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後編



 頷いたあの日を後悔した日は数え切れないわ……。

 王妃教育中に私以外に聞こえないことをいいことに、ごちゃごちゃ口出ししてくるわ、先生の悪口を言うわでやりたい放題。

 注意すると、それらは私のために、目的のために言っているのだといつもうるさい。


 それだけでなく、これまでの彼女のアドバイスは悪辣で、何度も罪悪感を覚えた。

 でも、それらは私の目的のためには必要なことで、飲み込んできた。


 それに私の破滅への運命は、私を逃そうとしない。


 だから、苦しく大変な日々が続いている。


 まぁ、でも、エミィのおかげで目の前で怒り震えるアルフレットに一泡吹かせることが出来そうだけれど……。


 煌びやかに整えられた卒業パーティー会場の中央に向かい合うのは、私とアルフレット達。

 

「な、なんだと! うるさいとは、この俺に言っているのか!?」

「……はい」


 正直煩かったので肯定することにした。

 ……どうしようもないもの。


『ん? やっと現実逃避から戻ってきた? 作戦通りいけんの? さっきのでグダったじゃん?』

『貴女のせいでしょ! 全く……』


 何かおちゃらけてくるエミィには全く慣れない。

 私が怒ってもいつも笑っているだけで反省したことなんて全くない。


 ニヤニヤしながら浮いているエミィより、怒りで顔が真っ赤になっている殿下のお相手をしますか……。


「貴様! なんだその目は! いつもいつも人を見下した目をしおって!」


 えぇ、見下してますもの。


「そんなことより、私がそこのマリナ嬢を虐めているという真っ赤な嘘の話ですが……」

「何が真っ赤な嘘だ!」


 王太子とはいえ、話の途中で割り込んでこられると殴りたくなるわね。


「……証拠はありますの?」


 私の問いに彼は自信満々の顔になる。


 う~ん、確かにその顔も美形なのだけれど、気持ち悪いって気持ちの方が大きいわ……。


「当然だ! マリナがきちんと覚えていてな。貴様に叩かれた日、水をかけられた日、怒鳴られた日、階段から突き落とされた日もだ! それに以外にも余罪があり、きちんと調べておいた! 何人かに確認したら教科書を破いた貴様が教室から去るのを見たという者がたくさんいた。証人はたくさんいるのだぞ!」

「……そうですか」


 自信満々に鼻を膨らませる殿下の腕にへばりついている黒髪の女性―――マリナ・フランチェに目線を移す。


 マリナ・フランチェは異世界、エミィが言うにはエミィと同じ世界からきた女性。もともとはマリナ・オオゾラという姓だったが、後見人としてフランチェ公爵が養子とした。

 マリナは突然陛下の前に現れて、陛下の病を治したらしい。

 どうやら【癒しの力】を持っているようで、この力は傷や病を治すらしい。無制限というわけではなく、エミィが言うには一日に七回までらしい。

 その力から“聖女”だと呼ばれている。


 そして、エミィと共に色々と邪魔をしたけれど、物語通りにアルフレットと恋仲になってしまって、今に至る。


 マリナは私を強い目線で見つめ返してくるが、正直、滑稽でしかない。

 私にアルフレットを渡さないという目線を鼻で笑って、殿下に視線を戻す。


「……くだらない」

「なんだと!」


 私は目線を地面に落としながら呟く。

 全てにおいて茶番でくだらない。


 彼の言葉を無視しながら、傍観している生徒の男女に扇を向ける。


『作戦開始ね! やっちまえ~! 【悪役令嬢のお通り作戦】よ!』

『……エミィ、気が抜けるから止めて』


 ダサい作戦名を叫ぶエミィの声に一瞬げんなりしたけれど気を取り直して、さした二人に目線を向ける。


「あなたたち、確か婚約者同士で毎日放課後にはテラスの奥から三番目の席でお茶をしていましたわよね?」


 二人とも驚いた顔をした後に肯定するように頷く。


「ローゼマリー、貴様は何をしているのだ?」

「申し訳ありませんが、しばらくの間は殿下も口を開かないでください」

「なんだと!」


 私の行為に口を出してきたアルフレットを私は無視する。

 何がぎゃあぎゃあ言っているけれど、聞こえない。

 そのまま、扇子でさした二人に質問を続ける。


「あなたたちは私がマリナ嬢を虐めているのを見たのかしら? その現場をしっかり見ていたのかしら? 私もお友達とよくテラスでお茶をするわ。あなたたちの座る位置からは虐めの噂のあった庭が見えるはずよね?」


 庭で私がマリナを叩いたのをテラスから見たという噂が回っていた。

 それならこの二人がみているはずなのよ。


「え、え~と、頬を抑えて庭から出ていくマリナ様を見ましたが、そ、その叩いている現場を見たわけでないのですが……その後しばらくして、ローゼマリー様がご友人方と庭から出ているのを見ました」


 その証言にどよめきがおきる。

 私を非難するような視線が増える。


 やっぱり虐めていたのだと、非難する視線だ。

 

