2.小さな洋館《厄介払い》
「今日から、ここがお前の生活する場所だ。ここから先には、許可した時以外は侵入してはいけない」
本当にあの優しい御祖母様の子供なのかと疑いたくなるほどに無表情な、僕の父親……アシュレイ・エヴァン・イリスは、僕にそう告げた。
目の前にあるのは、今まで僕が住んでいた本邸から離れた、この屋敷の敷地内の隅に存在する、ここ数年、誰も訪れていないだろうと簡単にわかる程に廃れた、小さな洋館だった。
蔦がそこらかしこに巻き付き、周りの草花は整えられていないせいか、とても見苦しい景観になっている。
……まぁ、都合がいいだろうから、近々ここに送られるだろうとは思っていたけれど、まさか、御祖母様のお葬式の次の日だとは思わなかったよ。
それだけ、早く僕を厄介払いしたいのかもしれない。
そう考えながら、御父様の目を見つめ返した。
「わかりました」
僕がそう素直に言うと、御父様は片眉を何故かピクリと動かしたが、その後何の変化もなく、隣にいたステラさんに洋館の鍵を渡してから、本邸へと帰っていった。
僕はその背中が建物の影に消えるまで見つめてから、すでに開けられていた洋館の中に入っていった。
洋館の中は、使用人が時々来て掃除していたからか、埃こそ落ちてはいないものの、長年人が住んでいないため、どこか浮世離れした雰囲気を感じた。
軋む床へと足を踏み出すと、本邸よりも小さいといえども、不思議な重い空気に気圧される。
その空気に引きずり込まれるかのように、僕は足を進めていく。
右側と左側にそれぞれ扉が二つ有り、目の前には階段。
階段の奥には扉があり、階段を上がったところには真ん中と左右合わせて三つ扉がある。
一階にある左右の扉は基本的にキッチンがあるから、そっちはステラさんに任せて、僕は階段の奥にある他よりも大きな扉の方へと近づいた。
他と同じ色をしながらも、他よりも少し豪華な彫刻が削られたその大きな両開きの扉は、何故か他と違い、埃が隙間に積もっていた。
ドアノブについた埃を手で払ってから、僕はゆっくりと扉を奥へ押した。
途端に僕は、景色に飲み込まれた。
壁一面に、色とりどりの本の背表紙が見える。
一階と二階が吹き抜けになっていて、二階にも本ばかりがある。
まるで、本の海に落ちたみたいだった。
でも、扉が掃除されてなかったみたいに、ここに立ち入った人間もいないからか、ほとんどの本棚や本が埃をかぶっていて、背表紙に書かれている題名が読めなかった。
一歩踏み出すごとに舞う埃を見て、これは掃除しなきゃ、部屋にいることすらできないな……なんて思いながら、袖で口元を覆いながら奥へと進んでいく。
沢山あるカーテンを開き、閉め切ったままの窓を次々と開けていく。
海の月特有の熱気が急に僕の方へと襲ってきて、僕は思わず顔をしかめながら光がささないところまで下がった。
それと同時に、爽やかとは言えない生ぬるい風が、部屋の中に流れ込んでくる。
換気の為に窓を開け放ったままにしておき、あたりを見回す。
すると、本と本棚だらけのこの場所に、一脚だけ、ぽつんと椅子が置かれていた。
その椅子には、少し細長い、何の装飾もない白色の箱が一つだけ、そこに置かれていた。
他よりも少ない埃の量に、誰かこの部屋に入ったことがあるのだろうかと思いながら、白色の箱を手に取る。
埃を軽く手で払って、その手についた埃を払ってから、僕は白い箱の蓋をゆっくりととっていく。
するとそこには、緑色の線が入った手作りの青いマフラーが、綺麗に畳まれて入っていた。
箱についていた埃が他よりも少なかったことから見て、ごく最近とは言わなくとも、この沢山の本達よりは最近に置かれたことがわかるマフラーを手に取り、しばし迷ってから、僕はマフラーを首にまいた。
今の季節には少し暑いけど、埃が口に入らないようになったから、咳き込むことがなくなったから、ここを掃除することに集中できるようになった。
大丈夫……僕はただ、掃除中借りるだけだから……持ち主がきたら返すから……盗んだわけじゃないから……!!
自分を正当化するためにそんなことを考えながら、開かれた扉の前にいつの間にか置かれていた箒と雑巾とはたきと水の入った入れ物を部屋の中へ入れる。
この、メイドとして必要最低限の仕事はするけど、従う気はありませんって態度が、なんとも彼女らしい。
はたきを手に持った僕は、埃を落とすために本棚に近寄る。
パタパタパタ。 パタパタパタ。
…………。
背が小さくて届かないんですけど。
そうだった!僕の意識は御祖母様に成長させられた、成人済みの意識だけど、体は3歳児だったんだ!やらかした……。
落ち込みながら、とりあえず手の届く範囲だけをパタパタとはたきで埃を落としていると、扉からノックの音が聞こえた。
「失礼致しま……っ!」
ノックはしたけど返事は待たないで入ってきたステラさんは、何故か僕の方を見て固まった。
いや、正確には……僕の、首に巻いてあるマフラー……?
「……これが、どうかした?」
「……いいえ。なんでもございません」
そういった彼女は、もういつもの彼女に戻っていた。
僕は首をかしげながら、彼女に近づき、はたきを手渡した。
彼女はそれを受け取ると、僕の背中をそっと押し、部屋から出してから扉を閉めた。
……なんか追い出されちゃったんだけど、やっぱり邪魔だったのかな……。
でも確かに、子供が足元をうろちょろしてたら、掃除の邪魔だよなぁ……と思いながら、二階の方へと階段をゆっくり登ると、とりあえず右の方にある扉を開けた。
そこは、あからさまに物置だった。
ちょっと嫌な予感が頭の片隅をよぎったけど、それを振り払って、僕は扉を閉めた。
そして、左の方にある扉を開けて……閉めた。
いや……だって、こっちも物置だったんだけど。
両方物置だったら、僕は一体どこで寝ればいいの……?
下はリビングルームとかキッチンルームとかだし……というか、ベッドルームがどこにもないって、どういうことなの?
けれど、どこにも行けない僕は、窓を開けて、近くにあった真っ白なシーツをバサバサと振ってから、明らかに手抜き掃除しかしてないであろう床に座り、シーツにくるまった。
ゆっくりと、眠気が頭の隅から這い寄ってくる。
僕は、それに身を任せるようにして、目を閉じた。
おやすみなさい。
これを伝える相手は、いないけど。




