ご褒美
「ファイヤーストーム!」
アリアの攻撃魔法がスライムを焼く。
だが、あと一歩のところで始末に失敗。
「ファイヤーボール!」
それをフォローするかのように、のぞみがトドメを刺す。
敵の排除を確認。彼女たちは戦闘に勝利した。
魔力を出力できるようになってから幾日、
2人の後輩はめざましい成長を遂げている。
どちらも腕力に頼った戦い方を望んでない以上、
主なダメージソースは攻撃魔法ということになる。
なので、ここしばらくは魔法訓練に力を注いでいる。
アリアは攻撃魔法以外にも強化、弱体、拘束など幅広い適性を持ち、
今後は行動の選択肢を増やす方針で進めていく。
のぞみは攻撃魔法以外の適性を持っておらず、方針がわかりやすい。
火力の強化と消費MPの軽減。それを実現するための集中力。
なんだか少しチグハグな感じがする。
どちらかと言うと器用さの高いのぞみが幅広い適性で、
不器用なアリアが攻撃特化の方がしっくり来るのだが、
こればかりは持って生まれた性質なのだから仕方ない。
午後8時半。
2人の魔法デビューを祝して、一緒に食事を取ることになった。
両手に大きめの袋を下げたアリアが俺の部屋に入ってくる。
「ただいま戻って参りました〜!
いやあ、本当に気前のいい店員さんでしたよ〜!
あのおっかない先輩、あそこでバイトしてたんですねえ
アキラ先輩の紹介だと言ったら色々とおまけしてくれました!」
「うむ、ああ見えてサービス精神旺盛な奴なんだ
あの店が気に入ったのなら、これからも通ってやるといい」
「是非そうします!
それじゃあ早速食べましょうか
のぞみー、ご飯炊けてるー?」
「うん、今よそるね」
俺は味噌汁を掬い、冷蔵庫から漬物を出して配膳する。
鮎の焼き加減もちょうどいい。新鮮なサラダも準備してある。
「「「 いただきます 」」」
俺たちは手を合わせた。
「しかし、このメニューでよかったのか?
なんかもっとこう、ケーキとかで祝うものかと……」
「んー、べつに全然構いませんよ?
私はケーキなんかより断然肉派ですから」
「わたしは甘い物が苦手なんで」
「ほう、それならどんな味付けが好みなんだ?」
「まあ……強いて言えば塩辛いのが好きですかね」
「よし……!」
「先輩、おめでとうございます!」
「また好みが被った……」
「そういえば先生から『魔法を使う時は詠唱しろ』
って言われてるんですけど、あれって意味あるんですか?
詠唱が終わった頃には既に撃ち終わってるんですが……
呪文を唱えた方が威力が上がったりするんですかね?」
「いや、そういう効果は無い
自分がなんの魔法を使用したのかを周知するのが目的なんだ
攻撃魔法は視覚的にわかりやすいが、
それ以外の魔法は説明しないと把握しづらいからな
円滑なパーティープレイを遂行するための工夫だと思ってくれ」
「あ〜、なるほど
普段からその癖をつけておくことで、
初対面のメンバーとも連携しやすくなるんですね?」
「理解が早くて助かる
アリアは結構頭の回転が早いみたいだな
そういう人材はリーダーに向いてるんだ」
「えへへ〜、褒められちゃいました〜♪
ちょっと頭撫でてもらってもいいですか?」
「よしよし」
「……」
「アキラ先輩は魔法の才能が無いと知っていながら入学したんですよね?
どうしてそこまでして冒険者になりたかったのか、
その理由をお聞かせ願いませんか?」
「ああ、俺の地元には危険なダンジョンがあってな
それを潰したいというのが冒険者を目指した動機だ
あそこには守りたい人々がいる
大した理由じゃないが、それが全てだ」
「……」
「そういえば先輩って、女子より小さかった時期があるんですよね?