 私は彼らに微笑み返しながら、次の女子生徒に扇子を向ける。


「クリスティーナ様、貴女も妹が私にいじめられていた証拠を知っているかしら?」


 ふわりとした赤い髪で可愛らしい顔立ちの女性―――クリスティーナ・フランチェに問いかける。


「ええ、悲しい事に心当たりが多すぎますわ。……私の愛しい妹が貴女につらく当たられていると、何度も相談を受けていましたの。それに……あの子が階段から転げる落ちる瞬間もしっかり見ておりました! 落ちていく妹を貴女はとても冷たいで見下ろしていて……恐ろしく思ったのを覚えておりますわ。あれが怪我人に向ける目なのかと、ゾッとしましたわ。……でも、それよりも、あの子に何もなくてほっとしましたわ」


 悲しそうな顔で妹を案じるクリスティーナの声に、マリナの嬉しそうな、申し訳なさそうな顔でおねぇさまと呟く声が聞こえる。


 突然現れた異世界の娘を妹として受け入れた心優しい令嬢の姿に多くの者が同情するような視線を送っている。


 それが滑稽で、ため息が出そうになるのを堪える。

 クリスティーナの態度が演技だと、私は知っている。

 本当はマリナを忌々しく思っていることを知っている。

 いきなり現れた少女にフランチェ公爵令嬢の立場を奪われれば、誰でも腹が立つ。

 それを隠しながら、彼女に都合の良くなるようにマリナを操っている。


『やっぱりあの娘、いい役者よね~』

『本当に忌々しいですわね』


 でも、これは予定通り。

 逆にクリスティーナが猫を被らないほうが困る。


「何を貴様がしたいのか分からないが、クリスティーナ嬢の証言の通り、貴様がマリナを虐めていたことは、明らかになったな! この罪を貴様は償わなければならん!」


 アルフレットの私に判決を下すような言葉に会場の目が私に向く。

 この劇の結末を見守るような視線が集まる。


 まだ、結末ではありませんのよ?


 殿下、この劇の主役は貴方ではありませんの。

 この私が主役ですのよ!


「罪ですか? 証拠ですか? そんなものどこにありませんわ!」


 皆の視線を浴びながら、私は大きく微笑む。


『ここからが本番よ、ローゼちゃん! ここいる者達を傅かせなさい!』


 空気を裂くような音を鳴らして腕を大きく広げ、周りを見渡す。


「私、ローゼマリー・サーマセットが問いますわ。このサーマセット公爵の娘がくだらない虐めを以て殿下の婚約者の地位を護ろうとしたと思う者は前に出なさい!」


 いじめ? 陰口?

 そんなことをするくらいならば、とっくに殺していますわ。


「あの異世界から来た教養もない女に王妃の座が揺らいでいると疑問に思う者は前に出なさい!」


 マリナが私にとって代わる?

 それは不可能ですわ。


 

 何のために、魔女―――エミィの教えを受けたと思っているのですの。



『そうよ。皆に猜疑心を与えなさい。何が正しくて間違っているのか、分からなくさせなさい』


 エミィは言った―――猜疑心は止まること無く、全てが嘘に見えて、思考にも靄がかかる、と。


『そして、縋りつきたくなる程の力を見せつけなさい』


 エミィは言った―――心揺れる者には思考を放棄して委ねる程の力を示せ、と。


『人ってね、権力を持てる者に靡くのよ』


 エミィは望んだ―――ローゼちゃんが王妃になりなさい!


 私はローゼマリー・サーマセット。


 私はエルドラン王国の次期王妃よ!



「皆様は私がこれまでいかにエルドラン王国に貢献したのかをご存知かしら? 私が誰と交流させていただいているのか? 帝国の姫君や別の王国の姫君達との交流はご存知ですよね?」


