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その黎明に祈る  作者: 願音
後日談
73/73

とある青年の回想録


 かなり遅れてしまいました。楽しんでいただけると幸いです。



「............これで、最後かな」


 危険な個体を優先的に倒して回りつつ、ミラは七体目を仕留めた。魔石は既に使用した後。残り魔力量は四〇〇前後。予定より八〇ほど少ないのは硬い個体がいたからだ。

 感知魔術で犯人の居場所を確認し、歩き出したところで違和感に気付く。


 ―背後に集団がいる?


 ミラは自分の勘に突き動かされるようにして短縮詠唱で半球体の結界を展開する。次の瞬間、結界に多くの魔術が被弾した。炎から雷、おそらく風も。一定ではなく、闇属性ではない―そしてこの場所にいる集団とすれば。


 ミラは、愕然とする。



「うちが抱えている兵士団っ......?!」



 基本的に<従事者>は自身の担当地を持つことはあれど、そこに長期間とどまることはない。緊急的な任務があったときに担当地にいては応じられないからだ。だからお抱えの兵士団というものが存在する。それはミラでも例外ではなく。

 兵士団の攻撃に対する手は襲撃事件で習得した部分的結界によるピンポイント防御。消費魔力量を抑えつつミラは犯人の方へと向かう。


(緊急事態で覚えのない人間がいたら怪しいし、今の私は宮廷魔術師の身分を証明できるものは持ってないけど............解決した後責任者には猛反省してもらわないと)


 こちとら宮廷魔術師。<従事者>階級は兵士団のトップよりも高いし、ミラ自身の身分も充分だ。何の責任も負わずに済むことはあり得ない。ミラが要求しなかった場合も、少なくとも辞任は国によって行われるだろう。

 敵だと判明していないのに一斉攻撃するなんて、と不満を抱えながら着実に犯人との距離を詰めていった。


 ―そして、三分後で姿を見つける。

 遠くに風に煽られてバタバタとはためくマントはおそらく組合に貸与されたもの。こちらに背を向けていて、顔は見えない。見えたところでミラは顔を知らないのだが。


(拘束しないといけないから......魔法戦用結界が無いのがこんなに不便なんて)


 そうなると問題なのが魔力量。現在、三〇〇強―特級魔術を一つ使えるか、といった瀬戸際だ。炎系統の特級魔術を使えば人一人燃え尽きるのには充分だから使う気はないものの、シドラスと未だ合流できていないこの状況ではかなり苦しい。

 こちらに気付いていない相手を最小限の魔力で拘束するとなると、作戦は一つに決まる。


 ―不意打ち。


 静かに詠唱をして魔術砲弾を起動。残量魔力を把握するためにピッタリ一五〇だけ式に魔力が流れ込むよう細工をした。杖を犯人の方へと向け、いざ不可視のそれを発射しようとしたところで―また後方から攻撃があったことに気付く。

 思わず苛立ちの混じった声が出た。


「もうっ、またぁっ」


 魔術砲弾を維持したまま結界を部分的展開して的確に防いでいく―それが、間違いだった。

 後方からの、ミラをはずした―いうなれば、狙いが下手で射程が無駄に長かった攻撃がいくつか犯人の近くで墜落する。


 犯人が、こちらに気付く。


「......っ、これは」


 ―まずい、と。

 ミラの背筋に怖気が走った。瞬時に部分的結界を拡張。全身を包み込むように守った。そして、ミラに訪れたのは。


 虫、だった。


 虫というものが苦手なミラは口元をピクピクとひきつらせ、結界の中で一歩後退りする。植物以外にも適用できたのか、という驚愕は存在しない。

 それも当然だ。襲いかかってきたのは巨大な飛蝗。普段よく見えないところまで巨大化の影響で非常に分かりやすい。かなりグロテスクで、そんな光景にミラが落ち着いていられる訳がなかった。


「だっ、だだだだだだだだっ、大丈夫、だからぁっ......!!あんな攻撃で私の結界が壊れたりっ、しないしぃっ?だから怖くないけど......っ、怖くないけど............『余計なものは、何もいらない』」


 やっぱり怖かった。安易に、そのおまじないに頼ってしまうぐらいには。

 ミラの顔から表情が消え、飛蝗に向かって繰り出す炎魔術の詠唱を始めようとして―それと同時に、犯人が手を突き出した。使用されたのは攻撃魔術ではない。


 拡声魔術。

 この場においての、犯人にとっての最善手。そして同時に、残量魔力に不安があるミラが今、一番取られてはいけなかった選択肢。

 理由は数秒後の光景が全てだ。


「『おい、兵士団!! 味方だ!! 俺は<悠遠(ユウエン)の魔術師>タァード・シーウェル!! その女が元凶、そこの飛蝗は犯人の攻撃だ!! 法律違反の魔術が暴走して制御できないようだ、一気に叩け!!』」


 全くのデタラメ。名前と飛蝗が犯人の攻撃であるということ、魔術が暴走して制御できない、ということ以外は嘘に置き換えられている。

 ミラからすればあり得ないような内容だが、事情を知らない兵士団は違う。元々ミラを追ってここまで来た集団。タァードは既に名乗っているが、ミラは身分証明を出来るものがないからそれはできない。


