10月中旬
「モブの数も減ってきたわね……」
花園訓練官がぼやく。
入学時点では100人だった1年生の数は、今や50人となっていた。
たしかに減りはしたが、生徒をモブ扱いするのはどうかと思う。
「いや〜、毎年見慣れてる光景とはいえ、
やっぱりこの時期には色々と思っちゃうのよねぇ」
ちなみに内訳は1組から順に10人、12人、13人、15人だ。
元の数は10人、20人、30人、40人。
1組の数に変動は無い。
つまり、玉置沙織はまだ1組の教室に残っている。
彼女は個人戦の3戦ノルマを達成できずに退学するものと思われていたが、
どうやら最終日の直前に1戦をこなして滑り込みセーフをしたらしい。
玉置が危険人物だという事実は学年中に知れ渡っていたはずなのに、
どういうわけか試合を引き受けた馬鹿者がいたということだ。
それが彼──野村だ。
「あはは!
タマちゃんが紹介してくれる動画はいつも面白いよ!」
「だよねだよね!
ノム君なら絶対わかってくれると思ってたんだ〜!」
彼らは訓練中にも関わらず堂々と見学ゾーンに入り浸り、
手を繋ぎながらスマホで動画を鑑賞して過ごしている。
「あの2人……やってるな」
「ああ、間違いなく……」
「トラップに引っ掛かりやがって……」
彼らは今、バカップルとして一躍有名になっていた。
ただし、この2人だけではない。
最近は教室や廊下などの敢えて目立つ場所でいちゃつく男女の姿が増え、
ダンジョンでの活動をデート代わりにする生徒も多くなった。
彼らは皆、色恋沙汰に現を抜かしていたのだ。
それはさておき、本日の夕食は豪勢だった。
松茸。
例の農家の人が収穫してきてくれた食材だ。
合計100本。
採りすぎなんだよ。
1人で食い切れるわけがない。
……もしかして、それが狙いか?
まあ、なんだっていい。
とりあえず俺は友人たちと分け合おうとしたが、
これだけの量なら全校生徒の分を賄えると思い直し、
急遽、大規模な食事会が開かれる運びとなったのだ。
少し肌寒くなった校庭にて、学園関係者たちがワイワイと談笑している。
料理が出来上がるのをただ待っているだけの者だけでなく、
一部の者は率先的にテーブルを整えたり、食器を運んだりしていた。
彼らは皆、秋の味覚が待ち遠しかったのだ。
食欲の秋……ああ、そんな言葉もあったな。
食のスペシャリストといえば、やはり食堂長。
当然ではあるが、彼は俺が作ろうとしていた素人料理よりも
遥か上の次元の炊き込みご飯を提供してくれた。
筍をはじめとした色とりどりの山菜を散りばめ、
見た目からして既に美味しいと確信に至る。
それだけではなく土瓶蒸しやお吸い物も絶品であり、
更には秋刀魚の塩焼き、栗やさつまいもなども振る舞われ、
その場に居合わせた全員が大満足する結果になったのである。
「……でも、いいのかい?
松茸を持ってきたのが君だと発表すればヒーローになれるよ?」
「いえ、それは恩着せがましいというか……
なんだかカッコ悪い気がします」
「カッコ悪いか……
ははっ、たしかにそうかもね
年頃の男の子にとっちゃ大事だ」
食堂長が理解者でよかった。
翌日、谷口が「なんで誘ってくれなかったの!?」と喚いていたが、
チャイムを鳴らしても居留守を決め込んだ奴なんぞ知らん。
一応はあいつも誘ったんだ。不本意ながら……。
後日、俺は指導室に呼び出された。
なんでも例の食事会に関する相談だそうだ。
「先日の大盛況っぷりを知った上の連中が、“秋の食事会”を
新たな学園行事に取り入れるのも悪くないと考えてるそうだ
この時期は次々とカップルが成立して油断の多い季節だからな
魔物の行動は一番ぬるいにも関わらず、最も事故率が高い
そこで、だ……
恋愛ごっこで頭一杯の奴らの胃袋を満たしてやり、
少しでも事故率を減らそうという作戦らしい」
食欲、性欲、睡眠欲……いわゆる三大欲求。
食と性には強い関係性があるとされており、
空腹時の男性は性欲が高まるという説もある。
それを満腹にしてやれば欲求が抑えられるというのは、
理論的には正しいのかもしれないが……。
だからといって恒例行事にしようというのは飛躍している気がする。
それが事故対策になるのなら、昔から存在していてもおかしくない。
「まあ正直、上の連中も松茸食いたかったんだろうなあ……」
そういうオチか。
「で、本題だ
食事会を学園行事にするかどうかは未定だが、
とりあえずお前が懇意にしてる農家の方を紹介してもらいたい
こないだ小中たちにラーメン奢った時に聞いたんだが、
いつもお前1人では処理できない量の食料を提供してくれるそうだな?