 周りの人々が息を飲む音が静かに聞こえる。


 エミィが私に教えてくれたことは視野を広げること。

 国内の貴族達とのコネクション作りで止まっていた私の考えを正してくれた。


 エルドラン王国が国であることを維持するためには、他国との関係を知らなくてはいけない。

 敵、味方、中立という様々な立場の国があり、その絶妙なバランスの元にエルドラン王国が存続していることを意識させられた。

 そして、それらは個人の意志とは異なることを教えられた。


 敵対国の者でありながら、友好的な感情を抱く者。

 友好国の者でありながら、嫌悪感を抱く者。


 これらを把握することが私の力になると教えてくれた。


 そのおかげで、私は他国の王族や配偶者との交流を持ち、次世代のバランスを考える材料を多く持っている。


 私は他国の王族やその親類とのコネクションを持っている。

 他国にだけ縛れば私ほど広いコネクションを持っている者はエルドラン王国にはいない。


「私ほど次世代の王妃に相応しい方はいらっしゃるのかしら?」


 多くの者が思案顔になり黙り込んでいる。

 私の言い分に納得したような雰囲気の中で、それを破ろうとする者達がいる。

 アルフレットやクリスティーナ達が何かしらの言葉を発そうしている。


『ローズちゃん、主役を奪われては駄目よ』

『あたりまえよ』


 私は彼らが言葉を止めるために、より大きな声で言葉を続ける。


「私は陛下の期待を背負っております! 次期王妃であることを陛下が望まれています!」


 皆の視線は私のモノよ。

 殿下とはいえ、今はあげないわ。


「陛下の期待を誇りに思う私がアルフレット殿下のお遊びに惑わされるはずがありません! 皆様には今、私がどのように見えていますか? 色恋に心乱す乙女ですか?」


 私が王妃になれるのなら、別にアルフレットがマリナを側室にしたり、愛人にするのは構わないと思っている。

 だって、私は彼をこれっぽっちも愛していないもの。

 あの時の恨みはまだ忘れてないのだから……。


 私の言葉にざわめきが起きている。

 ただの恋愛劇を見ていたつもりだったところに、冷や水をぶっかけられたのだ。


 途端に政治の話になってしまった。

 アルフレットやクリスティーナ達の意見と、私の意見のどちらかに賛同するかで未来の権力のおこぼれが貰えるかどうかが変わってくる。

 だから、小声で親しい者との協議する声が漏れ広がっている。

 

 私達から目線を外すことでこの場では何もなかったと示す消極的な私への賛同する者達が出来ている。


『いい傾向ね。作戦は順調に進んでいるわねぇ~』

『そうね』

『でも、まだ終わっていないわよぉ~』


 現状に満足していると、エミィはニタニタとした表情で目線をアルフレット達に向ける。


「ふざけるな! 何が次期王妃だ! 貴様のように人を見下してばかりの女に民を導く王妃が務まるはずがない!」


 当然このまま終わるとは思っていない。

 でも、大方は私の方に情勢は傾いた。

 次期王様のお手並み拝見よ。


 殿下はマリナを抱き寄せながら叫ぶ。

 その殿下の横でマリナも怯えた表情を見せながらも、私を強い目線で見つめてくる。

 殿下の胸に手を当て、腰を抱かれながらも、背筋を伸ばして私を見ている。


『ふ~ん、王子様に抱かれてすでに王妃気取りねぇ~』


 気に入らない。

 お人形のくせに……。


「【癒しの力】を持つ聖女マリナこそが王妃に相応しい! マリナの力は民を救う力だ! 【癒しの力】だけでなくマリナの持つ異世界の知恵がこの国を豊かにしていくのだ! 彼女が王妃になることでこの国の発展と平和をもたらすのだ!」


 マリナの持っている知識が農業や軍事などに革新的な技術を与えたのは事実。

 そのため、どちらにつくべきか改めて迷うそぶりを見せ始める者達が出てきた。


 一応、それらの知識はエミィから私も大雑把に教わっている。

 しかし、エミィがそれを私に使わせなかった。

 私の仕事は生み出すのではなく、利用することだからそうだ。

 生み出すのに時間をかけるよりもできてから、どう使っていくかを考える時間を大切にすることが重要だと教えてくれた。


 王妃の仕事は、技術職ではなく、政治だ。

 

 マリナがいくら画期的な知識を持っていようと王妃である必要性は無い。


 だから、それを感覚的に知っている者達は惑わされない。

 

「確かにマリナ嬢は素晴らしい知恵をお持ちですが、他の世界からいらっしゃったためかこの世界の文化に馴染めていらっしゃいません」


 だから、私はすかさず割り込む。

 アルフレットの言葉に流されかけている者達を引き戻す。


「それでは国母として、国の代表としてのお仕事をお任せできるとは思えませんね」


 私はマリナに王妃が務まらないと言い切ることで、皆に問いかける。


 異世界の感性を振りまくマリナが傅く相手として相応しいのか?

 自分たちの名誉と命を捧げる相手として相応しいのか?


 エミィが言うに、現代ニッポンの感覚はこの国には合わないらしい。

 私もそう思う。

 平民も貴族も同じ命だと言われても、私は頷けない。


 そして、少なくない生徒が彼女の感性には不快感を持っている。

 その彼らを私は引き込むための言葉だ。


 おかげでアルフレットやマリナに不信の目を向ける者が出始めた。

 “子供のいじめ程度の問題”で次期王妃を変えるのはおかしいのではないかという声がちらほら聞こえてくる。


『別に虐めたとか、虐めてないとかどうでもいいのよぉ~。ローゼちゃんとアレが王妃に相応しいかどうかことだけ考えさせればいいのよねぇ~』


 エミィの作戦は、論点をすり替えること。

 ここで重要なのは、殿下の婚約者に相応しいのかをピックアップすること。

 その論点を、個人の性質としてではなく、未来の為政者としてどっちが利になるのかにすり替えてしまう。

 そうなれば、私が虐めをしていようとも、為政者の能力としてマリナと私を天秤かける。


 三年目に現れた不思議な力を持つ異世界の女性と、幼い頃から次期王妃として教育を受けた令嬢。

 比べるまでもないでしょうね。


 アルフレット達はこの流れを予想していなかったのか唖然として周りを見渡している。


 このままならこの婚約破棄劇も“無かったこと”にして終わり。


 でも、そうはいきませんよね?

