表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/30

退く帝と竜、念願叶う偉丈夫、愁う錬金の魔女


「アリトレス!」


 頭上から聞こえてきた声に、帝王・アリトレスが顔を向ける。


「フィアーマ……さっきの咆哮は、ヤツのあれ(・・)か?」


「えぇ。ごめんなさい、私としたことが……」


 大地に舞い下り、近づけてきたフィアーマの上あごを撫でる。


「あぁ、いいさ。過去を覆すなんてできねぇんだしよ。――さて、全軍撤退、か」


 アリトレスは軽やかにフィアーマの背に乗り上げる。


 フィアーマは翼を羽ばたかせて飛び上がり、砦上部と地面の中間あたりで滞空した。


「聞けッ、ロッソ帝国の者たち! 現時点を持って、我らロッソ帝国はここ、アルヴァ砦を放棄する! いいかッ、アルヴァ砦は放棄だ! これから帝都に脅威が迫る! 今すぐ全軍撤退しッ、帝都防衛に尽力せよ! ロッソ帝国軍、撤退だ!」


 アリトレスの言葉に、砦中にこだましていた喧騒が少しずつ落ち着きを見せていった。


 やがてロッソ帝国兵たちは、躊躇い、戸惑い、悔恨、憎悪、様々な感情を吐露しながらアルヴァ砦から撤退していく。


 ある程度自国の兵たちが砦から出ていく様を見送ると、アリトレスとフィアーマもまた、帝都に向けて飛翔を始めた。


「それで、どうだった? 三年ぶりの白竜は?」


「あと少しのところまで追い詰めたわ。でも、途中から横槍が入ってしまって……」


 フィアーマの言葉に、アリトレスは目を細めた。


「横槍? お前ならそのくらい払えるだろ?」


「えぇ……そのつもりだったわ。でも……あの愚竜とは別の、大いなる存在が加担していたわ。背中に少女を乗せて、ね」


「……そりゃまた、面倒だったな。で、なんだ? その少女(・・)ってのは」


「水を操っていたの。私めがけて、何度も氷の槍を突きつけてきたわ」


「魔導士、か?」


「ごめんなさい、そこまで判別はつかなかったの。――魔力を感じたけれど、きっと大いなる存在が放つものね」


 アリトレスを持ったまま腕を組み、訝しげに首を傾げた。


「はッ、まぁいいさ。――どうやったって、俺たちに敵うヤツはいねぇんだから、よ?」


     *


「くそッ、絶好の機会だったというのに……帝王を、討てなかった……」


 アルベルトは鋭い剣幕を浮かべ、思い切り地面を殴りつけた。


「オレは……まだ弱い、ということか……」


 震える拳を見つめながらうな垂れていると、頭上から声がした。


『ふん、一挙両得が成せるほど、世は甘くない、ということだ』


 知的で冷淡な声。確かめるまでもないと、アルベルトは顔を上げることはしない。


「なにが言いたい……」


『貴殿がこの戦いに参じた理由はなんだ? 妹を救うことだろう? 帝王が来るなど、誰も予想だにしなかったはずだ。であれば、妹を救うことが出来た。そして偶然にも帝王が現れ、挑み、こうして生き延びている。これを幸運だと思うのだな』


