8
昼休み。
今朝約束した通り、陽向が屋上にやってきた。
「ちゃんと来てくれたんだ」
「当たり前だろ。……んで、話って何だよ。まあその目のことだろうけど」
不安そうな顔でこちらを見る陽向。
あの件以降ずっと目を隠して生きてきた私が、急に目を露出してしかもカラコンまでつけているとなれば、心配になるのも無理はない。
何かきっかけがあったんだな、と考えるのが自然だ。
「……実はね、」
陽向がごくり、と唾を飲む。
「……私、『普通』になって『普通』の暮らしがしたいと思って」
「……へ?」
呆気にとられたような顔をする陽向。
それに構わず、私は話を続ける。
「この前、ちょっとしたいじめに遭ったの」
「は!?おまっ、なんでそれ俺に言わねーんだよ!」
陽向ががばっ、と私の両肩を掴む。
「ごめん。陽向に迷惑かけるわけにもいかないし、言うタイミングもなくて……」
「……そっか。気づかなかった俺も悪い。……ごめん」
「なんで陽向が謝るの」
「俺、おまえのヒーローになるって言ったのに……これじゃヒーロー失格じゃん」
バツが悪そうに陽向が私から離れる。
ーーおれが、おまえのヒーローになってやるからな!
(……やっぱり、あの時のこと覚えてたんだな)
その記憶力に感心しつつも、陽向が離れたことを確認した私は再度口を開いた。
「そのいじめに遭って思ったの。いじめられたのは私の容姿が原因だったんじゃないかって。……『地味子』って、言われちゃったから」
さすがに前世を思い出したことについては伏せておいた。
それこそ突拍子もない話だろうし、陽向が信じてくれるとは限らないと考えたからである。
「だから、いじめられないように『地味子』を脱却して『普通』になろうと考えたわけ」
「……それで、そのカラコンに繋がるのか」
「ご名答。黒色の目なら、『普通』に見えるでしょ」
「まあ、確かにそうだとは思うけど、……俺はおまえの目、好きなんだけどな」
後半部分は小声でぼそぼそと喋っていたのでうまく聞き取れなかった。
「なんか言った?」
「……なんでもねーよ、ばか」
「はぁ!?ばかって何よ!」
ぶっきらぼうに言い放ち、そっぽを向いた陽向に対して私は文句をガンガンぶつける。
(わざわざ聞き返すんじゃなかったわ)
一通り文句を言い終えた後、
「とにかく!私は『普通』になりたくてカラコンをしてるんだから、このことは絶対誰にも言わないでよね!」
万が一のために、陽向がむやみやたらに言いふらすことのないよう念を押した。
「……はぁ、わかったよ」
なんだか不満げに見えるが、一応言質が取れたので良しとする。
そうして安堵していると、
「その代わり、」
「?」
「今日夏芽に呼び出されたせいで購買行き損ねたから、その弁当の中身分けてもらってもいいよな?」
私が持っている弁当箱を指差しながら、陽向はそう告げた。
「なっ!?……まあ、それくらいならいいよ。話聞いてくれたし」
「マジ?サンキュー」
ちなみに、私は毎朝自分で弁当を手作りしている。
親が仕事の事情で不規則な生活リズムなので、料理は主に私が担当しているのだ。
「んー!この卵焼きうまっ」
「……そう。口に合ったなら何より」
二人で並んで座り、同じ弁当の中身をつつく。
「なあなあ」
「今度は何?」
「弁当、今後は俺の分も用意してもらうのってダメか?」
「はぁ!?」
(こいつ……!)
おそらく、さっき弁当を分けてくれと頼んだ時から狙っていたのだろう。きっとこちらが本題だ。
その証拠に、陽向はものすごくニヤニヤしながらこちらを見ている。
(まんまとしてやられたな……しかも陽向に、なんて)
思わぬ要求に頭を抱え悩んでいたところに、陽向がさらに追いうちをかける。
「さすがに毎日は難しいだろうから、週3か週2で構わねーよ」
「……」
「……もし用意してくれないなら、カラコンのこと他のヤツらに言っても」
「あーもうわかった!わかったから!」
「お?言ったな?」
私が折れて了承すると、陽向は満足そうな顔をした。
「……週2で、いいなら」
「週2ね、オッケー」
陽向がニカッと笑ったと同時に、私は溜息をついた。
「あ!大事なこと言い忘れてたんだけど、」
「……何」
「卵焼きはマストで」
「……」
「じゃ、俺先行くわ。弁当楽しみにしてるな」
(弁当作りという代償はあるけど、陽向がカラコンのことを黙っていてくれるのなら……まあ、仕方ないか)
屋上から立ち去っていく陽向の背中を眺めながら、私はさっきよりも大きな溜息をついたのだった。