 クリスティーナ・フランチェ?


「みなさん! 悲しいですわ! 殿下はこの国の将来を憂いていますのよ! 確かに妹はこの世界のことに慣れないところは多いですが、それは私が、姉であるクリスティーナ・フランチェがしっかり支えていきますわ! あのような人の痛みの分からない方に私達の未来を託してはいけません!」


 この女が黙っているわけが無い。

 幼い時から私を目の敵にしていたフランチェ公爵の“本物の令嬢”が。


『さ~て、ボス戦よ~。きばってこ~』


 エミィは楽しそうに言うが、私は不安でいっぱいだ。

 いくつか策はあるが、ここからはクリスティーナの出方次第だ。


 クリスティーナはさっきの私のように腕を広げて、周りを見渡す。


「ローゼマリー様は公爵家とアルフレット王太子殿下の婚約者であることを笠にきて傍若無人な振る舞いが多いことは皆様もご存知でしょう? あまつさえ王国の皆様をないがしろにしながら他国の方々と親密な関係を結ばれています。それも未婚の男性とも親しくされているようなのです! 長年の敵国である帝国の直系の皇子の方と!」


 私への不信の目線とざわめきが起きる。


『まぁ~、嘘は言っていないわねぇ~』


 エミィの言う通りで彼女の言葉に嘘はない。


「ローゼマリー様にこの国を任せていては王国を不幸にするかもしれませんのよ」


 確かに帝国の皇子と親しくしているのは事実。

 しかし、それは次期皇妃と仲良くなる一環でしかない。

 次期皇帝は王国との和平を求めており、その工作の一環で三年前から続いている関係だ。

 その皇子は次期皇帝の同胎の弟であり、その交流のなかで親しくさせてもらっているだけである。

 しかし、その皇子はまだ十歳にもなっていない。


 でも、事実はどうあれ、クリスティーナの言い方では、まるで私が皇妃となるために王国を帝国に売り渡すように聞こえる。


 私が鼻で笑うのは簡単だが、疑心を抱いた者達を振り向かせるにはそれだけではいけない。


「ふふふ、皆様が何を心配なされているのか分かりませんが、私は次期皇帝陛下と和平のお話をするためにその御兄弟とも仲良くさせ頂いているのですわ」


 良かった。

 その疑心のかけ方は想定内。


「私は常に王国の将来を思って行動しておりますの」


 愛国心を示すための証人ならいる。


「そうですわよね? ロバート・ウィルソン様? グレース・テイラー様?」


 私は難しそうな顔をしている男性と、無表情の女性に声をかける。

 会場の目線が彼らに向くと、ロバートはややたじろぎ、グレースは涼しげ受け流している。


 ロバートはグレースと目を合わせると、ため息をついて頭を掻きながらやや前に出てくる。


「相変わらずローゼマリー様は人使いが荒いですね……」


 彼はウィルソン侯爵の長男であり、侯爵は外務大臣を務めている。

 そんな彼はよく外交の場で私を補佐している。


 気怠そうにしていた顔を真剣なものに変えて前を見渡してから、彼は口を開く。


「ウィルソン侯爵の後継者として、陛下の忠臣として申し上げます。ローゼマリー様は愛国心に溢れる方で、この国を裏切るようなことはなさいません。多くの仕事をお手伝いさせていただいておりまして、私の目でしっかりと見ております。幅広い教養と多くの言語を使いこなすローゼマリー様を常に尊敬しております。きっと我父上も同じ気持ちでしょう」


 ロバートは学院に通いながらもすでに外交に関わるほど優秀である。

 どこかくたびれた雰囲気を醸し出しているが、面倒見がよく、特に男性の友人が多い。

 そのため、男性のコミュニティーで一目置かれている。


 ロバートが言うならそうなのだろうといった雰囲気が広がる。


 会場の雰囲気的に予定の通りの展開に持っていけそうだ。


 その反応を確かめるとロバートは肩を竦めて、グレースに一瞬だけ目線を向けて下がっていく。

 グレースは彼に小さく礼をした後、前に歩き始める。

 そして、私の前まで進み、深く礼をする。


「私の敬愛する次期王妃であられるローゼマリー様のお呼びに参上いたしました」


 彼女の深い礼と喜びに満ちた声の挨拶にどよめきがおきる。


『うひゃひゃ! 相変わらず気持ち悪い具合の心酔ぷりねぇ~』

『うぐぅ……、どうしてこうなったのよ……』


 グレースはテイラー伯爵の令嬢。伯爵はいたって普通のそれなりの地位を持った法衣貴族でしかない。

 だが、グレースの婚約者は国境を護る辺境伯である。

 そして、学院でも冷たい雰囲気であり、社交界に無関心であることが有名である。


 そんな彼女が感情を込めた声を発したことに多くの生徒が驚いている。


 グレースと辺境伯の仲は歳の差と政略結婚であったことから様々なすれ違いにより冷え込んでいたが、私が偶然かかわった事件から愛し合う仲になった。

 確かに二人の仲を取り持つようなことはしたけれども、なぜか私を異常に慕うようなってしまった。


 エミィとは異なるが、それでも、狂気に含んだようなグレースの瞳に後ずさりそうになるのをグッと堪える。


「ローゼマリー様以外にエルドラン王国の次期王妃に相応しいお方はいらっしゃいません。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、ローゼマリー様が陛下の命により複数の国の上層部の方にかけ合っていただいたおかげで蛮族の侵攻を納めるめどが立ちました。蛮族の存在は私の婚約者の辺境伯家において長年の悩み一つでした。それに解決策を示して下さったのです」


