第12話 公園でのキス
……紛れもない、アキだった。
驚いた。こんなところにいたなんて。たしか急用があるから先に帰ると言っていたけど……。
隣にいる女子を見ると、会ったことない子だけど、見覚えがあった。うーん、誰だったかな。
あっ。そうだ。ナナミンの妹だ。凛香ちゃん!
前にスマホで写真を見せてもらったことがあったんだ。
アキと凛香ちゃんは顔を見合わせている。私たちの存在にはまだ気づいていない。声をかけようかどうか迷っていたら、アキが凛香ちゃんの前へ一歩踏み出した。
凛香ちゃんの両肩を触り、しばしの無言の後、ーーーーキスをしていた。
えっ。アキの動作がスローモーションのように見えた。唇と唇のキス。ドラマでしか見たことがない。……目が離せなかった。
制服の裾を引かれる感覚がして、横を見ると、ララが動揺したように私を見ていた。頬も紅潮している。
アキと凛香ちゃんってまさか、恋人同士なのかな?
だって普通の友達には、キスなんてしないよね。びっくりした。
私が後ろに一歩引いたところで物音がした。アキがこちらを見る。
「まさか、見られていたなんて思わなかった」と言いたげに、目を丸くしていた。
しかし、次の瞬間、にっこりと顔を崩すと、人差し指を顔の前に当てて「内緒」のポーズをした。
ついに知られちゃったかというような、気持ちの余裕さえ感じられた。
よく見ると、凛香ちゃんのカバンには、クマーヌのマスコットキャラクターが付いていた。首元にはリボンが付いている。
なんだ。アキは凛香ちゃんと、クマーヌをお揃いで付けていたんだ。ララとじゃなかった。
どこか、ホッとしている私がいた。おかしいな。誰とお揃いを持とうが関係ないのに、少しだけ嬉しくなってしまった。
アキは私たちに声をかけることなく、そのまま凛香ちゃんと手をつないで、公園から出ていった。今、話しかけるのは野暮だろう。デート中の邪魔をしてはいけない。……明日、話を聞くのが楽しみだ。
「……驚いたわね。葉月って女の子と付き合ってたのね」
「……そうみたいだね」
「人がキスしているところ、初めて見たわ……」
「私も……」
恋愛もののドラマで俳優さんがキスしているシーンを見たことがあるけど、現実で見たのは私も初めてだった。しかも、相手はアキ。同級生だ。私は変にドキドキして高揚していた。
右手を横にズラすと、生暖かいものが手に触れた。
「ご、ごめん!」
「べ、別にいいけど」
ーーララの手に触れた。なんでもないことのはずなのに動揺してしまう。まるで、私がララを好きなのではないかという錯覚に陥るほどだった。
いやいや、そんなわけない! 同級生がキスしているところを見たから、影響を受けているだけだ。しかし、否定するほど、変に意識して体が熱くなる。じっとしていると汗ばんでくるように感じる。
「ーー真子奈は、キスしたことある?」
「えっ!?」
突然の質問。心臓に悪い!
もうキスの話題は終わっただろうと思っていたけど、ララがぶり返してきたから、否応なく向き合うことになる。
「……な、ないよ」
「……そうなのね。あたしもないわ」
二人して無言になる。
良かった。私がないと言った後、ララもないと言ってくれてホッとした。何の良かったなのかは、今はうまく説明できそうもないけど……。
「あぁ、でもほっぺにならあるわ!」
ララが何気なく言う。
えっ……。
だ、誰とだろう。もしかして彼氏? でもララは男の子と付き合ったことがないと言っていた……。すごく気になったけど、わざわざ聞く勇気がなかった。だって、意識していると思われそうだから……。
でも、私も過去を振り返ってみると、ほっぺにならキスをされたことはある気がする。家族からだけど……。ララもそういうこと……なのかな。
「へぇ。……私も、ほっぺにならキスされたことがある……かも」
対抗するように言い返す。私、何でこんなにムキになっているんだろう。
「ふーん……。そうなの」
ララは一言そう言った後、黙ってしまった。
アキと凛香ちゃんのキスシーンを見た後で、気まずい気持ちが残っていたのか、私は明るく切り返すことができなかった。
公園内に二人突っ立ったまま時間が過ぎる。私たちの他に人はいない。もしかして、この公園、穴場なのかもしれない。
「……さっきの葉月の隣にいた子、誰だったのかしら」
「あぁ。ナナミン……中原七海の妹だって! アキが中学の時の、陸上部の後輩らしいよ」
「へぇ……そうなの」
ララがくるりと私の方に向いた。
「……さっきの葉月、両肩に手をつけて、少し前にかがんでキスしていたの……絵になってたわ」
そう言うと、アキと凛香ちゃんのシチュエーションを辿るかのように、私の両肩を掴んだ。
えっ。えっ。
ーー私とララは身長差がある。
明確に聞いたわけじゃないけど、多分私の方が10cm身長が高い。だから、ララに肩を掴まれると、上目遣いで見られて、私に体を寄せるような体勢になってしまう。側から見たら、片方が片方に迫っているような場面に見えてしまうことだろう。
「ちょっ、ララ……」
「こんな感じかしら」
愉快そうに笑って、私に体を預けてくる。先ほどよりも、距離が近くなって、心臓の動きが速くなる。
そのままララが目を閉じた。
まつ毛が長くて、一瞬見惚れた。両肩に手をかける体温が熱い。
えっ。これって、キスを待っているんじゃないよね。いやいや、冗談だよね。えっ。でも、ララは何も喋らない。私は……どうしたらいいんだろう。
私の耳に聞こえるのは、静かな風の音と、自分の心臓の音だけだった。




