2月中旬
第十五試合 決勝戦
高音凛々子&森川早苗 vs 杉田雪&小中大
「では……試合開始!!」
ユキの姿が消える。
彼女の代名詞、瞬間移動だ。
同時に早苗も動いた。
その場で左足を軸に右へ半回転し、右足を蹴り上げたのだ。
ゴッッッ!!!
試合開始からわずか1秒、早苗の踵がユキの脇腹を捉え、
30kgにも満たないその華奢な体が宙を舞ってリングに沈んだ。
「中断!! 試合中断!!
ドクターを早く!!」
ユキは横たわったまま、ピクリとも動かない。
これは最悪の事故が起きてしまったのではないか。
観客も、審判も、そしてリリコとヒロシも青褪めた。
その中でただ1人、早苗だけが王者の風格を身に纏い、
惨めな敗北者の姿を悠然と見下ろすのであった。
早苗の読みは当たった。
ユキは必ず背後に回ってきて挑発の言葉を投げかけるだろう、と。
ユキは学園の地下にある医務室へと搬送された。
そこはかつて右腕を骨折したヒロシも運び込まれた場所であり、
今回のように深刻なダメージを負った生徒を治療する場であった。
手術室やMRIなどが備わっており、小さな病院といった感じだ。
そこで働いているのは訳ありの者たちばかりであり、
その多くは過去に医師免許を剥奪された闇医者だ。
ちなみに保健室にいる校医はヤブ医者なので信用してはいけない。
「──精密検査の結果、どこにも異常は発見されませんでした
攻撃を受ける際、無防備だったのが幸いしたのだと思います
もし耐えようと踏ん張っていたら、一体どうなっていたか……」
ドクターの言葉に、内藤訓練官は胸を撫で下ろす。
翌日、決勝戦が仕切り直された。
残り時間は中断した時のまま止まっている。
しかし3秒しか経過していないので、最初から始めるようなものだ。
だが、これは試合のやり直しというわけではない。
あくまでも中断した勝負を再開するだけだ。
高音凛々子&森川早苗 vs 小中大
なんとも絶望的な対戦カードである。
観客たちは諦め切っていた。
もう勝負は決まったようなものだ、と。
いくらヒロシが謎の技術を持っているからといって、
それでもあの2人を同時に相手にするのは無理がある。
……が、ヒロシにはまだ幸運という武器があった。
「厳正なる審議の結果、森川選手は失格といたします!!」
会場中がどよめく。
「えっ、なんで?」「そりゃ、あれだろ」「そんなまさか」
「ただの後ろ蹴りだったよな?」「ルールは守ってたはず」
「もしかして殺しちゃった?」「やばいじゃん、それ」
様々な感想が囁かれる中、当の本人は無言で退場していった。
早苗の失格を決定したのは内藤訓練官だった。
だが、お気に入りの生徒を傷付けられたことに対する腹いせではなく、
むしろその逆であり、彼は早苗に感謝の念すら抱いていた。
早苗は靴にスポンジを仕込んでいたのだ。
最悪の事故を防ぐために、彼女なりに配慮していたのである。
『許可の下りていない物を会場に持ち込んではならない』。
早苗が抵触したルールはそれだ。
彼女はそれを理解した上で実行していた。
装備品の改造が許されるわけがないのは重々承知だ。
しかし、彼女には試合の結果よりも大事なものがあった。
『負けた方がアキラから身を引く』。
そういう条件の勝負だったのだ。
ユキに勝てればそれでいい。
命まで奪う必要は無い。
そして早苗は勝利した。
高音凛々子 vs 小中大
会場には2人の選手が残った。
本来なら2対2の形で行われるはずのトーナメントの決勝戦にて、
試合開始から3秒でこんな構図になってしまった。
これではただの個人戦だ。
前代未聞である。
「くっそ〜……
早苗無しでオメーとやんなきゃなんねえのかよ」
「こっちだってユキちゃん無しだぜ?
お互いに条件は五分五分だろ?」
力のリリコと技のヒロシ。
ある意味、最終戦にふさわしい対戦カードなのかもしれない。
「高音さん頑張れー!」
「ヒロシ君もねー!」
「一撃必殺だー!」
「跳べヒロシー!」
観客も期待してくれているようだ。
「では……試合再開!!」
「ファイヤーボール!!」
とうとう始まった最後の戦い。先手はリリコ。
そして放つは彼女の代名詞、ファイヤーボール。
彼女は炎属性の攻撃魔法にのみ高い適性を持ち、
まさにファイヤーボールの申し子といったところか。
ボウゥゥッ!!