 それはエミィのアドバイスがあったからできたことだった。

 辺境伯領に定期的に進行してく騎馬民の蛮族達を相手取りながら、隣接する国との対応に苦労していた。

 そこでエミィは一時的に対蛮族の連合軍を作る策を示した。

 隣接する国も蛮族の略奪などに苦しんでいた。

 国同士は敵でもその地域治める領主同士なら一時的に組ませることに賛同しやすい。

 また、宗教を絡めることで国を超えることが可能であることを教えてくれた。

 そのことを陛下に上申した結果、そのための各国の調整を私が受け持つことになってしまった。

 

 現在も細かい調整が続いていて胃の痛い日々を過ごしているが、おかげで辺境伯とグレースの信頼を得ることができた。


「私の愛する辺境伯様もローゼマリー様に忠誠を誓っております。そのローゼマリー様が王妃になられれば、後世に残る黄金の時代を築き上げると私は確信しております!」


 皆の方へ目線を向けていたグレースがアルフレットに目線を移す。


「アルフレット王太子殿下、不敬を覚悟で申し上げます。愛する心を振り捨てるつらさは身をもって知っております」


 グレースには幼い頃に結婚を約束した男性がいたが、12歳のときに一周り近く年上の辺境伯との婚約が決まってしまった。

 その苦しみの中で、もがいているときに私はグレースに出会った。


『ほんと、びっくりするぐらいに大恋愛だったわよねぇ~』

『“愛に生きる”って在り方は本当に尊敬ですわ』


 愛を裂かれ、新しい愛に出会ったグレースだからこそ言える。


「……個人の感情より、家や国のために婚姻さえも利用するのが貴族です」

「なら! 私が変える! マリナとの愛を貫き、人の心を蔑ろにする伝統は排する!」


 叫ぶようなアルフレットの言葉にグレースは首を振る。


「殿下、愛する方との婚姻が家や民のためとならないことがあるのです。ですが、そこから新しい愛も芽生えます。……ローゼマリー様が王妃とならねば、これまでの蛮族対策の会談が無に帰す可能性があります。蛮族の略奪に苦しむ民のためにも、どうか賢明なご判断をお願いします」


 深く頭を下げるグレースにアルフレットは何も言えず固まっている。

 会場の雰囲気は、この婚約破棄がなかったことにしようという空気にほぼ傾いている。


 それでも、諦めないクリスティーナがいる。

 彼女は自分が生き残るために戦っている。

 フランチェ公爵の養女マリナが王妃にならなくては、彼女も家での立場が無くなる。


 ある意味で私と同じ。


 生き残るためにクリスティーナは諦めない。


「えぇ、お二方のおっしゃる通りローゼマリー様はこの国のために尽くしてくださっていますわね。ローゼマリー様のこの国を思う気持ちは真実だと思います。しかし―――」


 クリスティーナは慈しむような目でマリナに目線を送り、静かに憂いを帯びた微笑みを見せる。


「愛する妹は神に認められた【癒しの力】を持つ者。神に愛された“聖女”をないがしろにすれば神のお怒りにあうかもしれません」


 その言葉に多くの者が息を飲む。


 “神”とはこの世界を創り、人々に祝福と試練を与える存在と伝えられている。

 エルドラン王国だけでなく周辺の国も同じ“神”を崇拝している。

 その信仰を管理しているのが、教会である。

 教会本部となる聖地は聖皇国として独立しており、各国の王や皇帝の正当性を示すことにもある程度の影響力を持つ。


 クリスティーナが言いたいことは、神秘の力を持つマリナが神に認められた人の上に立つ存在であるということ。


 政治能力という論点からずらし、教会の権威による正当性を示してきた。


『まぁ、そうよね~。うさんくさかろうが、神って存在はどの世界でも権威の象徴だものね~』

『予定通りでしょう?』

『“聖女”って肩書をつかわないわけないしね~。でも、これを覆すのは面倒なのよね~』


 エミィとの相談の中でこのことは危惧していた。

 貴族にも敬虔な信徒がいる。

 国の主は神に認められた者だという刷り込みを無意識的に感じている者はいる。

 マリナが来るまで実際に“神”の力を見た者はいないが、伝承はある。

 そのマリナはまさに人知を超えた力を持っていて、まるで“神”の使者のように異世界から現れたので、それが“神”の祝福の証明といわれると否定する材料が無い。


『それに言い方が最悪よね~。流石、ローゼちゃんのライバルねぇ~』


 クリスティーナの言い方では、私が王妃となっても、今後何かしらの災害があるたびに“神”の怒りということになってしまう。

 将来、彼女が介入する隙間を抉じ開けてきた。


『でも、先のことは分からないわ。これまでも運命に抗い続けてきたのよ。そうでしょう、エミィ?』

『ふふふ、その通りよぉ~。流石、私のローゼちゃんね!』


 憂いの表情のままで目だけ私を嗤っているクリスティーナに、私は不敵な笑みを浮かべて向き直る。

 焦りも困惑も何の感情も見せない不敵な微笑み。

 エミィに教えられた“悪女”としての微笑みを装備する。


「“神”の怒りを恐れるなど私に必要ありませんわ!」


 私を破滅へ導く“神”などこちらから願い下げよ!

