第113話「提案」
ヒツキが放った黄金の弾丸は、フィグの白いモヤの身体をいとも容易くすり抜け、背後の黒い石壁に空しく穴を穿った。
物理的な実体がない相手への攻撃の難しさに、ヒツキが軽く舌打ちをする。
「あーあ。君、面白そーだから、あんまし殺し合いとか気が乗らないなー」
フィグは弾丸を透過させたまま、楽しげに空中でゆらゆらと揺れた。
「こっちは微塵も。共感性皆無だな」
「どう? 君、この世界に嫌がらせしてみない?」
「……嫌がらせ?」
突拍子もない提案に、ヒツキは銃を構えたまま眉をひそめた。
「そそ。例えば、そーだね——手始めに、この大陸をまるごと消し飛ばしてみる?」
「はあ!?」
「そんなに驚く事じゃないよー」
フィグの軽い口調に反して、語られる内容はあまりにもスケールが狂っていた。
「今から七千年くらい前だったっけ。たった一人の魔導士によって、この世界のありとあらゆる島やら国、大陸、文明すら……全てが海の底に沈められたんだ。だから、大陸を一つ消すくらい、そうおかしい事じゃない。ほら、壊すのは作るより簡単だからさ」
「お前は何を言って……」
ヒツキが困惑した瞬間、フィグの顔にあたる部分のモヤが、瞬きする間もなくヒツキの鼻先まで急接近した。
「だからさ。たった一つとはいえ、泥を集めて大陸を『修復』しただけのイデアなんかが、神様として崇められるなんておかしな状況になったんだ。そんな狂った世界に、少しばかり嫌がらせしたってバチは当たらないと思わない? 僕のいた『セントテフララ』って国は、そいつによって美しく破壊されたんだからさ」
フィグの言葉には、どこか古い怨念のようなものが混じっていた。
「……ん? ちょっと待てよ」
ヒツキは思考を整理する。
「世界を壊した魔導士がいるのは分かった。じゃあ、なんで復興を目指したイデア? って女神が悪いって事になるんだよ。どう考えても女神の方が善玉だろ」
フィグは、人差し指であろう細いモヤの先端を「チッチッチ」と言いたげに右へ左へと振った。
「これ以上は、君が『協力する』と言ってくれないと言いたくないなー。ネタバレは有料ってやつ」
「あっそ。じゃあ、もう興味無いんで」
ヒツキは全く未練のない様子で、バッサリと話を切り捨てた。
世界がどう成り立ったかなど、彼にはどうでもいい。ただ、夏音をこんな世界に巻き込み、脅かしている元凶をぶっ飛ばせればそれでいいのだ。
「はーあ。やっぱり? 話の通じないお年頃だねぇ」
フィグが大げさに肩をすくめるような動作をした。
ヒツキは両手の銃を一度消滅させ、深く息を吐き出す。
「スキル『銃司』——ガンナーズコス」
ヒツキの全身が黄金の光に包まれた。
光が晴れると、彼が着ていた学生服のような服装は一変していた。両手には漆黒の革手袋、頭にはつばの広い帽子、そして使い込まれた風合いのロングコート。その腰のホルスターには、二丁の大型リボルバーが収まっている。
その格好は、まさに西部劇から飛び出してきたカウボーイそのものだった。
「これで、お前のモヤごと撃ち抜いてやる」
ヒツキが帽子を深く被り直し、鋭い眼光でフィグを睨みつける。
しかし、フィグはそのヒツキの変身した姿——正確には、その『能力の性質』を見て、微かにモヤを震わせた。
「……なーんだ」
先ほどまでの軽い声から、ふと感情が抜け落ちたような、冷たい声。
「君も、『持ってる』んだねー。それも2枚なんて、烏滸がましいにも程があるよ」