「バリアー!!」
ヒロシはその炎の塊を真正面から受け止める。
胸の前で両手を交差させてバリアを発動。
これにより、ヒロシはライフを一切減らすことなく凌ぎ切った。
が、ここでひとつ誤算。
「んがあぁぁぁっっ!!!」
ヒロシの謎技術であるバリアは魔法ダメージを無効化できるが、
痛みを消すことはできないのだ。当然、熱さもそのままだ。
ヒロシはかつてないほどの地獄を味わっていた。
一瞬で全身が蒸発するかのような、強烈な感覚を。
溶岩を、いや、小さな太陽をぶつけられたかのような苦しみを。
「ずおりゃあああああ!!」
ぼーっとしているところにリリコのラリアットが炸裂。
顔面に直撃を受けてしまったヒロシはゴロンと床に倒れ込み、
そのまま後方に一回転してから意識を取り戻した。
ポイントもライフも失ってないが、
この最初の攻防はリリコの勝ちだろう。
「俺のデータによると、
高音はあと2回ファイヤーボールを放てるぞ」
「俺の分析では、
今後、小中はバリア以外の方法で捌くだろう」
第一試合で敗退した田辺渡辺はヒロシに同情しつつも、
リリコの単勝に10万円を注ぎ込んでいた。
「おりゃあ!!」
ヒロシは反撃開始と言わんばかりに青白い静電気を放った。
彼は氷属性の攻撃魔法しか使えないと診断されており、
本来なら雷属性を扱えるはずがない。
だがまあ、『ヒロシだから』という理由でみんな納得している。
ちなみに再検査の結果も同じであった。
「くっ……!」
バチンと音が鳴り、リリコのライフが1減少する。
ファーストアタックを決めたのはヒロシだ。
(……よし、その調子だ!)
和泉はヒロシの防御能力を高く評価しており、
杉田小中ペアの勝利に3万円を賭けていた。
「ファイヤーボール!!」
ここで2発目の豪火球が発射される。
地獄の苦しみを経験したヒロシはバリアで防ぐのではなく、
今度はローリングで回避することに決めた。
そしてヒロシは横に跳び、地獄を味わわずに済んだのだ。
だがここで予想外の出来事が起こる。
「ファイヤーボール!
ファイヤーボール!
ファイヤーボール!」
なんと、リリコは最大3発しか撃てないはずのそれを、
上限を超えて連発してきたのだ。
これにはヒロシだけでなく、観客たちも目を見張った。
「おやおや、これはこれは……
高音さんも隅に置けないねえ」
「……どういう意味だ、久我?
お前まさか、高音が不正を犯してるとでも言いたいのか?
例えば、ポケットにMP回復アイテムを忍ばせるとかな
誰かさんが小中との試合でやったように……」
「おっと、なんのことかな?
僕がそんな汚い真似をするわけがないじゃないか」
「……と言えば、嘘になるな」
久我は高音森川ペアに5万円、本郷はヒロシの単勝に1万円。
「ファイヤーボール!」
何度目かの回避でヒロシは気づいた。
この火球は1発目とはまるで質が違う。
見た目こそ似ているが、密度が詰まっていない。
外見をそれっぽく寄せただけの偽物だ。
それならば怖くない。
ヒロシは次の火球を避けたら反撃しようと決めた。
が。
「ピョンピョン跳ねやがって……
ウサギを狩るのは得意なんだよ……っ!!」
今度は本気のファイヤーボールが飛んできたのだ。
リリコが見せかけの火球を放っていたのは作戦ではなく、
逃げ回る相手に1発だけでも当てようと必死になっていただけだった。
密度の低い火球ならばMPの消耗を抑えられる。
この時、リリコは少し学習した。
ボウゥゥッ!!
「あぎいぃぃぃっ!!!」
ヒロシは咄嗟にローリングを行おうとするも
中途半端な体勢だったためか完全成功とはいかず、脚に当たってしまった。
この一撃で97ものライフを削られて一気にピンチに陥ったのだ。
「よーっし、よしよし!
あと一息でいけるよぉ!」
「ぅわ、ヒロシ熱そ〜……」
「失敗したとはいえ、ローリングしてなかったら即死だったな」
並木は手堅く高音森川ペアに3万円、ましろはユキの単勝に10万円、
センリは早苗の単勝に10万円という状況であった。
「キュア!!」
ヒロシは苦し紛れに回復魔法を使った。
だが、ライフは1しか回復しない。
彼のカス魔力では、それしか効果を出せないのだ。
回復魔法に適性の無いヒロシがさらりと使ってしまったが、
それに関してとやかく言う者はもう誰もいなかった。
ヒロシだからしょうがない。これに尽きる。
キュアに続き、ヒロシがまた珍妙な新魔法を披露する。
彼の左手の甲に炎の魔力が集まり、何かの形を描いてゆく。
それは少し複雑な形ではあるが武器や道具ではない。
なんというか、もっと温かみのある形……生き物のようであった。
「いっけえええええ!!」
ヒロシは、その何かよくわからないものを左手から解き放ったのだ。
火の鳥。
それは「ピィィー」と鳴きながら空へと飛び立った。
一部の男子たちは思い出した。
夏休みに入ってすぐ、アキラに手紙を届けにきた鷹の存在を。
あの火の鳥はタカコさんをモチーフにした攻撃魔法なのだろう。
……が。
火の鳥は空中を旋回するだけで、対戦相手を攻撃する気配は全く無い。
あれはなんのために放った魔法なのだろう、と観客たちは困惑する。
「ちょっ……ちゃんと攻撃して!?」
そしてヒロシも困惑していた。
当の本人ですらこの有様なのだから、他人に理解できるわけがない。
(よくわかんねーけど、チャンスだな!