 それに、私には“魔女”が憑いているのよ!


「エルドラン王国のために、民のために次期王妃として生まれたこの私が“神”の怒りを買うなどありえませんわ!」


 私は生まれる前から王妃となることが決まっていたことを利用する。

 そこに“神”の力の根拠は無い。


 でも、運命というものを信じる者がいるなら、“神”が私を王妃にすべき運命だとハッタリをかませばいい。


「未来の王妃として生まれた私の生き様こそ“神”の采配。きっとマリナ嬢が現れたのは、これまでと、これからの、私が王妃として困難に打ち勝ちながら人々に尽くすエルドラン王国のための祝福ですわ」


 クリスティーナ、貴女がマリナを利用するように私も使わせてもらうわ。


「マリナ嬢が顕現されたのは、“神”を冒涜する蛮族を滅ぼすための会合を私が行った後でしたわ。“神”を敬愛する国々で力を合わせることの実現を私が成した時にエルドラン王国に顕現されましたわ」


 私を破滅させようとする“神”も利用する。


「“神”に認められた陛下が私に任命し、エルドラン王国を中心として敬愛する“神”を敵とする邪悪な蛮族を滅ぼす連合を国を超えて作り上げたときに現れたのです! まさに“神”がエルドラン王国をの未来を祝福していることの証明でしょう!」


 エミィの黒くも美しい深い笑みが目に入る。

 きっと私も同じ笑みを浮かべているに違いない。


 ここの主役は、天使のような王子でも、可憐な“聖女”でもなく、悪役令嬢のこの私。

 皆が私に注目している。


「私と殿下でこの国を治めることで、“聖女”マリナを遣わした“神”に祝福され続けるでしょう!」


 クリスティーナ達が“不敬”や“不信心”などの口を挟ませること無く言い切る。

 会場は私のハッタリに納得した雰囲気に包まれている。


 政治と信仰のどちらを見てもある程度の説得力があるように、尊大かつ優雅に振る舞った。

 思考しない者は流され、思考する者は利を取る。

 利とは将来の利権。

 マリナを担ぎ上げるだけのフランチェ公爵側に付くか、国内に限らず他国の王族とコネクションを持つ私に協力するのか。

 当然、有利なのは私。

 国内でも外交と辺境伯という軍事の要人の信頼をすでに得ている。


 私側に付くのが多数派だ。

 信心深い者は私を疑うだろうが、彼らは少数派で大局に影響は少ない。


 アルフレットやマリナ達は困惑したように周りを見渡している。

 こんなはずではない、という彼らの表情に笑いがこみ上げてくる。

 

 しかし、エミィは不敵な微笑みをクリスティーナに向けたままだ。


『まだ終わってないかもね』


クリスティーナだけは困った表情の仮面を被りながら、目は全く諦めていない。


『まだ何かあるのかしら?』

『さぁね……。でも、彼女もこのままでは引けないからねぇ~』


 会場の雰囲気はこの“婚約破棄騒動劇は終わり”という流れだが、私とクリスティーナの間には先程の緊張感が変わらず張り詰めている。


 私は不敵な微笑みを深くしながら、彼女の出方を待つ。


 クリスティーナが意を決したように一瞬の力のこもった瞬きをして、口を開こうとする。

 

