10月上旬
昼休みになり男子寮へ向かっていると、
冒険者装備に身を固めた2年生たちとすれ違った。
彼らはレンタル品ではなく自前の武器と防具を持っており、
やはり上級生なのだと実感させてくれる。
「やけに荷物が多いですね
遠征ですか?」
「いや、そうじゃねえ
これから2年総出で楽しいピクニックだ」
「まあ、ダンジョン内に長期滞在するという内容の訓練だ
プロの現場では何日も篭って定点狩りを行う者も多いと聞く」
「いちいち地上に戻ってこまめに補給するより、
効率のいい狩場に留まった方がまとめて稼げるからね」
「1週間後に戻る予定だ
妹を頼む」
「はあ……性欲盛んな年頃の男4人に美少女1人かあ……
果たしてアタシは清い身のまま戻ってこれるのかしら……」
長期滞在訓練……。
来年は俺たちもやるようだし、覚悟しておこう。
そして本日の俺たちの訓練はというと、
以前に落合先生が口にしていた“水晶パリーン”だそうだ。
特殊な素材で出来た水晶玉の中に魔力を注入し、
その濁りを均一に整えることで魔法効果を安定させる訓練らしい。
「1個3万円するから注意な
まあお前らに弁償しろとは言わないし、俺の金じゃねえけどな
そいつは魔力を込めすぎるとパリーンしちまうんだ
つまり、パリーンする奴は出力の制御が下手くそってことだ」
「なんか思ってたのと違う……」
「3万円か……気をつけなきゃ」
「割らないように……割らないように……」
2学期に入ってから魔法に関する訓練の比率が高くなり、
日によっては走り込みすら行われない時もある。
しかしそれだと魔力ゼロの俺にとっては完全に無駄な時間だ。
そこで先生方は『ちょっと校庭10周してからコーヒー買ってこい』とか、
『屋上までダッシュして天気を確認してこい』だのと雑用を言い渡し、
俺専用の特別メニューを用意してくれたのだ。
これならば一応は俺も訓練に参加している扱いになり、
先生からの指示で仕方なく席を外しているという言い分が通る。
実にありがたい配慮である。
「甲斐、今日はタワーに行ってこい
そんでもって生徒会長を手伝ってやれ」
「はい!」
北区画にある白いタワー。
学園職員や上級生たちの活動拠点であり、1年生が訪れる理由はほぼ無い。
その未知なる領域に今、俺は踏み込もうとしている。
1〜3階は学園職員のエリアだ。
職員といっても彼らは教師というわけではなく、
当魔法学園の施設や情報を管理する様々な役割を担う方々で、
入学してから半年経つのに初めて目にする人ばかりだ。
中には対人戦の審判として見覚えのある顔がいくつか存在する。
4階には学園長室と資料室、そして目的地の生徒会室がある。
そこから上の階は居住エリアなのだが……今はまあいいだろう。
「失礼します」
生徒会室には1人だけだった。
彼は立派なソファーに座っているのに全く寛いでおらず、
難しい顔をしながら目の前の書類をペラペラと捲り、
手元の書類に何かを書き込みながら別の書類にも目を通し……。
とにかく彼には手伝いが必要だということが一瞬で理解できた。
「やあ、君がアキラ君だね?
僕が生徒会長の天神昇だ
作業しながらの自己紹介ですまないね
それで早速だけどコーヒーを淹れてもらえるかな?
そこのドリップのやつだ
とりあえず説明通りに作れば問題無いよ
まあ多少失敗したとしても構わない
べつに僕はコーヒーマニアってわけじゃないからね
とにかく今の僕にはカフェインが必要なんだ」
彼は手が離せない。俺がやるしかない。
これをカップに乗せて少しお湯を注いで30秒蒸らして……。
失敗してもいいとは言われたが、できれば成功させたい。
「……うん、美味しい!
次は冷凍庫のハンバーガーを温めてもらえるかな?
