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第73話「魔導の最先端」【第四章開幕】

 大華飾(ダーファーシゥ)魔導国。その中心に位置する央都・婀未(アーメイ)。


 大地震が発生した、という通信を聞いたケイから報告を聞くという奇妙な状況の後、即座に転移してきたジルたちだったが、目の前に広がっていたのは、崩壊とは無縁の光景だった。


 そこは、ただの「街」だった。

 強いて言えば、未来国家と称されたグロリア王国を彷彿とさせる、高度な機械仕掛けの都市であるくらいだ。

 しかし、整然としたグロリアと比べると、こちらはより妖しい雰囲気を醸し出している。


「……被害どころか、平和そのものだな」


 ジルは呆れたように周囲を見渡した。

 摩天楼のようにそびえ立つ建物は、どれも黒をベースとした重厚な造り。

 そして、街の至る所を走るパイプやケーブル、看板からは、発色のいい赤紫色の魔力光がネオンのように放たれている。


 このサイバーパンクと魔法が融合したような独特の景観は、やはりこの国の統治者の意向なのか、それとも国民の尊敬を色で表しているのだろうか。

 ここまでの都市機能ともなると、あのグロリアが技術協定を持ち込んだのもうなずける。


「だまされたってこと?」

「みたいですね……」


 カノンが頬を膨らませ、アークが苦笑する。

 ジルたちはため息をつきながら、この国の統治者がいるという、央都の中枢塔へと向かった。



「遠路はるばる、ようこそ。ジル」


 執務室の豪奢な扉を開けるなり、優しく、穏やかな声が一行を出迎えた。

 発色のいい赤紫の長髪を後ろで緩く束ね、その頭に黒い軍帽をちょこんと乗せた女性。


 彼女こそが、大華飾魔導国の統治者にして、帝級魔導士の称号を持つノア・P・メルキアである。

 彼女から放たれる魔力の波長は、アークでさえも肌がピリつくほど濃厚だった。

 純粋な魔力量だけで言えば、間違いなくアークを上回っている。


「……大地震とは、どういう事だ」


 ジルが低い声で問い詰めると、ノアは悪びれもせず「ははっ」と笑った。


「いやいや、すみません。君たちに地質調査の催促をしたくて。ケイ君にちょっとウソをついたのです。まんまと引っかかってくれて助かりました」


 カラカラと笑うノアを前に、ジルはこめかみを押さえた。

 スズナはあからさまに不機嫌そうな顔で、ポラリスの背中に隠れるように立ち、また、ポラリスはやれやれと肩をすくめている。


「で、その地質調査とやらが俺たちを呼んだ本当の理由か」

「その通り。実は……」


 ノアの依頼は、過去の局地的な地震の影響で、街の外れに原因不明の「隆起」が起こった箇所があり、そ こを調査してほしいというものだった。

 魔導国の調査隊が何度か派遣されたが、強力な魔力場に阻まれて中に入れなかったらしい。


 仕方なくお使いを引き受けたジルたちは、指定された隆起地帯へと足を運んだ。

 元はと言えば、議論会でその旨の依頼を受けていたので仕方ないというわけではないのだが。


 そこでジルが『数学者』スキルで空間の魔力座標を解析し、アークとスズナが物理的な障壁を解除。

 すると、隆起した岩盤の奥から、不自然な魔力の痕跡と共に、古代の遺跡のような「ラボ」の入り口が発見されたのだ。


「何だこれ」

「あちゃー。前に言ったことあったでしょ? 魔導国の人たちは、こういう古代のラボに興奮するような変わり者の文系が多いって」

「なるほどな」



 その報告を受けた時のノアの喜びようは、尋常ではなかった。


 軍帽を放り投げ、子供のように目を輝かせてジルたちの手を握って感謝する姿は、威厳のある統治者というより、未知を渇望する一人の狂気的な研究者のそれだった。

 これぞ、魔導士のトップたる所以なのだろう。




 その夜。


 央都・婀未が静まり返る中。

 それでも街を彩る赤紫の光は、彼女の髪の色と共鳴するかのように、妖しく輝き続けていた。


 ノアは一人、昼間に発見された古代のラボの入り口に立っていた。

 結界を解き、埃っぽい内部から持ち出してきた数枚の古い書類。

 それは、古代の何者かが遺した「レポート」だった。


 ひどく古びており、ところどころ破かれているか、意図的に黒く塗り潰されていて、大部分は解読不能だった。

 だが、ノアの卓越した魔力眼は、その中から唯一、判別可能な箇所を読み解いていた。


「”……魔法は、王が、創り………た”」


 静寂の夜に、ノアの呟きが溶ける。


 魔法は、自然発生したものではない?

 誰かが——「王」が創り出したものだというのか。


 さらに視線を下に落とす。


「”理想を追求した王は、誰の手にも負えないだろう。私も、その意思に呑まれる”」


 ノアの指先が、無意識に震え始めた。

 帝級魔導士である彼女でさえ、その記述から伝わってくる古の絶望と狂気に、本能的な恐怖を覚えたのだ。


「”もう手遅れだ。我々は”」


 そこに有ったのは、触れてはならない、古の時代の禁忌。魔法の真理、その深淵。

 ノアはゴクリと一つ、大きく喉を鳴らした。

 そして、黒く塗り潰された文字の隙間に残る、最後の一文を読み上げた。


「”間違えた”」


 赤紫の光に照らされたノアの顔に、恐怖と、それを上回る魔導士としての強烈な好奇心が浮かび上がっていた。

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