そういう良心的な人間とはコネを作っておきたい
もし学園と契約を結べれば先方の懐も潤うし、悪い話じゃないはずだ」
「……通信が不便な地域に住んでいますので、
今すぐに確認を取ることはできません
返事をするのは来週でもよろしいですか?」
「ああ、それで構わない
よろしく頼むぞ」
指導室を後にした俺は、その足で図書室へと向かった。
知識の再確認……復習をするためだ。
戸を引くと、絨毯スペースで寝っ転がりながら読書中の男子が
こちらに気づいて声を掛けてきた。
先生からラーメンを奢ってもらったヒロシだ。
「おっ、もしかしてお前も“読書の秋”か?
俺は純文学ってやつに挑戦しようかなと思ってたんだけどさ、
つい懐かしい漫画の表紙に目が行っちゃってさあ」
ここで彼を見かけたのはこれが初めてだ。
まあ、漫画だって本には違いない。
これを機に図書室に通うようになれば、
いつかは純文学にも手を出すかもしれない。
「俺は調べ物だ
熊の冬眠について少し気になることがあってな……」
「そりゃまた学術的なテーマだな
さすがは全教科満点の達成者ってとこか」
「いや、勉強のためというより
少し気になることがあってな……
まあそれも勉強か……とにかく調べてくる」
俺はラーメンを奢ってもらったヒロシと別れた。
冬眠とは、野生動物が餌を確保するのが難しい冬場を生き抜くため、
無駄な体力を消耗しないようにやり過ごす生命維持活動である。
熊の場合は12〜4月頃までが一般的な冬眠期間とされており、
実に1年の約半分の期間を眠って過ごしている。
秋に充分な栄養を摂れなかった熊は冬眠に失敗し、
冬場でも餌を求めて動き回るようになり、
時には人を襲う危険な存在……“穴持たず”と化す。
バルログは熊の姿を模した魔物……。
生物のように食事や睡眠を必要とはしないが、
もしある程度その生態も模しているのだとしたら仮説が立つ。
あのバルログは“穴持たずを模した魔物”だったのではないか、と。
魔物図鑑……二度と手にしないと決めていたが、
他にそれらしい資料が無いので一応目を通してみる。
……やっぱりだめだこれ。
『バルログ。羽のある熊。』……やる気無さすぎだろ。
「司書さん
まともな文献をご存知ありませんか?
インターネットで検索しても、これしか出てこなくて……」
「ああ、それね
監修の日本冒険者協会が利益を独占するために、
他の出版社が図鑑とか作るの禁止してるのよね
ネット上に魔物の情報を載せるのも禁止で、
そういうのを見かけたらすぐ削除できるように、
あいつら1日中パソコンの前に張り付いてるみたいよ?」
なんて暇な連中だ……。
「あ、そうだ
資料室なら過去の生徒たちの戦闘記録があるはず
ちょっと確認してみるね」
なるほど、資料室か。
タワーの4階。生徒会室の隣だ。
「……やっぱりあるみたい
もし行くんだったら生徒会長に許可を取ってね
あそこは生徒会の管轄だから」
「はい、ありがとうございます」
こうして俺は新たなる知識の宝庫……
資料室への出入りが可能になったのだ。
後日、敗者復活戦に関する続報が伝えられた。
「あ〜、今回が初の試みとなる敗者復活戦だが……
当初は複数人によるバトルロイヤル形式で行う予定だったんだが、
参加希望者が次々と辞退して、結局2人しか残らなかった
つまり従来の1対1の戦いってわけだ
せっかく賭けが盛り上がると思ったんだがなぁ」
「え、2人って……
俺は辞退してないですよ!」
そう言ってヒロシが立ち上がる。
今回は椅子を倒していない。
ようやく学習したようだ。
「ああ、だからこれはお前にとって最後の個人戦ってわけだ
開幕戦と閉幕戦の両方に出場するなんて……お前、持ってんな」
ヒロシは少し照れ臭そうだ。
今のは褒め言葉なのか……?