しかし、言葉を発する前に大きな音を立て会場の扉が開き、十数人ほどの人が入ってくる。


『はぁ!? 乱入があるなんて知らないんだけど!?』


 さっきまで不敵に微笑んでいたエミィが彼らを見ながら驚愕で目を見開く。


「エ、エドワード……」


 先頭に立つ少年を見てアルフレットは声を震わせながら呟く。

 その小さな声が会場に静寂をもたらす。


 先頭に立つ少年―――エドワード・エルドラン王国第二王子に目線が集中していく。

 エドワードとは私が10歳のときから年に数回程お茶を共にしている。

 エミィが未来の義弟としてしっかりと親しくなっておけというアドバイスからできるだけ親しくさせてもらっていた。


 本当の弟のように接しているとはいえエドワードは王族だ。

 私はエミィのような醜態をさらすわけにはいかないので、表情筋を固めながらエドワードにカテーシを送る。


 そんな私にエドワードは無邪気に微笑むと、兄の幼い頃と同じ鈴のような美しい声を奏でる。


「皆様、本日はこの祝すべき卒業パーティーの場に陛下のお言葉を持ってまいりました」


 会場が喜びの声でどよめく。

 陛下が卒業パーティーで言葉を送ることなど前例がない。

 きっと溺愛するアルフレットが卒業するからなのだろうという憶測が広がっていく。

 歓喜の広がる雰囲気の中で、エドワードは後ろに控えた家臣から書面を渡される。

 その雰囲気にあわせるように、エドワードは満面の笑みで開いていく。

 まだ11歳であるのに王族として堂々とした振る舞いが皆の視線を集める。


 だが、次の言葉で会場が凍り付いた。


「私の兄であるアルフレット第一王子の進言に従い、ここにアルフレット第一王子とローゼマリーの婚約を白紙に戻す!」


 唖然とするしかない。

 今、私はどういう表情をしているのか分からない。


『はぁぁ!? なんでぇ!? 王様にも王妃様にも根回ししたのになんでよぉ!』


 エミィの絶叫が耳に届く。

 彼女の語った私の破滅への運命が頭を駆け巡る。


 私が混乱と絶望を味わっている間にも、エドワードの朗々とした声が響く。


「アルフレットだけでなくフランチェ公爵からも、愛を知らぬものが民を愛する王妃になりえることはないとの進言を受け入れ、協議の元でこの婚約を白紙とすることが妥当であると、陛下は判断なされました」


 視界の端に歓喜の声を上げて、抱きあうアルフレットとマリナが映る。

 その喜びをから全体で表しているようだ。

 笑顔と喜びの涙を向け合いながら跳ねるように喜んでいる。


 その姿が憎い。

 何が愛だ。


 私を否定し、馬鹿にしたアルフレットとの望んでいない婚約を王妃になるためと、苦しみを飲み込んだ。

 私を愛そうともしなかった男を支えるために、国のために、苦しみを受け入れてきたのに!


『ふざけんな! 何が愛よ! あんなのはただのまやかしなのよ!』

『エミィ……愛ってなんなの……』

『だから、まやかし―――』

『まやかしだって言うなら、なぜ私は捨てられるのよ!』


 八つ当たりのようにエミィに言葉をぶつけることしかできない。

 涙を零しそうになる私をクリスティーナは勝ち誇った目で見つめている。

 