それも説明通りにやれば大丈夫だよ
ああ、ついでにポテトも用意してもらえると助かる
ドリンクはコーラで頼むよ
こき使って悪いけど、朝食がまだなんだ」
もうとっくに昼は過ぎているのに……なんて忙しい人だ。
とりあえず電子レンジで解凍後に500Wに合わせて、と……。
「ああ、君が来てくれて実に助かる
じゃあ続いて冷凍ピザを頼むよ
僕はマルゲリータが何よりの大好物なんだ
トマトとチーズの匂いを嗅いでしまったらもう……
僕は僕でいられなくなる…………」
よく食べる人だな……。
標準体型よりも身長が高く、そして体重は低く見える。
かなりの痩せ型であるにも関わらずこの食欲……。
そのカロリーは激務で消費されているのだろう。
「僕は医者の息子でね
こういうジャンクな食べ物は一切食べさせてもらえなかったんだ
僕が魔法能力者だと判明したおかげで親子の縁を切られて、
今まで抑圧されてきた反動が来ちゃってる感じなのかなぁ……
でもまあ、健康上の問題は無いから安心してよ」
さらりと重めの発言を聞いてしまったが、スルーしよう。
俺は追加注文された2枚目のピザ……ジェノベーゼを温めた。
「駅前に松本精肉店ってのがあってさ、
あそこのハムカツがまた絶品なんだよねえ
衣はカリッとしてるし、肉厚だわで最高なんだ……
僕はよく食パンに挟んで食べてるよ
君も是非一度は食べてみるべきだと思う
2組に松本さんって女子がいるでしょ?
あの子の実家でさ、毎週日曜日にはお店を手伝ってるんだよ」
どうしよう、この人……食べ物の話題しかない。
「書類の処理を手伝いましょうか?」
「いや、結構だ
僕はいわゆるマルチタスカーってやつでね、
こうやって喋りながら作業する方が捗るのさ
君にとってはしんどい時間かもしれないけど、
これも訓練の一環だと思って我慢してくれよ」
訓練……ああ、そうだ。
俺は今、一応は訓練中だった。
これはもっと会話能力を磨けということなのだろうか。
俺はブリトーを電子レンジに放り込み、ふと質問してみた。
「──そういえば須藤先輩が仰っていたんですが、
3年生は5人いるそうですね?
これまでに4人と会いましたが、残りの1人を見たことがありません
詮索するべきか迷いましたが、せっかくの機会なので教えてください
最後の1人は何か特殊な事情があって人前に姿を現さないのですか?」
会長は右手でペペロンチーノをフォークに巻き付けつつ、
左手で書類の処理をしながら答えてくれた。
「最後の1人というより、“最初の1人”が正しいね
僕が入学した時、彼女は既に3年生だったんだ」
「それはつまり、留年しているということですか?」
「ああ、今年で5年生だよ
普通の生徒なら留年なんて認められないけど、
あの人は本当に特別な存在だからなあ……
不破稔という名前を聞いて、何かピンと来るかな?」
「え、まさか
世界最大の基礎魔力の持ち主……でしたよね?
名前以外の情報は非公開なので詳細は知りませんが……」
「ご名答
稔さんの魔力はあまりにも高すぎて自分では制御不能なんだ
常に暴力的に乱れた波長の魔力が垂れ流し状態になっていて、
彼女を知らない生徒からすれば恐怖の対象でしかない
ほら、ちょうど今頃は“水晶パリーン”の時期だろ?
僕は平気だけど、みんなは水晶玉の気分になるらしいよ
だから下級生を怖がらせないように、
本人同意の上で隔離生活を送ってるんだ
ちなみにここの7〜9階は全て彼女の居住スペースだよ」
2年生は5階、3年生は6階にそれぞれ10部屋ずつ用意されているそうだが、
7〜9階がまるごと1人用とは……本当に特別な人なんだな。
「あとで会ってみるかい?
恐怖の対象とは言ったけど、本人は至って温厚な性格だよ
むしろ魔力を感じ取れない君にこそ会ってほしいね
彼女を怖がらない生徒なんて滅多にいないからさ」
「はい、是非会ってみたいです」
世界一の魔力の持ち主がすぐ近くで暮らしていただなんて……。
これは興味がそそられる。何か新しい知識を得られるかもしれない。
生徒会長の手伝い……と言っても食事の用意をしていただけだが、
とにかくその作業が終わり、会長に案内されて8階までやってきた。
隔離生活中の不破先輩も他の3年生と同じ時間割で動いているようで、
訓練、その他、授業の順に各階を移動しているそうだ。
今はその他の時間なので8階にいるらしい。
ちなみに、そこが彼女の寝食エリアでもあるとのことだ。
「ノボル君! それにアキラ君!
会いに来てくれて嬉しいわ〜!
ちょうど紅茶を淹れたとこなのよ
さあ入って入って!」
なんというか……びっくりした。
顔よりも大きい乳を初めて目にした。
いや、たしか阿藤先輩もかなり大きくて有名だが、
俺は錬金術の光景に興味を惹かれていたので印象に残っていない。
だが、この人は一度見たら忘れられないくらいのインパクトがある。
性的な好奇心ではなく、人体の神秘を感じる程度に。
「どうもはじめまして〜
私が不破稔よ!