これで終わりにさせてもらうぜ……!!)
リリコの右手に炎の魔力が集まる。
……が。
どんなに集中してもBB弾サイズの火球しか作り出せない。
リリコのMPは、ごくわずかしか残っていなかったのだ。
先程のスカスカファイヤーボールの連発が響いてしまったのだ。
だが、それでも対戦相手を屠るには充分だろう。
なにせ、ヒロシの残りライフは1桁なのだから。
リリコは電光掲示板に目をやった。
ヒロシの残りライフ…………15!
「はあぁぁっ!?」
思わず声が出た。
さっき確かに97ダメージを与えて、残り3。
そこからキュアで1回復して、残り4。
単純な算数。足し算と引き算。
いくら学業成績の悪いリリコでもそれくらいは計算可能。
だのに、数字が合わない。
ヒロシは今、“HP自動回復”の状態にあった。
先程の『ヒロシ版キュア』の効果によるものだが、
当の本人はまだその強力な恩恵を把握していない。
「んだらあああああ!!!」
もう何がなんだかわからないが、リリコは最後の火球を全力投球した。
「うおおおおおっ!!!」
だがヒロシは防御行動を取らずに、まっすぐ突き進んだ。
ボッ!
最後のファイヤーボールがヒロシに直撃!
そして、残りライフ……1!
あんな小さな火球でもこの威力!
さすがはファイヤーボールの申し子!
「うりゃあああ!!」
そしてヒロシは左右のダガーを素早く振り、
防御に失敗したリリコは合計6ポイントを失った。
だが、それだけではない。
『ピイィィィーーー!』
なんと、火の鳥が追撃を行なったのだ。
それも2回。ヒロシの攻撃回数と同じだ。
(あれ、これってもしかして……)
そう、ヒロシの読みは当たっていた。
「うりゃうりゃうりゃうりゃーーー!!」
4連撃。
そして火の鳥による追撃も4回。
火の鳥は、本体の攻撃に合わせて追撃を行う補助魔法だったのだ。
ヒロシのカス魔力では1ダメージしか与えられないものの、
これは今後、何かの役に立ちそうだという期待感が得られる。
リリコの持ち点は残り2。
あと1発でもダガーの攻撃が当たれば負ける。
さっきまでは相手をギリギリまで追い詰めていたのに、
この攻防で彼女は追い詰められる側に回ってしまった。
が、まだ諦めてはいなかった。
「……フンッ!!」
なんと、リリコは思い切りYシャツを左右に引っ張り、
全てのボタンを外して上半身を曝け出したのだ。
リリコは、この土壇場で色仕掛けを試みたのである。
「オラアァァァッ!!」
ドゴッ!!
ガラ空きだったヒロシの顔面に飛び膝蹴りが突き刺さる。
リリコの剣技では、ヒロシからポイントを奪うことはできない。
もうMPが残っていないので、ライフを削り切ることもできない。
だが、まだ直接攻撃によるノックアウトを狙うことはできる。
早苗の陰に隠れてしまっていたが、リリコは元々喧嘩が強いのだ。
その腕っ節の強さで数多のチンピラを血の海に沈めてきたのである。
「死ねえええ!!」
ゴガッ!!
そしてマウント状態からの振り下ろしがヒロシを襲う。
ヒロシは無防備な横っ面に強烈な一撃を貰い、目が覚めた。
彼のすぐ目の前には大好物の巨乳があるが、今は我慢だ。
せっかく勝利まであと一歩の所まで来ているのに、
『色仕掛けに引っかかって負けました』なんて恥ずかしすぎる。
「うりゃあぁぁぁっ!!」
ヒロシは思い切り体を折り畳み、
その反動で両膝をリリコの背中にぶつけた。
ドガッ!!
「おんがぁ!?」
驚いたリリコは前方に倒れ込み、
その大きな胸がヒロシの顔面を包み込む。
(我慢……我慢だ…………っ!!!)
