第15話 ララの過去とレトの散歩
「……まぁ、仕方ないわね。人の気持ちは左右できないことだから。その言い寄ってきた男の子の中から、デートした人もいるわ。だけど、あたしのこの性格だから、最後にはみんな顔をしかめているわ。『もっと男を立てたら』とか、『顔は良いけど一緒にいると、あんまり面白くない』とかも言われたことあるわ。無理やり手を握られたり、それ以上のことをされそうになったりした時は、手が出ることもあるわ。そして、いつも険悪なムードになるの」
ララはふふっと笑って、近くにあったベッドにストンと座った。
「……あたしが結論付けたことは、極力、人と関わらないことね。あたしは誰かに幸せにしてもらおうと考えていないから、別に一人でも良いと割り切れたわ。そう心に決めたら、外野が何を言っても別に良いと思えたもの。まぁ、ムカつく時はムカつくけどね!」
私はララから目が離せなかった。ララは俯いていたから、どんな表情をしていたかはわからない。
「……うちに帰れば家族がいるし、レトもいるし。ストレスが溜まったら、ノートにぐるぐる書きをしたり、サンドバッグを叩いたりすれば良いもの……」
そう言った後、ララは真っ直ぐに私を見つめる。
「何故かしらね。真子奈には、あたしから近寄っていっているわ。こうして家にも上げちゃっているしね。あの放課後、偶然秘密を見られたからかしら」
下がり眉で寂しそうに笑った。私はたまらなくなり、ララの隣に腰を掛ける。
「……ありがとう」
なんて言っていいかわからなかったから、自分が思っている一番上にあった気持ちを言葉にした。
「えっと、家に上げてくれて、レトを見せてくれて、私の名前を良いと言ってくれて……」
考えがまとまっていなかったので、しどろもどろになる。だけど構わず言葉を続ける。
「……もしさ、ララの気が向いた時は、また学校で話しかけてね! 私も話しかけるから……。その時は、たくさん話をしようよ」
支離滅裂だったろうか。だけど、これが私の本音だ。きれいな言葉を使うよりも、ぐちゃぐちゃでも言いたいことを伝えたかった。
「うん……」
ララは噛み締めるように、私の言葉を聞いていた。もしかしたら、ララもなんと言って良いのかわからなかったのかもしれない。
私たちは出会ってからまだ少しだ。どんなにきれいな言葉を使っても嘘くさく感じることもあるだろう。だからこそ、拙い言葉で良い。これで良いと思えることができた。
「真子奈、ありがとう」
ララがお礼を言った後、しばしの沈黙が二人(と一匹)の間に流れる。
「……もしよかったら、レトの散歩についてきてくれない?」
「……えっ! いいの?」
「うん。いつもこの時間、散歩に行ってるのよ。ねっ、レト?」
ララがレトに話しかけたら、「ワン」と応えた後、一目散にレトはどこかに行ってしまった。足音を愉快に鳴らして、口にリードをくわえたレトが戻ってくる。
「わっ、賢い! 散歩って言葉がわかってるんだね〜」
「でしょ。お利口さんでしょ! ねっ。真子奈、お散歩行きましょ」
「うん!」
気持ちは晴れ晴れとしていた。ララと本音で話すことができたからだろうか。
私の家では犬を飼ったことがない。もちろん犬の散歩もしたことがなかった。だから妙にワクワクしていた。それとも、隣にララがいるからだろうか?
ララはレトにリードを付けた後、お散歩用だというカバンを持った。準備万端でマンションの外に出ると、外は夕方で、街全体をオレンジ色に照らしていた。
レトは元気よく歩く。時折、飼い主であるララを見て、歩く速さを調節しているように思えた。私も隣でララの横顔を盗み見る。充実感に満たされたような柔らかい表情をしているのが印象的だった。
ジョギングをしているおじいちゃんが私たちの横を通る。バイクの音が一瞬、大きく聞こえた。風も一度ごうと強く吹き、思わず目を細める。
不思議。何気ない日常が輝いて見える。私の中に何十にも深く印象に残る。
「真子奈もリード持ってみる?」
ララが私に聞く。
「良いの? 持ってみたい」
「はい」
ララが私にリードを渡す。レトは体が大きく、頼もしく私を引っ張ってくれた。「わー」というような、なんとも言えない愛くるしい気持ちを抱き、道をどんどん進んでいく。
前から男女のカップルがワンちゃんを散歩してくるのが見えた。犬種はトイプードルで、茶色くてふわふわしていてかわいい。
お互いすれ違う時、ワンちゃん同士が意識して一瞬止まる。しかし、唸ったりすることもなく、くんくんと鼻をひくつかせながら匂いを嗅いだ後、スルーした。
私はカップルの女の人と目が合い、優しく微笑みかけられた。今日は、アキと凛香ちゃん、浦山ひろきと甲斐さん、そしてワンちゃんを散歩する男女というように、カップルに縁がある日だ。……私とララは友達同士に見えるかな。
しばらく歩いた後、ララにリードを返した。知らない街並みの景色が横に流れる。
「……あたし、レトを散歩する時、いつも走っているの。だから走っても良い? 真子奈ついてこれる?」
「えっ、と。良いよ! の、望むところだよ」
最初は戸惑ったけど、なんだか私も走りたい気分で、快く承諾した。ララは「そうこなくちゃ」と言うと、レトとアイコンタクトを取った後、タッっと駆け出した。
わっ。速い。
そういえば、ララは今日のマラソンで女子1位だったことを思い出した。しかし、置いていかれるほどではないから、手加減してくれているのだろう。私はついていくのに必死だった。だけど、楽しそうなララの姿を見て、頑張ってついていきたいと思った。ポニーテールを振り乱しながら、ララの後を一生懸命に追いかける。