どれくらい小っちゃかったんですか?
写真とかあるなら見せてもらいたいな〜」
「いや、あまり話したくはないんだが……
…………
……12歳当時で140cmしかなかった
平均が150cmだとすると相当低い数値だ……
中学の3年間で50cm以上伸びたが、
急激な成長に伴う身体的苦痛によく苦しめられたな……」
「……」
「アキラ先輩は女子小学生に劣情を抱いたことがありますか?」
「えっ……?
いや、それは絶対に無い!!
そういう質問は傷付くからやめてくれ……」
「そうですか……」
「先輩って本当に誰ともつき合ったこと無いんですか?
にわかには信じられませんね〜」
「自分で言うのもなんだが、俺は日本人離れした体格だろ?
村の連中はともかく、都会の人間からは怖がられてきたんだ……
そんな俺と普通に接してくれる友人たちには感謝している
もちろん君たちにもだ……」
「えっへへ〜♪
私は先輩のこと怖いだなんて思ってませんよ」
「ああ、それはすごく嬉しい」
「……」
「アキラ先輩はどうやってそこまで強くなれたんですか?
何か秘訣があるのなら教えてください」
「秘訣、か……
“人に恵まれていた” ……それに尽きるな
俺は小さな頃から過酷な訓練ばかりして何度も死にかけたが、
そんな俺の無茶を優しく見守ってくれる人たちがいたんだ
だからこそ俺は今でも五体満足で生きていられる
その人たちへの感謝を忘れた日は一度も無い」
「なるほど……」
「先輩、この後シャワー借りてもいいですか?
自分の部屋に着いたらそのまま寝ちゃいそうなんで」
「ん……
石鹸とかスポンジとか、俺の物しか無いぞ?
それでもいいのなら構わないが……」
「じゃあ遠慮無く使わせてもらいますね♪
のぞみはどうするー?」
「はあ!?
なんでわたしに振る!?」
「いや、だって許可が必要かなと思って……」
「べつに許可とかいらないし……
あんたの好きにすればいいじゃん」
「あ、どうせなら3人でお風呂しましょっか?」
「3人で!?」
「さすがにそれはまずいんじゃないか?」
「いや〜、時短になるかなと思いまして
それに水道料金の節約にもなるんじゃないですか?
まあ、学園負担なんで私たちには関係ありませんが」
「ふむ、水道料金の節約か……」
「なに考え込んでるんですか!? ダメですよ!!」
「あ、じゃあ……
まず先に先輩とのぞみが2人で入って、
その後に私が入るというのはどうでしょう?」
「良い案だと思う」
「どこが!?」
「それなら先輩と私が先に入るというのは?」
「それでもいいな」
「絶対にダメ!!」
「では、私とのぞみが一緒に入ります」
「素晴らしい」
「何が!?」
「──杉田先輩っていますよね?
アキラ先輩はあの人とくっつけばいいんじゃないですか?
わたしよりも背は高いけど、それでも充分小さい人ですし」
「いや、俺は彼女をそういう目で見たことは無い
去年のユキは今よりもずっと細くて、
生命の危機を感じさせるほどだったんだ
それで食生活を改善させようと色々口出ししていたんだが……
どうやら俺はいつのまにか嫌われてしまったようだ」
「えっ、嫌われてる……?」
「ああ、もう何ヶ月もまともに会話していない
こちらから話しかけようとしても、テレポートで逃げられるんだ……」
「なんなのあの人……」
「あ、そういえば私へのご褒美がまだでしたよね
色々と候補はあるんですが、どれにしようか悩んじゃって……」
と、アリアが冊子を広げる。
それは冒険者用の装備品カタログだった。
「とりあえず最有力候補はこれかな〜
のぞみがこれ着たら、絶対に可愛いと思いません?」
アリアが指差したのはフリルがたくさん付いた黒い衣装で、
頭には猫耳のヘアバンド、スカートには猫尻尾の装飾、
そして手足も猫をモチーフに統一された装備一式だ。
銘は“肉球天国(にゃんこ)”。
れっきとしたドレス装備で、防具としての性能は高いようだ。
耳と尻尾は着用者の魔力に反応して自由自在に動かせるらしい。
「よし、買おう」
「やった♪」
「いや、ちょっと待ってください!!