 そうか……、クリスティーナはこれを待っていたのね……。

悔しくてたまらない。


『あぁぁ!? なんで思いつかなかったのよ、私!? あぁぁもぉぉぉぉぅ!!』


エミィもそれに気付いたのか、狂ったように叫び、顔を伏せ静かになった。


もう終わり。

やっぱり悪役は消えるしかないのね。


 淑女の微笑みが崩れないことだけを意識している私の前にエドワードが歩み寄る。


「おねぇ様、いえ、ローゼマリー様」

「……なんでしょうか?」


 嬉しそうな笑みを浮かべながら声をかけてくるエドワードに警戒しながら声を返す。

 語り合った時間は少ないが、それなり姉と弟という関係を結べていたと思っていたけど、幻想だった。


 私を突き放すのにそんなに嬉しそうな顔をするなんて、嫌われていたみたいね……。


「お兄様を愛したことは一度もありませんよね?」

「いいえ、初めてお会いしたときは見惚れておりました」


 もうこれが最後かもしれないと思うと、偽れないらしい。

 すぐに幻滅したとはいえ、出会った瞬間はアルフレットに見惚れたのは事実。


「本当に?」


 私の答えに急にエドワードは眉を顰めて聞き返す。


「はい、私の誇りに誓って」


 “神”などには誓わない。

 私はローゼマリー・サーマセットとしての矜持だけで生きてきた。

 私が私を裏切らないように生きてきた。

 その意思を乗せて、エドワードの目を見る。


「そっか……ちょっと残念かも」


 少し拗ねたようなエドワードの言葉に私は首を傾げる。

 何を言いたいのか分からない。


「まあ、いいか!」


 再びエドワードは満面の笑みを浮かべると私の手を掴む。


「ローゼマリー・サーマセット、僕と結婚してください。僕が貴女に愛を教えます」


 私の手の甲にキスを落としながら、エドワードは私にプロポーズしてきた。

 私は混乱で頭がフリーズする。


『あぁぁ! そういうことかぁ! クソ! やりやがったな! 私のローゼちゃんから離れろ! 腹黒ショタ!』


 エミィが私の頭の上で跳ねる様に騒ぎ立てるが、私の瞳はエドワードの強い視線に釘付けにされて、彼女の言葉は聞こえない。


「……愛を教える?」

「はい、節穴の愚兄と違い、僕は世界一美しい貴女を愛し続けることで、愛の素晴らしさを教えます」

「世界一美しい? 狐目なのに?」

「そこを疑問に持つんですね……」


 エドワードは苦笑するが、私にとっては重要なことだ。

 自分でも美しいのは分かっているけれど、世界一とは思ったことがない。

 アルフレットのように他の人からも影で狐目だと馬鹿にされていた。


「その瞳は知性溢れる瞳ですよ。とっても綺麗な目です」


 その言葉に私の心臓が跳ねる音がした。

 今まで私の目を褒める人なんていなかった。

 胸に言葉に出来ない不思議な温もりが広がっていく。


 唖然とする私にエドワードはニコリと笑うと背を向ける。

 突然の彼のプロポーズに固まっているアルフレット達へ彼は向き直る。


「先程の陛下の言葉に続きがあります」


 先程までの無邪気な笑みは無く、王即としての鋭い目線で彼らを睨みつける。


「本日をもってアルフレット第一王子を廃嫡し、僕、エドワードを王太子に任命する」

「なっ!」


 アルフレットが狼狽した声を上げるが、それをかき消すようにエドワードは言葉を続ける。


「また、ローゼマリー・サーマセット公爵令嬢がすでに次期王妃となることが内定しているため、ここに僕とローゼマリー様の婚約を宣言する!」


 会場のすべての人が言葉を無くしている中、エドワードは申し訳なそうな顔をして私を振りかえる。


「こんなだまし討ちのようなことをしてごめんなさい。でも、僕は本当にローゼマリーおねぇ様を愛しているんだ」

「エドワード様……」

「悲しい顔をさせてごめんなさい。でも、これからはローゼマリー様がいっぱい笑えるように僕が頑張ります! エルドラン王国最高の王妃となるローゼマリー様の隣に相応しい王になります!」


 エドワードの言葉に胸が満たされる。

 温かい喜びが涙腺を緩めていくのが分かる。

 私がエルドラン王国最高の王妃。

 これまでの頑張りが認められている。


『騙されちゃダメよ、ローゼちゃん! この腹黒ガキはローゼちゃんをはめようとしているわよ!』

『そんなことはないわよ。エドワード様は純粋な子よ』

 

 いつも屈託ない笑みで「おねぇ様」と慕ってくれていた。

 少しマセたところがあるけど、可愛らしく素直な義弟。

 褒めるといつも無邪気な微笑みで嬉しそうに撫でられていた思い出が浮かぶ。

 そんな彼の前では少しだけ気を抜くことが出来た。


『違うって! このガキは―――』


 エドワードは口に指を当てて静かにして欲しいときのジェスチャーをする。

 私にしたのかと思ったけれど、私の頭の上に視線があるような気がする。


 ふとエミィの声が聞こえなくなった。


 不思議に思ってエミィの方を向こうとすると、エドワードに手を引っ張られる。


「今は僕を見て下さい」

「え?」

「愛しています。今は僕のことが弟にしか見えないかもしれませんが、立派な男になります」


 エドワードの熱い熱のこもった瞳に吸い込まれるような感覚がする。


「愚兄のこととか後始末がたくさんありますが、貴女は僕だけを見ていてください。貴女に誰かが何かを囁こうと、貴女を愛している僕を信じて下さい」

「……愛」


 私は愛が分からない……。

 グレースやアルフレットの恋愛を見ても、一定の理解はしても不合理にしか思えなかった。


「私に愛はいらないわ」


 愛は人の判断を鈍らせる。

 民の上に立つ私には判断を鈍らせる愛なんていらないのよ。


「いいえ、愛がいらない人なんていません」


 エドワードがいつもの屈託のない微笑みで熱のこもった声で否定する。


「僕と共に愛を学ぶ……いえ、育んでいきましょう!」


 そう言うと私の手を力強く引いて、エドワードは会場の出口に向かっていく。



 愛は分からない。

 でも、不思議と愛を知りたいという感情が浮き上がってくる。


 今、新しい運命が動き出した気がする。

 私の手を握るエドワードの手の熱さが身体全体に広がっていく。



 エミィと出会って、破滅の運命を聞いたときは絶望しそうだった。

 運命の通りにアルフレットも家族も私に冷たかったことに恐怖を覚えた。

 その苦しい日々の中で、エミィのアドバイスのおかげで純粋で温かなエドワードと出会えた。


 これまでの苦い思い出も、楽しい思い出も、次々に浮き上がってくる。

 本当に運命が変わったのかは分からないけれど、あとでしっかりとこれまでのことをエミィに感謝しよう。

 

 あの日、“悪女”のエミィに頷いたのは間違いなかった、と―――。




『あぁぁ! このガキも能力持ちとか知らないわよ! 色々と小説と変わり過ぎでしょ! ふざけんな! ずっとダマしてやがったのねぇ!私のローゼちゃんを盗るなぁ! ローゼちゃんは、私のよぉぉぉぉ!』





 最後まで読んでくださり誠にありがとうございます。

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[良い点] 面白かったです。 [一言] 面白かったんですが、私としては 「最後までがんばってたクリスティーナ嬢はどうなるの?」 「第二王子が能力もちってなに?どういうこと?」 「とりあえず花畑~ずは…
[一言] 面白かったです。幽霊(?)に指導されて断罪を乗り切ろうとジタバタするという設定が素敵でした。 これにて元鞘かと思われたのに、最後の最後で大逆転。アルフレットが廃嫡されて、腹黒ショタのエドワー…
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