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第8話 「連行」

「いやー、とんでもないことになってきたな……」


ギルドからの帰り道、エドは何度も同じ言葉を繰り返しながら頭を掻いていた。


「ゲーツに四天王、か。俺もイシュヴァールで調べてみることにするよ。ジル先生も、あんま無茶すんなよ!」

「ああ、お前もな」


大通りでエドは合流予定の馬車を待つ。

先に歩いて帰ろうとするジルを、ふと、エドが「なあ」と引き留めた。

その声には、軽さとは違う響きがあった。


「どうした?」

「……いや、すまねえ。やっぱ何でもねえわ!」


何かを言いかけて、エドは誤魔化すように笑った。

きっと、もっと個人的な忠告か、あるいは彼の家に関する何かを聞こうとしたのかもしれない。

ジルは特に追求せず、ただ頷いた。


「そうか。気を付けて帰れよ。もう暗くなるからな」

「ガキじゃあるまいし……まぁ、またな!」


ひらひらと手を振るエドに背を向け、ジルもまた、軽く右手を振って応えた。



すっかり日の暮れた道を歩き、見慣れた宿の前にたどり着いた時、そこに一人の少女が佇んでいるのに気づいた。

ランプの明かりの下、壁に寄りかかってぼんやりと石畳を見つめている。

歳は十七くらいだろうか。

夕暮れの光を吸い込んだような鮮やかな褐色の肌に、燃えるような赤髪がよく映えていた。

半袖の白いシャツに短めの黒スカートは、いかにも活発そうな雰囲気を漂わせている。

どこか目を引く少女だった。

ジルが彼女の横を通り過ぎ、宿の扉に手をかけようとした時、その少女がぱっと顔を上げた。


「あ、本当に来た! おかえりジル!」

「……誰だ?」

「え? 私だよ、カノン!」


(あの黒騎士? いや、まさかな)


思考が追いつかないジルをよそに、少女——カノンは、にぱっと屈託なく笑った。

その笑顔に、確かにあの巨大な鎧の騎士の好い面影が重なる。

どうやら彼女は、あの巨大な姿と人間の姿とを使い分けられるらしい。

誰かさんに似て便利なものだ、とジルは一人、心の中で納得した。


部屋の扉を開けると、今度は鞄の中から小さな竜巻のようにスライムが飛び出してきた。

初めて遭遇した時のように、みるみるうちに形を変え、骨や神経がブブッと膨らんでいく。

あっという間に、人型のアークがそこに立っていた。

そして、腰に手を当ててカノンをビシッと指さす。


「ちょっとカノン! いったいどこをほっつき歩いてたんですか!? 私がどれだけ心配したと……!」

「あれー? アークじゃん! 久しぶり!」

「久しぶり、じゃないです! ゲーツの定報会もサボって……全くもう、あなたという人は! 大体ね……」


ぷんすかと怒るアークに対し、カノンは終始とぼけたように「そうだったっけ」「忘れててさ」「ごめんごめん」と額に汗を垂らしている。

そして時折、助けを求めるようにちらちらとジルに視線を送っていた。

その様子は、まるでしっかり者の姉に叱られる、出来の悪い妹のようだった。

ジルはそんな二人を横目に、「騒がしくなりそうだ」と小さく呟いた。



その日の夕食は、三人で食卓を囲んだ。

人間サイズになったカノンも、アークも、ジルが運んできたシチューを「おいしい!」と頬張っている。

とても魔王軍幹部とは思えないほど、平和で、穏やかな時間が流れていた。


——それが、轟音と共に破壊されるまでは。


バガンッ!!


部屋の扉が、外から蹴破られる。

ジルがまだ手をつけていない料理にも、扉の破片が突き刺さる。

木っ端微塵になった扉の向こうから、一糸乱れぬ動きで兵士たちがなだれ込んできた。

彼らが身につけているのは、ジルにとって、うんざりするほど見覚えのある、アードストール王国の紋章だった。


「なっ……!?」


アークとカノンが臨戦態勢に入ろうとするより早く、兵士たちはジルのテーブルを包囲する。

抜かれた剣の切っ先が、冷たくジルに向けられた。

隊長らしき男が、感情のない声で告げた。


「ジル=アードストールだな」

「……今更、何の用だ」

「オルドリク=アードストール国王陛下の命である。ただちに御身を拘束し、王城へ連行する」


理由も告げられない一方的な通告。

アークの周囲に黄緑色の魔力が敵意と共に揺らめき、カノンの瞳から人の好い光が消える。

二人が飛び出す、まさにその寸前。

ジルが静かに手を挙げてそれを制した。


「騒ぐな。二人とも」

「ですが、先生!」

「大丈夫だ。必ず戻る。ここで騒ぎを起こせば、余計に面倒になるだけだ」


ジルの落ち着いた声に、二人はギリ、と歯を食いしばって魔力を霧散させる。

ジルは静かに立ち上がると、兵士たちに向き直った。


「分かった。行こう」



ガタガタと揺れる、窓のない馬車の中。

一人になったジルは、壁に寄りかかりながら、やれやれと呟いた。


「……あの親父、まーたロクでもねぇこと思いついたんだろうな」

(逃げてみるか? いや…四方向を20人ずつ、密集して囲んでやがる。仮にここで暴れても、おそらく逃げられないだろう)


彼は外の気配を探り、冷静に状況を分析する。


(それより、あいつらが宿で騒ぎを起こしてないといいが……)


ジルは一旦思考を止め、壁に頭を預けて仮眠を取ることにした。


その頃、馬車の外では、馬を駆る兵士たちがひそやかに言葉を交わしていた。


「なぁ、ジル様のお相手、フェルウェードの第三皇女だとよ」

「陛下も粋なことをするもんだ。お似合い、ってやつか」

「でも、もしジル様がまた昔みたいに……あんな事になったら……」

「やめとけ。これは陛下の御意志だ。俺たちが心配することじゃねぇ」


兵士たちの言葉は闇に溶け、ジルの未来に不穏な影を落としていた。

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