わたしはそんな恥ずかしいの着ませんよ!?
アリアへのご褒美なんですよね!?
勝手にわたしを巻き込まないでください!!」
「え〜、絶対似合うから着てほしいんだけどな〜……」
「アリアはどれを着たいんだ?」
「え、おかわりしてもいいんですか!?
それならこの“肉球天国(わんこ)”でお願いします!
のぞみとツーショット撮ったら、きっとすごく映えますよ!」
「よし、決まりだな」
「だから、わたしを巻き込むなっ!!」
「ところで気になっていることがあるんだが……
俺以外にものぞみを狙う男は必ずいるはずだよな?
そういう奴には今のうちに釘を刺しておきたい」
「本人の前で言うことですかね……」
「あ、それなら大丈夫ですよ
先輩の獲物を横取りしようなんて愚か者はいませんから
……まあ、強いて言えば私が一番のライバルでしょうね
同性の強みを活かして、隙あらばセクハラし放題ですし」
「くっ……!
君がライバルとは分が悪い……」
「ふふふ、まあご心配なさらず
私の目的はあくまで先輩とのぞみをくっつけることでして、
彼女を奪い取るつもりは更々ございませんので……
これからも2人でのぞみを共有していきましょう」
「2人でのぞみを共有か……
ああ、これからもよろしく頼む……!」
「本人の前で言うことですかね……」
「──さて、そろそろお開きにするか
今日はとても楽しかった
俺は2人と出会えて本当によかったと思っている
もしよければ、これからもこうやって一緒に食事する機会を設けたい」
「私は毎日でも構いませんよ?」
「毎日この量は多すぎかなと……」
「では量を減らそうか
普段はこの半分以下で満たされているしな」
「へえ、先輩って意外と少食なんですね」
「燃費が良い……」
「俺の場合、ある程度空腹な状態でいた方が調子が良いんだ
それが獲物を狩る際の原動力にも繋がるし、
身軽な動きを難なくこなすことができる」
「ハングリー精神ってやつなんですかねえ
……ところで、今日はもう先輩の部屋に泊めてくれませんか?
お腹一杯で動きたくないし、女子寮まで戻るのかったるくて……」
「ベッドは1つしか無いぞ」
「だったら一緒に寝ましょうよ
ここに監視カメラはありませんし、
そこまで警戒する必要は無いと思いますよ?」
「カメラは無い……ふむ……」
「だから、なに考え込んでるんですか!!
そういうのは絶対にダメですからね!!
ほら、アリア!! もう行くよ!!」
「え〜、これからがいいところなのにぃ〜
……ま、それじゃ帰るとしますかね
先輩、今日はごちそうさまでした
おやすみなさ〜い」
「ああ、おやすみ」
2人が部屋を出ていく。
本心では引き止めたかったが、それをやったらアウトだろう。
ここはおとなしく見送るのが正解だと思う。
それにしても本当に楽しかった。
男3人での食事もよかったが、それとはまた違う雰囲気があった。
正直、こちらの方が良い。
あいつらには悪いが、男同士の友情よりも優先したいものがある。
思えばヒロシとグリムは俺の知らないゲームの話で盛り上がってばかりで、
どことなく疎外感を覚えていたのは否めない。
だが、彼女たちは俺に関心を示してくれていた。
質問攻めにされるのは少々いただけないが、
それを差し引いても有意義な時間であったと感じる。
なんというか……報われた気分だ。
これは、今まで頑張ってきた自分へのご褒美だと思うことにしよう。