 元より怪しんでいた人物と、それに対峙する身元のハッキリした人間。どちらを信じるかといえば、考えるまでもないだろう。

 猛攻撃に晒されるのはミラ。それが決定付けられた証は一斉攻撃の合図だ。その後攻撃魔術が大量に飛来する。



 ―だが、ミラは焦らない。

 有象無象の攻撃で結界が破壊されることはないと踏んで、タァードの演説中から準備を重ねていた節制式炎系統上級魔術を発動。とにかく最優先で飛蝗を退治した。段々とタァードが距離を詰めてくるのに応じて魔術の射程を調整しながら()()()()()の準備を進める。―()()、遠慮しなくてもいい。

 色々と同時進行で取り組んでいるから普段よりは時間がかかる。術式構築と詠唱、合わせて五分弱だ。終了と同時に、単調ながらも隙のない魔力操作が一瞬途切れる。


 『余計なものは、何もいらない』。

 ミラが心の中で唱えるおまじない。それは精神上の一切の無駄を取り除く一種の暗示。脳や魔力筋に大きな負担をかける。だから、制限時間がある。

 制限時間はピッタリ五分間。そのタイミングでミラの魔力操作が途切れ、視界が白む。()()()()()()()()()()()()()()()()()


(............ずっと、待ってた)


 この戦場に、足を踏み入れたそのときから。


 弾けとんだ視界の中、感じる魔力だけでシドラスの到着に気付いて頬を緩める。アドルフはタァードの拠点を捜索しているのだろうか。

 タァード、ミラ、兵士団―と並んでいた戦場に、空から降り立ったシドラスが二つ、()()()()をミラに握らせると兵士団の方へと向かう。


 視界はぼんやりしている。しかし、躊躇わない。

 結界、炎魔術は解除。そして、待機していた魔術砲弾はシドラスと共に兵士団の元へ。それで魔力はゼロになり―一気に回復する。


 シドラスがミラに手渡したもの、一つ目。

魔力を閉じ込めた専用器具である。特注の逸品で、本来は魔石から還元する装置もついている。超簡易化の魔導具だ。使い捨てで中々手に入らない。宮廷魔術師の権限を使っても一年に二つ得られれば万々歳―そんな、非公表の秘密道具。


 シドラスがミラに手渡したもの、二つ目。

既に魔力を内包している起動式魔導具だ。魔術式が付与されていて、指先で安全装置を外せば()()してくれる。



「シドラスくん、最高の仕事をありがとう」



 そう呟く僅かな間に展開されたのは―()()()()()()。ミラがタァードに勝利するために必要だった最後の一手だ。


 ―炎系統の魔術及び魔法で攻撃すればタァードは死んでしまう。だが、運動能力が非常に低いミラがタァードを拘束する必要がある。そして冤罪をかけられ、身分を証明しなかればならない。

 そんな三つの危機、全てを解決する。


 タァードもミラも兵士団も、全てを囲むように魔法戦用結界が展開され、兵士団の様子が変わる。やや離れた場所、だが声は届く距離にいるタァードが浮かべていた嘲笑が数秒後、驚愕に変わる。

 彼は何に驚いているのか。そんな問いかけがあったとして、答えは一つだろう。



 待機させていたその魔術(祝福)の、儀礼詠唱を。この場を操る指揮棒のように、杖を掲げて。




「―劫火は恒に我らと供に。焼尽の限りを、<劫火煙>」




 炎系統最上位魔術<劫火煙>。行使できるだけで身分証明ができる、現在王国内でミラのみが使える炎系統魔術の最高到達点。信じられない程の高火力の攻撃だ。魔法戦用結界がなければ、確実に人が死ぬ。

 タァードが攻撃を浴びて魔力枯渇し、気絶する。背後で、兵士団が降参するのが分かる。ミラはふぅっ、と息を吐く。


(私の仕事が増えたことを除けば、一件落着、かな)


 そう、おそらく命じられるだろう報告書作成業務のことを考えて地味に落ち込むのだった。


*_*_*_*_*_*


 そして翌日。緊急事案解決による報酬として、一週間報告書以外の業務を他に回してもらえることになったミラはアドルフと紙にペンを走らせていた。


「......まさか、魔術暴走事件に密告されていた魔石の不法取引が関係しているとはね。私、ビックリしたなぁ」


「君、仕事が減って上機嫌だよね」


「当たり前だよ。やっと本格的に研究に取り組めるんだから」


 そういった風に言葉を交わしていると、アドルフの手が停止する。ミラは身を乗り出して向かいに座るアドルフの手元を覗き込む。


「ん、どうしたの?行き詰まった?」


「........................いや、大したことじゃないんだけど」


 ほら、と言葉が続く。



「治癒魔術も怪我の前の状態に()()()()()()()しているようなものだと思っただけで―」



 そこまで聞いて、ミラは素早く手を動かした。治癒魔術、時間操作魔術の魔術式を書き出して、並べてみる。治癒魔術の式に含まれる精霊文字を置き換えて不備を調整。人体を守るためなのか、仕込まれている保護術式を綺麗に取り除いた。それにあたって魔素式らしい部分の位置を組み換え、時間操作魔術の魔素式と共通させる。―すると。


