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第74話「等差数列」

翌日。


隆起した箇所の不自然な魔力の流れを不審に思ったジルは、仲間たちを宿に残し、一人で昨日のあの場所へと向かった。

昼間の陽光の下で見ても、剥き出しになった岩盤と古びた扉があるだけで、周囲に変わった様子はない。


「……一見、何も無いな」


ジルは呟き、右手を虚空にかざした。


「スキル『数学者』、データ表示」


視界に青白いグリッドが展開される。

昨日までは、ただの空間座標と微弱な残留魔力の数値が表示されるだけだったはずだ。

だが、今日は違った。

空間の一点に、虚空に浮かぶようにして、無機質な白い文字が明滅していたのだ。


『29日 16時間 34分』


極め付けに、その右端の秒数が「59、58、57……」と、規則正しくカウントダウンを刻んでいる。


(……過去のデータが要るな)


ジルはすぐさま踵を返し、央都の中枢塔へと向かった。




「なるほど、カウントダウンですか」


執務室で報告を受けたノアは、軍帽の鍔を指で弾きながら頷いた。

彼女は引き出しを探り、分厚い羊皮紙の束をジルの前にドンと置いた。


「そういえばそうでした。ずっと見て欲しかったんです、これ。過去6回分の、この国で観測された局地的な地震の発生時刻の記録です」


分野や思想は違えど、未知の事象に挑む同じ研究者。

ノアは物分かりがよく、話が早い。


ジルはすぐさま記録に目を通した。


(……ん?)


ジルはあることに気づき、ノートとペンを取り出した。

過去の地震の時刻が、ランダムな自然現象にしては「ある程度整えられすぎている」。

つまり、何者かが、自身の意思で発生させているということだ。


(8年と3ヶ月少し前の初回。これ以降の発生時刻を、分単位に揃えて書き出してみると……)


チク、タク。

執務室の壁掛け時計の秒針の音が、静かな空間にひっそりと響く。

ジルのペンが走る音だけが、それに重なっていた。



ノートに書き連ねた数列の表は、見開き1ページにもなり、びっしりと数字で埋め尽くされていた。

各回の発生間隔、閏年の補正、魔力周期のズレの計算。


(変だ)


ジルはペンを止め、導き出された結論に目を細めた。

4回目は3回目発生から788880分、それから5回目は657400分。

そして、6回目は525920分後。


「……等差数列」


閏日を含め、一分に至るまで。

発生間隔の「差」が、ある一定の規則に従って正確に減少している。


(本当に……? いや、計算上なら確かに合致する……)



「ノア」

「……ジル君? 何か分かりましたか?」


ノアが身を乗り出す。

ジルはノートを閉じ、静かに告げた。


「大地震は、あと3回起こる。うち1回は一ヶ月後……俺が見たカウントダウンと一致する。次はそれから半年後。最後は、そのさらに3ヶ月後だ」

「……そうですか」



ノアは取り乱すことなく、ふぅと息を吐いた。


「あと4週間はあるんですね?」

「そういう計算になるが」

「でしたら、召喚技術開発の補助をしていただきたいのです。君の『計算』の力が必要不可欠なんですよ」

「……ああ。構わないが」


ジルが頷くと、ノアは少し困ったように笑った。


「ですが、途中で一度拠点を移すことになりそうです」

「一ヶ月後の大地震のせいか」

「ええ。もちろん、住民は第三の都市・寅裡(インリー)に避難させます。あそこなら耐震設備が充分整っていますから、被害は最小限に抑えられます。央都の機能は一時停止ですね」

「それで、俺たちはどこへ行くんだ?」

「グロリア王国へ、と考えています。あちらの研究員との技術的な対話も必要ですし」



ノアの言葉に、ジルはふと過去の記憶を思い出し、口の端を少しだけ上げた。


「……喋るの、好きだもんな」

「……!」


以前の議論会の休憩時間で、ノアが人と喋るのが好きだ、と言っていたことを思い出したのだ。

ノアは一瞬キョトンとした後、沸騰したかのように顔を真っ赤に染めた。


「お、覚えていてくださったんですか!?」

「……偶然だ」


ジルが視線を逸らすと、ノアは咄嗟に両手で顔を覆った。

指の隙間から見える彼女の視線がどこに向いているのかは分からないが、軍帽の下で耳まで赤くなっているのがわかった。




数時間後——。



宿に戻ったジルは、仲間たちを一部屋に集めて事の顛末を説明した。


「……というわけだ。一ヶ月間はここでノアの手伝いをして、その後はグロリアへ移動する」

「へえ。僕らは開発部じゃないし、大地震が来るまでは、この宿でしばらく生活するよ。央都の観光もしてみたいしね」


ポラリスがベッドに寝転がりながら気楽に言う。

カノンは隣に座るスズナの肩を抱いて、楽しそうに笑った。


「スズナが見たらびっくりしちゃうかも。グロリアに行ったら、温かいお湯が出るシャワーとか、映像が映るテレビとかあるんだよ!」

「……? しゃわー?」


文明の利器を知らないスズナが、淡金色の瞳を瞬かせて小首を傾げる。

その様子を見て、アークが優しく微笑んだ。


「そうですね。あの時は、デミトアさんも色々な機械を見て随分と驚いていましたし。スズナさんもきっと楽しめますよ」


迫り来る大地震のカウントダウン。

しかし、宿の一室には、そんな不穏な気配を感じさせない、穏やかな時間が流れていた。

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