エンディング【前編】
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
―――麗らかで、気持ちの良い午後。
屋外でお茶をするにはぴったりな陽気だ。
王城の東屋に、予定もなかったのに何故だろうココに居る私、ルルリーアでございます。
「――本日は急すぎるお誘いありがとうございます、騎士団長。いきなり騎士様が家に来て、そのまま連れてこられてびっくりしましたけどぉ???」
お茶会の相手、目の前に居る機嫌のよさそうな騎士団長へ、抗議をたっぷり込めて、精一杯の威力で声を投げつける。
そうなのだ。お茶会の手紙を持ってきた騎士様に、手渡されたそのまま、あれよあれよという間に連れてこられて今ココにいるのだ。
少しくらい嫌味っぽく言っても、問題ないだろう。
……ついでに、気恥ずかしさからの八つ当たりも、一緒に込めておいた。
だってだって!!騎士団長とはあの救護室時以来だし、どんな顔が正解なのかわからないよ、兄様助けてぇぇぇ!!!―――当然のことながら、幻影の兄様からの返答はない。酷い兄だ。
その私の精一杯を、騎士団長は表情を小動もさせずに受け止めた。……ちっ。
「それはすまなかった。サラ嬢から、ルルリーアの予定はないと聞いていたから、つい」
サラーーーー!!犯人は、サラかーーーー!!!!
なんてことだ……裏切り者は身近にいたなんて……。
連れていかれる直前、笑顔で送り出してくれた父様母様を思い出す。……例え、全てを諦めたものだったとしても、アレはきっと笑顔だ。
――今出仕中の兄様、大丈夫かな。執事のじいが、この状況を連絡するって言っちゃってたけど。
……もうこうなったら、目の前の香しい紅茶に逃避するしかない。――ああー、おいしいなぁー。
《これ、そういう時に、「つい」などと女子に言うものではない。きちんとした謝罪をせねば、のう?》
昼間だというのにワインを傾けながら、天眼竜様が、騎士団長へ助言をしている。
…………なんで、天眼竜様が、いるのかなーーーーー????
問いただすように視線を送ると、何もかも分かったような笑みを返してきた。
ちゃんと聞かないと、答えてもらえないらしい。
「―――また、来たんですか?天眼竜様」
感心したように頷いている騎士団長を無視して問いかけると、そこにワインがあったからなと答えのような違うようなものが返ってきた。
上機嫌でワインを飲み干す、あまり威厳を感じない天眼竜様を見つつ、思い出す。
――そう、あの空間で会ったのが、天眼竜様と会う最後だと思っていた。
が、あのあと、ひょっこりと現れたのだ。我が家に。
なんでだと慌てるタルボット家一同に、というか私に、え、コイツわかってなかったの?みたいな不本意な視線を寄越されたのは、記憶に新しい。
……どうせ来るなら、ダドラとか金剛龍様を、連れてきてくれればいいのに。
こっそり心の中で呟いたはずなのに、天眼竜様は呆れた声で返してきた。
《あ奴らは界が異なる場にいる故、力を使い過ぎてこちらには渡れぬ……と説明したはずだが》
……ええもちろん、説明してもらいましたとも。
ダドラも金剛龍様も、どこいったんだろうと呑気に待っていた私に、半分解らない説明をしてもらいましたとも。
――私と騎士団長を守るために、この世界に居られなくなるほどに頑張ってくれたこと。
でも、そんな説明されても、納得できるかは別だ。
……そこをなんとか、できないものだろうか。
あの後、別次元の世界を研究する会をソラン君が設立したし、アイリーン様とか魔術師団長とか、あと私が知らない有名な学者さんとかも加わって、大規模になりつつあるし。
そのあたりに今度相談してみよう!!
天眼竜様なんて、前回と合わせて2回もこちらに来てるわけだし。
帰ることを私が選んだその結果だ、と言われればその通りだけれど。
―――諦めないでいることを選択したって、いいよね?
《さぁ、どうかな?》
試すような、意味深な笑みを浮かべる天眼竜様。
……明言されないってことは、可能性はありそうだぞ!これはソラン君に報告だ!!
ぐっと喜びのポーズをとりそうになるのを堪えつつ、手が勝手に撫でようと膝の上でさまよう。
なんだか、戻ってきても、こうダドラを撫でようとしちゃうんだよね……気配があるというか。
首を傾げていると、騎士団長がずいっと自分の頭を差し出してきた。……え?
