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シャワーを終えた後は自分の部屋に戻り、前世の記憶を整理してノートにメモることにした。
・前世は公爵令嬢で、レイン王子の婚約者だった。
・しかし、レイン王子は別の人を好きになってしまい、嫉妬のあまりその相手をいじめた挙句、婚約破棄され処刑された。
(改めて字にしてみると、なかなかの悪役っぷりね……でも、)
婚約者がいるにもかかわらず、別の人を好きになってしまった王子の方がどうかしてるんじゃないの?と思わなくもない。まあ、恋は落ちるもの、とも言われてるし?どうにもならないこともあるのだろう。それはそれとして、
(嫉妬に狂ってしまうくらい、私はレイン王子のことが好きだったんだ……)
政略結婚として決められた婚約者だったとはいえ、実際はレイン王子に恋愛感情を抱いていたのだ。前世の記憶がそう物語っている。
(我ながら恥ずかしいな……)
将来国を担う王子の婚約者として恥ずかしくない振る舞いをするため、幼い頃から英才教育を施されてきた。休む暇もほとんどなく過酷な日々が続いたが、それでも弱音を吐かずにいられたのは、レイン王子に対する強い想いがあったから。
ーー殿下に、認めてもらいたい。私を見てほしい。どうか私を、
「愛してほしい。……か」
結局、レイン王子は私とは違ってただの政略結婚としか捉えていなかった。当然、そこに愛など芽生えない。
だからこそ、王子の相手として相応しい人物になるために、私は必死になって血のにじむような努力を積み重ねてきたのだ。それなのに、
(偶然出くわした平民の女に、レイン王子が恋をしてしまった)
どうやらお忍びで城下の街を散策していた時に出会ったとか。詳しい事情は知らないが、何か事件でも起こったのだろう。
そして、彼女と出会ってから王子の態度は急変した。それまでは普通に接していたのに、どこか上の空で返事もそっけなく、冷たくあしらわれることも多くなった。
その原因が彼女であることを知った私は、自分と同様に彼女に不満を抱えている他の貴族令嬢たちを招集して、彼女を追い詰める。そして、
ーー貴方のような地味な方が、気安く殿下に近づかないでくださるかしら?
ーー殿下は私の婚約者です。私を差し置いて、一体何様のつもりでしょう?
ーーたかが平民風情の貴方が、殿下の寵愛を得られると本当にお思いで?
といった、数々の暴言を浴びせたのだ。
これで彼女はレイン王子のことを諦めるだろう。婚約者にここまで責められたのだから。その場にいた誰もがそう思った。
しかし、彼女が怯むことはなかった。しかも、真正面からぶつかってきたのだ。
ーーもちろん、レインさまには貴方様という婚約者がいらっしゃることは存じています。……ですが、私は本気で彼のことを愛しているのです。誰に何を言われようとも、この気持ちを偽ることはできません。
そう言って、私の目を真っ直ぐ見据える彼女は気高く、美しかった。
内心は恐怖に満ちていたかもしれない。貴族に逆らうというのは、それだけで罰せられることもあるような社会だった。しかし、その恐怖に打ち勝つ覚悟と勇気が、彼女にはあったのだ。……私には、なかったものだ。
今なら理解できる。
(きっとレイン王子は、そういう彼女だったからこそ、好きになったんだろうな)
その後、私は彼女に何も言い返すことができず、その場から去っていく彼女の背中をただ見送ることしかできなかった。
それから数日後。
その出来事を影から見られていたのか、誰かが告げ口したのかはわからないけれど、王子の耳に入ったらしく大変激怒していたという。
そうして王子の反感を買った私は、婚約を破棄され、出来事の主犯として責任を取る形で処刑されたのである。
ーー貴殿はもっと利口な方だと認識していたのだが。……実に残念だよ。
ーーそんなっ!殿下……!
……そういえば彼女は、レイン王子のことを「レインさま」と呼んでいた。私でさえ、殿下の名をお呼びすることは許されなかったのに……どうして、
貴方よりもずっと前から、私は彼を愛していたのに。
薄れゆく意識の中で、私が最期に放った言葉は、
ーーレイン、さま……
一瞬、彼の目が見開いたように見えたが、きっと幻覚だろう。
彼女が現れてから長い間嫉妬に囚われていた私が、死ぬ間際に呪縛から解き放たれ、ようやく愛する人の名を口にすることができたのだ。もう後悔などない。