緒に落書きを消してほしかったんだと思う。
あの時、一人で家に帰って泣きながら落書きを消した惨めな思いを、ララにはしてほしくなかった。
……だけど、そのノートがきっかけでララと仲良くなることができた。これは結果オーライというやつだろうか?
……。
ーー真子奈の名前の由来が気になって、親に聞いたことがある。
どうして、この名前にしたのと直球で聞いた。お母さんが口を開くまで、ドキドキと緊張していた。
すると、こう言ったのだ。
「……お父さんと出会ったのが奈良県だったから。真子奈の「奈」と、高良の「良」で……『奈良』にしたかったの」
私は思わず吹き出してしまった。ずるい。
例えば、真剣な顔で「思いを込めてつけたの」と言われたら、怒るつもりでいた。
何それ。……肩の力が抜けた。
思えば、昔からどこか天然っ気のあるお母さんだった。
もし、3人姉弟だったら、3人目の子には「県」を付けるつもりでいたのだろうか。本当に意味がわからない。
人生にはどうしようもないことがある。その一つが親からもらう名前にあるのかもしれない。
産まれた瞬間、赤ちゃんは自分で自分に名前を付けることができない。どうしても親に任せる形になる。
自分の運命として受け止めないといけないのかもしれない。……すんなり受け入れられたら楽だろうな。
今はまだ、真子奈の名前を受け止めきれない自分がいる。だけど、大人になったらどうだろう。また気持ちが変わるかもしれない。
お母さんから聞いた名前の由来に笑ってしまった私だけど、時折、「勝手に付けて」と怒りたくなることがある。
それは決まって、疲れている時だったり、学校で嫌なことがあったりする時だ。誰かに八つ当たりをしたい時に、より一層、名前をコンプレックスに感じてしまう。
ーーだけど、ララは私の名前を好きだと言ってくれた。あの瞬間は、報われた気持ちになった。
思い返せば、私の名前を心から良いと言ってくれたのは、ララ一人だけだった。
私は誰かに自分の名前を肯定してほしかったのかもしれない。無意識にある願望を叶えてくれたララに対して、一際、愛しい感情が湧くのは何もおかしなことではない気がした。
……そっか。そういうことだったんだ。ああ、これで安心して眠ることができそう。
私は一つ寝返りを打って、目を閉じた。