クッキーも用意してあるのよ〜
さあ食べて食べて!」
「あ、こちらこそはじめまして
1年生の甲斐晃です
よろしくお願いします
……では頂きます」
「はは、アキラ君
そんなに固くならなくても大丈夫だよ
ほらもっとリラックスして!」
そういえば彼女を怖がらない生徒は珍しいと言っていたな……。
あの喜びようはきっと、そういう後輩と会えて嬉しいのだろう。
あまり緊張しすぎると怖がっているように思われそうだ。
せっかく歓迎してくれているのに、がっかりさせたくない。
リラックス。リラックスだ。
「アキラ君の話はノボル君からよく聞いてるのよ〜?
たしか一般入試で……魔法を使ったって子だったわね〜」
「稔さん、それはヒロシ君ですよ!」
「あら、そうだったわ!
じゃ〜あ、魔法使いの……最強の……」
「それは進道君!
アキラ君は魔法使えない子です!」
「あらごめんなさい、私ったら
……というと、剣道の子だったかしら?」
「それは正堂君!
稔さん、全問不正解ですよ!」
「あぅ〜ん! 残念!
後輩の情報もまともに覚えられないなんて、
きっと今年も留年確定だわ〜〜〜!!」
ん……?
もしかしてこの人……。
「稔さん、それはテストには出ないから安心してください
卒業したいのなら、まずは宿題を終わらせてくださいね」
「あぐぅ!
宿題……宿題ねぇ〜
その、頑張ってはいるのよ?
でもちょっと私には難しくて……」
「つまり終わらせてないんですね?
難しい問題があったら僕が教えるって言ってるじゃないですか
この様子だと全然手をつけてませんね?
あの算数ドリルに……」
算数……!
「ど、どうかしらね〜? うふふー
私はその、頑張ろうとは思ってるのよ〜?
……あ、そうだ
シュークリームが冷蔵庫にあったんだわ!」
「逃げようとしないでください!
勉強から……算数から……っ!!」
間違いない。
不破先輩は強制的に留められているのではなく、
単純に筆記試験で落とされているだけだ。
そこで1つの疑問が浮かぶ。
彼女はどうやって進級できたのか、という点だ。
小学校レベルの問題も解けない彼女に、
高校生レベルの問題を解けるはずがない。
「ああ、それは……
稔さんが理事長の娘だからだよ
理事長は彼女をいつ退学させてもいいという考えらしいけど、
学園長派や第3勢力は稔さんをここに留めておきたいんだ
立場としては圧倒的に理事長が上ではあるけども、
彼が口を出せるのは魔法学園の運営に関わる事柄だけで、
生徒の取り扱いに関しては学園長が実権を握っていてね……」
大人の事情というやつか……。
学園長派に、第3勢力……。
巻き込まれたくない。
「それはつまり……
学園長の一存で誰でも進級させられるということですか?
たとえそれが冒険者になるには相応しくない生徒であっても……」
「そうだね
残念ながら……」
なんてこった。
──1週間後、長期滞在訓練を終えた2年生たちが戻ってきた。
彼らは皆ズタボロの状態であり、相当過酷な試練だったのだと窺える。
「宮本先輩、顔面がアザだらけですね
それも人間に殴られたかのような傷痕です
第4層にはそういう魔物が出現するんですか?」
「おう、その通りだ!
お前らも気をつけろよ!」
その頭に後ろからチョップが刺さる。
「しれっと嘘をつくんじゃない
……こいつは工藤に手を出そうとして返り討ちに遭ったんだ」
「えっ!?
そんな、まさか……工藤先輩ですよ……?
というか佐々木先輩にもアザがありますが、もしかして……」
「……若気の至りだ」
まさかこの人まで……。
少しショックだ……。
「あの環境下で何日も過ごすのは気が狂いそうだったよ
時間感覚もおかしくなるし、時計は必需品だと思ったね
僕たちはスマホ用の発電機を持っていくべきだった……」
そう反省する彼の頬にも生々しい青アザがあった。
「加藤先輩
あなたもですか……」
そして……
「長時間楽しめるコンテンツ……
映画やドラマ、アニメなどをダウンロードしておくといい
もしくは漫画や小説などを大量に持ち込むのをおすすめする
甲斐、決して俺たちのようにはなるな……!」
「黒岩先輩……!」
長期滞在訓練……。
覚悟だけでなく、入念な準備も必要なようだ。
基本情報
氏名:加藤 風 (かとう ひゅう)
性別:男
年齢:17歳 (8月18日生まれ)
身長:174cm
体重:66kg
血液型:A型
アルカナ:悪魔
属性:雷
武器:デアデビル (片手剣)
防具:プリテンダー (盾)
防具:サンセバスチャン (重鎧)
能力評価 (7段階)
P:5
S:7
T:8
F:5
C:5
登録魔法
・サンダーストーム
・ショック
・バインド
・アナライズ