「――っ!!」


「..................これは」


 治癒魔術式だったものは、完全に時間操作魔術式と一致する。治癒魔術が時間操作魔術と同義だったことの証明。思えば、開発者がよく理解できておらず、何となくやってみたらできたのだと自伝に遺したのも、『自分でも意味が分からないから、とりあえずイメージしながら暗記したのを詠唱すればいい』、と語ったのもそのせいなのだろうか。

 治癒魔術を悪用し、非公表の時間操作魔術式を再現できてしまうから。


 ミラとアドルフは顔を見合わせて、座り込んだ。いつの間にか立ち上がってしまっていたらしい。


「こうなると......治癒魔術の併用ができない理由は明らかだな」


「時間操作魔術は別口の魔力操作にも影響を及ぼしちゃうからね......となると、式全体を改良して治癒魔術を成立させるしか」


「あ、それならこの論文が良いと思う」


「............確かに!じゃあ、これを参考に―」


「基礎を丸ごと使っても―」


 口角を上げて身を乗り出し、ノリノリでそれはそれは楽しそうに二人は研究を進めていく。その様子を、最早空気と化して眺めていたシドラスは口を尖らせた。


「..................羨ましい」


*_*_*_*_*_*


 一ヶ月後。他体系魔術との併用も可能な新しい治癒魔術をミラと共に作り出したアドルフは、研究発表会に臨んでいた。壇上に登るのは一人―ミラは仕事で欠席だ。


(本当は同じ場所にいるべきだけど)


 ミラは宮廷魔術師。本来の業務に加え研究へも参加してくれていたのだから、感謝すべきだろう。本人から聞いたところによると、親友の結婚式に行くため一日の仕事代行を条件に許諾したらしい。普通は依頼金を受け取った上で研究で生まれた利益を山分けするから、破格の条件だ。


 発表では資料を配っている。アドルフの手元にある資料と見学者に配ったものは同じだ。それと別に光系統魔術を応用し、大きな白い布に写して説明を行う。

 発表は終盤。恙無く質疑応答を終え、最後は研究発表者の名前を口にして礼をするだけ。一度会場を見渡して、後方にいるシドラスに気付いた。資料に目を落としている彼はクツクツと笑っているように見える。


(..................どうしたんだろう)


 何か、ミスがあったのだろうかと不安になる。何度も確認したし、ここまで指摘もされなかったから資料にはミスはないと思われるのだが。

 不思議に思って、資料をチラリと見る。次の瞬間、その文字を読み取ってアドルフは思わず小さく噴き出してしまう。思い出すのは、ついこの間の出来事。



 発表の最終確認をして、夜、食事にでも行こうと執務室を後にしようとしていたタイミング。ミラがあ、と何かを思い出したかのように手を打った。仕舞ったばかりの複製のための提出前の書類を鞄から取り出して何やら書き始める。手元はアドルフからは見えない。


「それ、何を書いたんだ?」


「清書は他の人が綺麗にやってくれるらしいから......追記しておこうと思って」


「ふぅん。まぁ、打ち合わせ通りに発表できる状態なら何でもいいや」


 あまり興味が無かったのでアドルフは帰り支度を進める。振り返ったときに見たミラの満足げな顔が印象的だった。



『術式発案者 <涼月(リョウゲツ)の魔術師>アドルフ

 技術提供者 <星鏡の魔術師>ミラ・バーバラン』


 本来なら術式発案者として名前が載るのはアドルフとミラの二人。共同研究、という話で、利益も山分け―なのに。

 ミラが追記したのはおそらく、技術提供者の文字。術式発案者とは位置付けがまるで違う。最も大きな違いは、全てがアドルフの功績と処理されるという点。つまり、ミラには利益が入らない。

 今回の研究は実用性があるということで資料提供をした魔術組合から大量の報酬が出た。その額、なんと五億リゼル。


 噴き出してしまったことに詫びをいれて、アドルフは残りを読み上げると深く礼をする。今頃仕事に忙殺されているであろう彼女に、この感謝が伝わることを願って。


(............結局大金を頂いてしまった)


 そう、いつかの打ち合わせでのやりとりを懐かしく思い出しながら。


*_*_*_*_*_*


「......こんなこともあったな」


 青年は王都外れにある自宅で椅子の背凭れに背中を預けながら、昔つけていた日記を机に置く。書かなくなったのは仕事が忙しくなってしばらくしてからだ。途切れたものの、再開する気も廃棄する気もない。

 収納の整理をして見つけた日記を、本棚の奥に隠しておく。そして、また整理を再開した。

 



 平民の、所謂普通で平凡な少年だった。『普通』を当たり前として生きていた。


 ―これは、そんな『普通』が幸せだった少年の回想録(日記)である。



 これにて、『その黎明に祈る』、完全完結となります。読者の皆様、お付き合いいただき本当にありがとうございました。


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