「ちなみにもう1人は3組の本郷拳児だ
中学時代に空手の全国大会で優勝した実力者でな、
そいつが出場すると知った途端、他の参加希望者は辞退したんだ
小中、どうする? 今ならお前も引き返せるぞ?」
「戦います!」
同級生たちから「おおお」と感嘆の声が上がる。
「では敗者復活戦は予定通り開催するぞ
決戦は来週だ それまでに万全の準備を整えておけ」
「はい!」
ヒロシにとって最後の個人戦か……。
きっと特別な思い入れがあるだろう。
これは、ラーメンでも奢って激励してやるべきだろうか。
……いや、違うな。
本郷君はヒロシよりも10cmほど背が高く、筋肉量も多い。
しかも空手の実力者ともなれば力の差は歴然だ。
力と力のぶつかり合いでヒロシが勝てるはずがない。
それに今から格闘技を習わせたところで付け焼き刃にしかならない。
ヒロシに必要なのは作戦だ。
俺は1組の教室へと足を運んだ。
センリは本郷君に勝利した実績があるし、格闘技ファンでもある。
空手家の彼に対抗する術を心得ているはずだ。
「ヒロシが本郷に勝つ方法?
そりゃまあ……距離取って戦うしかねえだろうな
でもあいつのカス魔力じゃ大したダメージにはならねえだろうし、
今から攻撃魔法使えるようになったって勝ち目はねえ」
「やはり近接戦闘にしか活路は無い、と……」
「まあ、そういうこったな
だが本郷の優位は絶対に揺るがねえ
あいつは直接打撃制のフルコンタクト空手で頂点に立った男だ
ちょっとやそっとのダメージじゃ怯まずに立ち向かってくるだろうよ
実際、おれと戦った時も相当な気迫を見せてくれたぜ……
一瞬でも接近を許しちまってたら、おれは負けてたかもしれねえ」
学園最強の魔法使いにそこまで言わせる相手か……本物の強者だ。
「まあ、おれとしてはどっちが勝ってもいいんだけどよ
今回は冒険仲間のよしみとしてヒロシを応援させてもらうぜ
あいつにはとっておきの技を仕込んでやるから安心しろよ」
「とっておきの技……?」
「ああ、この1週間でモノにできるかどうかはヒロシ次第だが、
あいつの直向きさなら、それを習得できる可能性は充分にある」
それがどんな技なのかは想像もつかないが、
格闘技ファンのセンリがそう言うのなら期待感は大きい。
続いて俺は3組の教室にも足を運んだ。
敵情視察が目的というわけではなく、
格闘技経験者である早苗からも意見を求めたかったからだ。
「えっ!?
私、格闘技なんて全然……」
「早苗、もう隠さなくてもいい
3組の生徒は何かしらのスポーツで好成績を残してきた人材だ
お前の体格から推測するに、打撃系の格闘技がルーツなんだろう?
それが何かは言わなくてもいいが、とりあえずアドバイスが欲しい」
実はセンリからの受け売りだが、まあいいだろう。
早苗はしばらく目を泳がせていたが、
やがて観念して重い口を開いてくれた。
「ヒロシ君が勝つには、距離を巧く使えるかどうかに懸かってるよ
だからといって槍を使えばいいってわけじゃなくて、
やっぱり至近距離での攻防は避けられない……
そこで、私に考えがあるんだけど任せてもらえるかな?
もしかしたらあの技が刺さるかもしれないから……」
「あの技……?」
「うん、もし作戦通りに行けば勝率は五分五分になるはず
使いこなせるかどうかはヒロシ君次第だけどね」
センリも同じようなことを言っていた。
格闘技に詳しい者同士、何かが見えているのだろう……。
「ところでアキラ君
格闘技やってる女の子って……どう思う?」
「ん?
特に意識したことは無いが……
まあ、男女問わずスポーツに勤しむことは良いことだと思う」
そう答えると、早苗は頬を紅潮させた。
正体がバレて恥ずかしかったのだろう。
基本情報
氏名:黒岩 透 (くろいわ とおる)
性別:男
年齢:17歳 (7月16日生まれ)
身長:173cm
体重:62kg
血液型:B型
アルカナ:塔
属性:雷
武器:ホーリーアヴェンジャー (片手剣)
防具:ヴァンガード (盾)
防具:エインヘリヤル (重鎧)
能力評価 (7段階)
P:5
S:7
T:6
F:5
C:7
登録魔法
・サンダーボール
・グランドクロス
・マジックシールド
・ヒール