ヒロシは急いで横に転がり、相手のマウントから逃れることができた。
手元にはダガー1本。
もう1本は転倒時に手離してしまった。
だが、この1本があれば充分だ。
ヒロシは相手との距離を保ったまま、ダガーを振りかぶった。
(これが最後の一撃だ!!)
ヒロシの手から最後の1本が発射される。
パシッ!
リリコはスカートを全開にして、飛んできたダガーを太腿で防いだ。
『制服に当たらなければ得点にはならない』。
彼女は女子制服の強みを活かし、生脚で防御したのだ。
たとえパンツが丸見えになろうとも構わない。これも勝つためだ。
「オラァ!!」
そして相手が下半身をガン見していた隙を有効に利用し、
ダガーを奪い取って観客席へと放り投げた。
次にヒロシが取る行動は、『もう1本のダガーを拾いに行く』だ。
「行かせねえよっ!!」
リリコはすかさずヒロシの背後から首にしがみついた。
チョークスリーパー。
リアネイキッドチョーク。
裸絞。
お好きな呼び方でどうぞ。
「おりゃあ!!」
巨乳女子から抱きつかれて嬉しいものの、今は真剣勝負の最中だ。
ヒロシは例の静電気でリリコを怯ませようと試みた。
バチン!
「「 あんぎゃあ!? 」」
しかし、自分も感電してしまったのだ。
この魔法は相手と密着した状態で使ってはならない。
ヒロシは学んだ。
結局、拘束から逃れることはできなかった。
気管を圧迫されたヒロシは呼吸が苦しくなり、もがくしかない。
その様子を審判が注意深く見守っている。
自分は今、ノックアウト寸前の状態にある。
ここでヒロシは最後の賭けに出た。
ヒロシの左手に魔力の粒子が集まり、
それはある道具の形になってゆく。
(うおおおおおっ!!)
ヒロシは逆手に持ったその道具を、
背中に密着しているリリコの脇腹に突き刺した。
パシッ!
「……そこまで!! ……試合終了ッ!!!」
合図と共に審判が割り込んで両選手を強引に引き剥がす。
ヒロシはゴホゴホと咳込み、リリコは眉をしかめて困惑している。
電光掲示板を見ると、ヒロシの残りライフは33。持ち点は20。
そして、リリコの残りライフは90。持ち点は0。
「ポイントアウト……ッ!!!
勝者は小中大……ッ!!!」
「えっ……ええっ!?」
リリコは納得できない。
ヒロシは最後までダガーを拾えなかったはず。
それはまだ床に転がったままだ。
ポイントを削り切っての勝利などあり得ない。
「お、おいヒロシ!!
お前、最後に何しやがったんだ!?」
さすがに理解不能。
こればかりは『ヒロシだからしょうがない』では済まされない。
「俺は、“競技用ダガーを実体化”したんだ
試したことないから自信無かったけど……
やっぱり、なんでもやってみるもんだな」
空いた口が塞がらない。
審判に目を向けると、彼も困惑した様子であった。
ヒロシだからしょうがない。そう割り切るしかない。
──ともあれ今年の対人戦の全試合が終了し、閉会式が行われた。
壇上にはトーナメントに参加した選手が誇らしげに整列している。
とはいえ、途中で退学してしまった者もいるので全員ではない。
「では最後に、優勝チームの杉田小中ペアから一言お願いします」
「え……」
「何も考えてないんだけど……」
壇上で固まる2人。
とりあえず「応援ありがとう」とかでいいのかなと話し合う。
「おい、ヒロシぃ!
『みんなに焼肉奢ります』とかでいいんだよぉ!
賞金貰ってウッハウハなんだろぉ!?」
「やめろマサシ!
後輩に集って、お前は恥ずかしくないのか!?」
先輩コンビのやり取りにより笑い声が発生し、
そのおかげで少し緊張が和らぐ。
「……じゃあ、そうしましょう!!
俺、みんなに焼肉奢ります!!」
優勝賞金は100万円。2人で分けて50万円。大金だ。
そんな大金を手にしたヒロシは気が大きくなっていた。
ただでさえ優勝の喜びで浮かれていたのだ。
後日、この軽はずみな発言によってヒロシは40万円を失う羽目になる。
基本情報
氏名:森川 早苗 (もりかわ さなえ)
性別:女
サイズ:AA
年齢:16歳 (11月20日生まれ)
身長:150cm
体重:45kg
血液型:A型
アルカナ:隠者
属性:氷
武器:氷の槍 (槍)
防具:ヴァンガード (盾)
防具:サンドリヨン (衣装)
アクセサリー:ゴールドトロフィー
能力評価 (7段階)
P:5
S:6
T:7
F:2
C:5
登録魔法
・アイスストーム
・フリーズ
・バインド
・ヴェクサシオン
・ディーツァウバーフレーテ