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第72話「催し」

「チッ」



ガタゴトと揺れる護送の馬車の中、フル・オレイズは盛大に舌打ちをした挙句、手枷を鳴らしながら壁を蹴り飛ばした。

酷い悪態だ。

向かいに座る憲兵がビクッと肩を震わせるが、フルは気にも留めない。



(あれが当たってりゃ、アイツをブチ殺せたってのに……)



脳裏に焼き付いているのは、全てをすり抜けていったあの理不尽な光景だ。

最早、ここまで来ると一途である。

自分の思想が根本から打ち砕かれたというのに、彼はまだ敗北を「運」や「タイミング」のせいにしようとしていた。

彼は厳重に拘束され、このまま重罪人専用の牢へと送られようとしている。


ふと、フルは鉄格子の嵌まった小さな窓から、外の青空に目を向けた。

雲一つない、抜けるような青空。

だが何故か、彼はその空の「奥行き」を考えようとはしなかった。


ただの青い天井。

それ以上でも以下でもない。

世界の構造を知ることを、彼は最後まで拒絶したのだ。


「……良い天気じゃねえか。クソが」


ただ一言そう吐き捨てて、フルは目を閉じた。



こうして、フルを含め、貿易都市イェクアールベッツィアに巣食っていたマフィアの残党は、ジルら5人の連携によって一掃されたのだった。


「ぼーけんしゃさん、ありがとうございました!」



第1区。


ケイの所有する高層ビル前の広間にて、可愛らしい声が響き渡った。

グロリア団地に居住している、市民初期教育園に在学中の園児たちからのお礼の会である。

儀式のようなものではあるが、無垢な子供たちから手作りのメダルや花飾りを首にかけられ、ジルたち一行も満更ではない様子だった。


その中から、一人の男の子が一歩前に出た。


「ぼく、大きくなったらすごい魔法使いになってやるんだ! まおうぐんだってたおす!」


えっへん、と胸を張る男の子。

その言葉を聞いて、ジルははっとしたように空気を吸い込み、やがて冗談混じりに笑った。


「……良い夢だな」


魔法使い、という言葉に、後列でニコニコしていたアークが反応した。


「ならいつか、私を超えてくださいね」


アークは一歩進み出ると、短い詠唱の後に、空に向かって杖を振り上げた。

ポンッ、と小気味良い音を立てて、青や緑、白や橙など、色鮮やかな炎の玉が打ち上がる。

それらは空中で花火のように弾け、熱を伴わない光の粉となって広場に降り注いだ。


「おー!」

「きれいー!」


園児たちから歓声が上がる。


「期待していますよ、未来の魔法使いさん」


アークが優しく微笑むと、子供たちは目を輝かせて大きく頷いた。



同時刻。

ビルの最上階、ケイの執務室。



ツー。ツー。ツー。ツー。

机の上の通信魔道具が、無機質なコール音を鳴らしている。


「はいはい、只今」


書類仕事から顔を上げ、ケイは受話器を取った。


「おや……魔導国からですか」


通信先を示すランプの色を見て、ケイは腰掛けたままで誰にともなく頭を下げた。


『そちらに、例の数学者がいらっしゃいますね?』

「ノアさん。お久しぶりです。ええ、今1階の広場で催し物に参加していまして……」


穏やかに会話を交わしていたケイの表情が、次の瞬間、ピタリと固まった。


「えっ……大地震が!? それも、たった今ですか」


——数分後。


「ええ、ではそういう事で。はい。彼らには伝えておきます」


受話器を置き、ケイは眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。


(……成程。時は金、というわけですか)


広場での催しが終わり、園児たちを見送ったジルたちの元へ、足早にケイがやってきた。



「ジルさん」

「ん……ケイ。どうした、随分と慌ただしいな」

「只今、魔導国の方から通信が来まして。至急、本国に合流するようにと……」


ケイの言葉に、場の空気がスッと引き締まる。


「あ、そうだ。ケイ! これ返すね」


カノンが思い出したようにポケットをごそごそと探り、第13区のアジト襲撃の際に借りたインカム型の通信魔道具を取り出した。


「……いえ。それはお持ちになってください」


ケイはにっこりと、しかしどこか黒い笑みを浮かべてそれを押し留めた。


「ツケておきますので、いずれ現金で使用料と滞納利息をお願いします。ちゃんと書類も作成しておきますからね」

「えっ、返そうとしたのに!? レンタルDVDみたいなノリやめてよ!」

「……狡い」


スズナがボソッと呟いた。


いつも無口な亜人少女からの直球すぎる非難に、流石のケイも一瞬目を見開いたが、すぐに商人の仮面を被り直した。


「ふふ、何とでも。……では、行ってください。気をつけて」

「ああ」

「またねー、ボサボサ頭!」


カノンが大きく手を振る。

ジルは前を向き、いつものように冷静な声で告げた。


「スキル『数学者』、座標表示……確定」


ジルの周囲に転移のための光のグリッドが展開される。

一行は円陣を組むように集まり、スズナは仕方なくといった様子でジルの袖口をギュッと掴んだ。

相変わらずの怪訝そうな、警戒心を解ききっていないその表情に、ジルはふっとわずかな笑みをこぼした。


「行くぞ……大華飾へ」


光が弾け、彼らの姿がイェクアールベッツィアの広場から消失する。

目指すは、魔法の最先端にして、次なる波乱の地——大華飾(ダーファーシゥ)魔導国。


数学者の新たな証明が、幕を開けようとしていた。



——第三章 完

これにて第三章完結です!

ここまで読了してくださった皆様、本当にありがとうございました。


次なる舞台は大華飾魔導国。ジルの「数学者」としての真価が問われる、激動の第四章が幕を開けます。



もしよろしければ、下の評価欄から星やブックマークで応援いただけませんか?


皆様の応援(≒ガソリン)をいただけると、四章をさらに爆速で書き進めることができます……!



今後とも、本作をよろしくお願いします!

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