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第12話「皇女と野犬」 part1 -初対面-

 案内された広間で待っていたのは、一人の少女だった。


 窓から差し込む月光が、その美しい銀髪をきらきらと照らしている。

 こちらに向けられた瞳は、深い森を思わせる緑色。

 ドレスの着こなしも立ち居振る舞いも、寸分の隙もない、完璧な深窓の令嬢。

 少女は優雅にスカートの裾を持ち上げ、完璧な礼をした。


「お初にお目にかかります。わたくしが、デミトア・メ=フェルウェードですわ」


 第三皇女、デミトア。

 その名を聞き、彼女の姿を視界に捉えた瞬間、ジルの目が、すっと細められた。


 言葉遣いは完璧で、態度は洗練されている。

 だが、どこかおかしい。


 感情というものが綺麗に抜け落ちて、まるで精巧な人形が話しているかのような、奇妙な温度の低さがあった。


(……こいつ、文系じゃないな。だがそれ以上に変な奴だ)


 ジルは直感的にそう判断した。

 人を値踏みするような視線でも、好奇の目に晒す視線でもない。

 デミトアの瞳にあるのは、未知の生物を観察する研究者のような、純粋な探求の色だった。

 昔の自分を見ているようで、どうにも居心地が悪い。


「それで、皇女様が何の御用で? 俺はこれから罪人として裁かれる身のはずだが」

「あなたは、罪人などではないでしょう。まずは、これから一週間、わたくしとここで生活していただきます」


 デミトアは、まるで今日の献立を告げるかのように、あっさりとそう言った。


「……は?」

「衣食住は保証いたします。もちろん、あなたの身の安全も」

「囚人にしては妙に手厚いな。何か裏があるんだろう」


 ジルの皮肉にも、デミトアは表情一つ変えない。


「裏、というよりは目的、でしょうか。あなたには、このビーグルの民と交流してほしいのです」

「俺はあんたの国に睨まれてる罪人だぞ? そんな奴を祭りにでも混ぜる気か?」


 デミトアはただ、静かに首を横に振った。


「祭り、ではありません。ただ、あなたという存在を、この地に"観測"させたいのです。あなたがどう動き、民がどう反応するのか。そのデータを収集することが、わたくしの目的ですので」


 "観測"、"データ収集"。

 その単語の選び方に、ジルは自分の直感が正しかったことを確信する。

 こいつは間違いなく、自分と同じ側の人間だ。

 ジルは会話を打ち切り、ふと窓の外に目を向けた。


 屋敷は小高い丘の上にあり、眼下にはビーグルの街の明かりが広がっている。

 それは、故郷アードストールとは全く違う、温かく、どこか異国情緒あふれる光の海だった。


「……外国ってのは、案外綺麗なもんだな」


 それは、本当にふと漏れた、偽りのない独り言だった。

 その小さな呟きを聞き逃さなかったデミトアの緑色の瞳が、初めてキラリと輝きを放った。


「初めてなのですか、外国は!」


 それまでの人形のような静けさはどこへやら、彼女は一気に距離を詰めてきた。


「ああ。俺以外の兄弟は皆あるが、俺だけは国外に出たことがなかった」

「左様ですか……」

「いや、すまない。いいんだ。数学だけを……数学と生徒だけを見てきたからな」


 照れたように右耳の裏を掻くと、ジルはデミトアを見つめた。

 考え事をしながら、短剣のような髪をくりくりと指で絡めては解いている。


「つまり、教員をしていたのですか?」

「もう辞めたがな」


 再び、髪を触り始めるデミトア。

 次に口を開いたとき、ジルはやらかした、と後悔に苛まれる。


「アードストールではどのような教育を? 数学を専門にされていると伺いましたが、なぜ数学を? あなたの場合は、この世界をどのような数で捉えているのですか? 大変興味があります!」


 一歩も引く気配のない、理系特有の食いつき方。

 そして早口。

 まるで、珍しい数式を見つけた数学者のような純粋な好奇心の塊だった。

 質問の嵐に晒されながら、ジルは心の底からぼやいた。


「……めんどくせぇな、この皇女」


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