 ベアルの言葉に、アルベルトは返す言葉が浮かばなければ、気力も湧かなかった。


 そしてふと顔を上げ、立ち上がった。


「マリアは?」


 アルベルトと同様に、帝王が放った風の衝撃で吹き飛ばされたマリア。


 視線を左右に振り、やがて向こうの壁にもたれかかる少女の姿が見えた。


 足早に駆けつけ、肩に手をかけて顔を覗き込む。


 目をつむり、脱力した表情は壊れた人形のよう。


「ま……マリア?」


 アルベルトが狼狽すると、背後から知的な声が静かに言う。


『案ずるな。受けた衝撃で気を失っているだけだ。とはいえ、幾分か内傷はあるだろうがな。それはアルベルト、貴殿もまた然り』


 よく目を凝らし、耳を澄ませば、確かに生命の鼓動が感じ取れる。


『さて、どうする? 救護兵の到着をここで待つか、自分の足で傭兵団と合流するか』


「……オレは動ける。自分で行こう。それと、マリアも連れていく。いいな?」


『あぁ、むしろそう願いたい』


 アルベルトはマリアを抱きかかえると、砦の中に歩みを進めた。


「傭兵団と合流する前に、アーレを。それと、地下の独房も開けておく」


『好きにするがいい。我が咎めることでもない』


 アルベルトはそのまま地下に向かい、妹・アーレと合流する。


 ベアルの姿をさらすことはできないため、アーレの助力を得ながら、捕虜収容所の独房すべての扉を解錠した。


     *


 湖畔の木々が、急に吹き荒れた突風に逆撫でされる。


「やはり、ここにいたか」


 ゾルは砦周辺の林を飛び越え、南方に広がる森林の、水馬が治める湖へとやってきた。


「すまない、古き友よ。熱による消耗があったのでな、早々にこちらに赴いたのだ」


 水馬は申し訳なさそうにうな垂れる。


「いや、英断だ、感謝する。――ルナよ、そなた無事だったか?」


 水辺に座り、膝下を水中に浸からせているルナは、ローブと胸当を外し、上着を脱いで下着姿になっている。


 水を浴びたように、全身に雫が滴っている。


「うん、まぁ、無事、だったよ」


 どこか素っ気ない、淡々とした口調。


「そうか……いや、あれだけ赤竜の炎に巻かれたのだ。無傷ではあるま――」


「大丈夫って言ってんじゃん!」


 叫ぶルナの声には、明らかな怒りが宿っていた。


 それはゾルにも、水馬にも伝わっている。


 ゾルにとって、ルナの怒りの原因として思い浮かぶものといえば、やはり――。


 なるべく静かに、ゆっくりとルナに歩み寄り、小さな体の斜め後ろに体を伏せた。


 そして大きな頭をルナの横に下ろし、語りかける。


「ルナよ、先ほどは本当にすまなかった。あのままそなたを手に乗せていたら、吾輩は無意識にそなたを握り潰しかねなかったのだ。ゆえに――」


 すると、ルナが勢いよく立ち上がった。


 ゾルに体ごと振り向くや否や、上あごを平手で思い切り引っぱたく。


 ルナの鋭くつり上がった目が、ゾルの瞳を見据えた。


「あたしを放り投げたことなんて、もう、どうでもいい。それより……人の心配するより、自分の心配したらどうなの? あんた、自分の体、ちゃんと見てみなよ。自分がどれだけ傷だらけで、ボロボロなのか、分かんないの?」


 まったく思いもよらないルナの言葉に、ゾルは呆気に取られた。


 ルナの睨む目を見つめ、束の間の沈黙の後に、笑った。


「ふはは……ふむ、ルナの言う通りだ。吾輩は確かに傷だらけだな。しかし、吾輩は竜である。この程度の傷、数日も安静にすればいずれ癒える」


 ゾルは穏やかにルナをなだめたつもりでいたが、ルナの剣幕は綻ぶ様子がない。

ルナは再びゾルの上あごに平手打ちをする。


「そんな傷だらけで、なんであの時、赤竜のところに飛んでったのよ……? あんた、魔法の耐性、ないんでしょ? それなのになんで、なんで飛んでっの……? 撃ち墜とされるどころか、最悪……殺されたかも、しんないんだよ……?」


「……どうやら、酷く心配させてしまったな」


「……あったりまえじゃん。……あんた、言ったよね? あたしが色々失くした分を償わせてくれって。あたしのために尽くしてくれるって。それなのにさ、死にに行くようなことして……約束、破る気だったの?」


「そのようなつもりはなかった。あの時、吾輩が赤竜の下に向かったのは、勝てることが――いや、赤竜を撤退させることができると、確信していたからだ。吾輩はそなたと……ルナと交わした約束を破るつもりは一切ない。せめて、それだけは解ってほしい」


 ルナはゾルから目を背け、深く息を吸い、肩を落としながら吐いた。


「いいよ、分かった、解ったよ。もう少し、あんたを……ゾルを信じてみる」


「あぁ、感謝する、ルナ。――水馬よ、そなたにも礼を言わねばな」


 ゾルは頭を持ち上げると、水馬と視線を交わした。


「なに、その必要はない。我は、そこの錬金術師――ルナに受けた恩を返しただけ」


「恩……? ――ルナよ、そなたいつの間に、水馬に恩など売ったのだ?」


「知らないよ……むしろ、あたしが聞きたいくらい」


 ルナとゾルが不思議そうに水馬を見ると、踵を返して湖中へと沈む手前だった。


「古き友、そしてルナよ。此度の戦い、そして勝利――見事であった」


「ううん、あんたが力を貸してくれたからってのもあるよ、きっと。ありがと、ネビア」


 ルナの言葉を聞いたところで、水馬――ネビアは音も波紋も立てることなく消えていった。


「ほぉ……古き友が、名を告げたか」


「うん。ゾルは知らなかったの? 名前で呼ぶとき、なかったじゃん」


「いや、知っていた。だが、己の名をひけらかすことを嫌っていた」


「……なんで?」


「音に威厳がないゆえ、らしい」


「音……あぁ、ネビアって名前が、女っぽいから?」


「うむ」


「ネビアって、普通の動物じゃないけど、性別ってあるの?」


「あるともないとも言い切れん。だが、雌雄でいうなら、友は雌にあたる」


「……は?」


 ネビアが雌であると知り、ルナは間抜けな顔で、間抜けな声を漏らした。


「友は気高く、荘厳であろうとしている。それゆえか、滑らかな音を持つ己の名を、嫌っているのだ」


 湖面に小さな泡が立った。そこにネビアがいて、ルナとゾルの会話を盗み聞いてるように。


「じゃあ……あたしもあんまり名前で呼ばないほうが、いいの?」


「いや、友自らが進んで名乗ったのだ。周りに誰もいないことを踏まえた上でなら、名を呼んでも良かろう」


 それからゾルは巨体を持ち上げる。


「さあ、衣をまとうのだ。王都に戻るぞ」


「アルベルトとマリアは?」


「共和国の傭兵団と共に帰還するだろう。先に戻り、出迎えてやるといい」


「……分かった、そうする」


 ルナは脱ぎ捨てていた上着、胸当、ローブを身につける。


 差し出した白く大きな手にルナが乗り込むと、ゾルは巨翼を羽ばたかせ、一気に大空へと舞い上がった。


 ルナはゾルの手から顔を覗かせる。


 鬱蒼としていた林は焼き尽くされ、歪な黒色に染まっていた。


「これが……戦争、なんだね」


 変わり果てた足下の風景を、ルナは愁いを帯びた眼差しで見下ろしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