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光芒モノリシック  作者: 榎本あきな
Ⅰ.眠る絵本。目覚める物語。
1/7

1.ボク《守る決意》

 この世界……ラクロと呼ばれるこの星には、沢山の生き物が住んでいる。


 一番数が多い人間から、獣の姿をもつもの、背中に羽を持つもの、その全てを害するものから、ありとあらゆる種族が。

 その中で一番数が多い人間という種族は、数以外何一つ叶わず、簡単に殺されてしまうような、とても非力な存在だった。

 けれど、彼らは魔法と呼ばれる、不思議な現象を起こす力を元に、数の力で他の種族を圧倒し、この星で一番大きな大陸に国を築いた。


 ……国を築いた人間は、戦以外でも魔法を使い始め、頼りきりの状態へと変化していった。

 そして、いつの間にか魔法は、人間にはなくてはならないものとなった。

 元々、魔力と呼ばれる空気中に混じるそれを吸収し、魔法を使用してたのだが、人間の中に魔力を作るための器官が出来上がり、自分の中にある最大値以上の魔力を引き出して魔法を使おうとすると、生命力を削るようになったのだ。


 けれど、それでも魔法を使うのを、人間はやめなかった。

 非力な彼らには、それしか自分の身を守る術は残っていなかった。



 そうやって、人間が魔法を使い始めてからずっとずっと時間がたった今。

 他の種族と協定を結び、無駄な戦争をしないようになったし、小さないざこざはあるけれど、大きな大陸の中には小さな国や大きな国がいくつもできて、世界は平和だ。


 ……それは、全体的に見て。という話だけど。


 “ボク”は、始めて魔法を使った人が生まれたと言われる、この大陸で一番大きく、魔法を崇め奉り、始祖カルマを唯一神として崇拝する、魔法至上主義の、『魔法の国マシー』に生まれた。

 その国の貴族……魔法のエリートを数多く排出し、その家名を持つものは皆、何かの伝説をもっているとまで言われる程の魔法一家、イリス公爵家に生まれた。

 ……この家に生まれた時から、“ボク”の世界は平和じゃなかった。



 “ボク”は、欠落者(ルルア・フィトス)だ。



 魔力が欠け落ちた者という意味を表す言葉。

 ……そう、“ボク”には、皆が生まれつきもっているはずの魔力も、魔力を作るための器官も、存在していなかった。

 “ボク”は、この家の唯一の汚点として、望まれない生を授かった。


 ……いや、1人だけ。

 その1人を除いた全員から、望まれていない生を受けた。

 嫌だった。


 霞のように揺らぐ記憶の中で、嫌な視線にさらされる“ボク”を見つめる。

 その目と声が、“ボク”を殺せと訴えてくる。

 “ボク”が生きるのを望んだ唯一の人が、“ボク”に優しく接してくれるから、“ボク”は更にこの世界が嫌いになった。


 ……でも、“ボク”の小さな世界が壊れることを望んだわけじゃ、ないんだ。


 ***


 僕は、ふと、僕の意識が浮かび上がってくるのを感じた。

 それと同時に、“ボク”が眠りについたのも。


 目の前にあるのは、棺桶の中に横たわった、もう目を覚まさない御祖母様。

 ぼぅっとしたままの僕の左手を繋いでいるのは、僕のお世話係として、ろくに面倒を見てくれたことのない、気怠げな態度のステラという名前のメイドさん。

 周りの大人たちは、泣いたり見つめたり、色々な感情を表していた。


 その光景を目に入れた僕は、記憶の片隅に沢山の知識があるのに気がついた。

 こんなの、今までなかったはずなのに、その知識たちは、僕にきちんと馴染んでいた。


 その記憶によると僕という心は、まだ幼い“ボク”を守るために、“ボク”の心を複製した御祖母様が知識を埋め込み、大人の状態まで成熟させたものらしい。

 自分の死期が近づいているのを悟った御祖母様は、自分が死んだと同時に僕を目覚めさせ、“ボク”を眠らせる魔法をかけた。

 これがさっきの、僕が浮かび上がる感覚と“ボク”が眠りにつく感覚につながるのだろう。


 唯一の味方は、元当主だった御祖母様だけで、御祖母様がいなくなった今、僕への態度は悪化するだろうし、庇ってくれる人もいなくなった。

 御祖母様はそれを見越して、“ボク”を守るための防護壁として僕を作り出したのだろう。

 我らながら、ここまで酷い生活は送らないだろうという扱いを受けてきた“ボク”の、盾となる人がいなくなった今、僕を残してくれて本当によかった。


 ……僕が“ボク”を守るのは、“ボク”がきちんと世の中を学び、大人になるまで。

 それまで、“ボク”が死なないように、僕が心も体も守ってあげなくちゃいけない。

 ……自分の体なのに、ここまでしなきゃいけないなんて、周りの差別といい何もできない弱さといい、ほんと、大変だなぁ……。


 そんなことをぼんやり思いながら、いつの間にか火がつけられた棺桶を見つめる。

 炎が立ち上り、その明りに照らされた人々の顔が、一瞬、こっちをちらりとあざ笑うかのように僕を見たのが、目に付いた。

 御祖母様がいなくなったから、僕を事故と称して殺そうとでも企んでいるのかもしれない。


 御祖母様の遺言の内容も、記憶の中に残っていたけど、きちんと書かれているのは“欠落者()をきちんと育てる”という言葉だけ。

 そこに、殺すなという言葉も死なすなという言葉も含まれていない。


 異端者は、始末するべき。


 皆と違って魔力を持たず、その上、魔力至上主義を掲げている国の魔力のエリートの家に産まれてしまった僕は、死ぬべきなんだろう。

 でも、死にたくない。

 死ぬべきだと分かっていても、やっぱり、死にたくない。


 御祖母様が、せっかく僕と“ボク”が生きるための最低限の場所を整えてくれたんだ。

 頑張るしか、ない。

 ……どうなるかなんて、僕にはわからないけど。


 後ろを振り向くと、大きな窓一面に、灰色の雲が覆っていて、そこから雫が落ちて、地面に円を何十にも作り出す。

 その雫はだんだんと途切れていき、そして、雲間から光芒がさした。



 その日が、御祖母様の亡くなった日で、僕の目覚めた日で、“ボク”の眠った日で、そして―――。


―――僕等の、世界の始まりだった。



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