「撫でたいなら、俺を撫でてもらってもかまわんぞ」
「いやいやいや、私が構うんで!」
押し戻す。これはもう、遠慮なく押し戻す。
不服そうな顔をされたところで、成人男性の、ましてや騎士団長の頭なぞ、撫でられるだろうか、いや無理。
頭と手で騎士団長と牽制し合っていると、ころころと涼やかな笑い声が聞こえた。
《――面白いのう》
天眼竜様だ。
非常に楽しそうなところ恐れ入りますが、頑なに私に撫でさせようとする騎士団長をどうにかしては貰えないでしょうか?
その、騎士団長から幾分か悲しそうな目で見られてて、私からはちょっとその、強くは言えなくて、ですね。
だがしかし、さっきまで心の中を読んでいたはずの天眼竜様は、微動だにしない、何故だ。
笑みを浮かべる天眼竜様と、助力を懇願する私とで、見つめ合うようににらみ合っていると、ずいっと騎士団長がその間に入ってきた。
「仲間外れはよくないぞ、ルルリーア」
「……いや、別に仲間になったわけじゃ」
《心の狭い男は女子に嫌われるぞ?》
そう天眼竜様に言われた瞬間、バッと勢いよくこちらを向く騎士団長。
「今のは心が狭かったか!?」
いやいやいや、そんなショックですみたいな顔でこっち見ないで!?!?
ああもう、否定するしかないじゃないか!!!
「……イイエ、ソンナコトナイデス」
片言になってしまったが、騎士団長は気にしていないようで、あっさりと安堵した。
その態度に思うところはあるが、しつこく問いかけられるよりはマシだ。
……それにしても、なんなのこの騎士団長。
頭撫でられようとしたり、天眼竜様との間に入ってこようとしてるし。
しかも、ちょっと拗ねた顔してたし。
そういえば、あの時も、選択をしようとしていた時も、拗ねた顔してたな。
天眼竜様を選ぶのかとか言って拗ねてたって、それじゃあまるで私のこと好きで嫉妬してたみた――――
「―――ぅああああぁぁっ!!!」
叫んだ。思いっきり叫んだ。
ちょっとちょっと私!!何考えてるの私!?
相手はあの脳筋騎士団長ですよ!?!?ドラゴンを一緒に倒せる相手が理想の、あの騎士団長ですよ!?!?
………ふぅ、ちょっと落ち着いてきた。
《……どうした》
「ルルリーアはよく叫ぶぞ」
その、自分の方がわかってますみたいな自慢げな態度やめてぇぇぇぇ!!!
ぐっ、折角落ち着いたはずなのに、またしても心臓が私に謀反を起こしてくる。
心臓がその気なら、私だって抗ってやるんだからな!!
話題も変えたいし、一石二鳥だ!!
「……なんで騎士団長、私のこと呼び捨てなんですか?ちょっと前まではそんなことなかったのに」
急な私の問いかけに、騎士団長は少し目を張りながらも答えてくれた。
「そう呼びたかったからだ。――そうだ!」
衝撃的な発言を、さらりと無造作に投げられた。のに、まだ何かを続けるご様子の騎士団長。
な、なんです?もう私、ちょっとお腹いっぱい――
「俺のことも名前で呼んでくれ」
衝撃は過ぎると何も感じないのかもしれない。
無理と言う気力すら奪われた、なんと恐ろしい。
―――そうよルルリーア、只の名前よ。
サラとかソラン君とかアイリーン様とかと同じ、その人についている名前を呼ぶだけだ。
むしろ、言わないとか躊躇うとかした方が、意識しちゃってるみたいだから、ここはさらっと、さらっと、なんでもない感じで言いたい。
のに!!!!期待で輝かせた目で見てくるの止めてもらえませんかね!?!?騎士団長!?!?!?
反対側から感じる呆れた視線から、ごく僅かな冷静さを貰いながら、深呼吸する。
「ぇ、えぇと、ら、ライオ、ネル…様」
い、言ったぞ!!言い切ったぞ!!!頑張った私、心臓もよく持ちこたえた!!!偉いぞ!!
だというのに、騎士団長は、様はいらないとか文句を言う。
……なんて奴だ!こんなにも羞恥心の山を登り切って、飛び降りる心持ちで言ったというのに!!
「呼び捨ては出来ないですよ…………ライオネル様」
半ば自棄になって、騎士団長の名前を言う。
それに、遺憾の気持ちを込めたのに、騎士団長の様抜き要望をきっぱりと却下したのに。
―――それでもいいかと、騎士団長は幸せそうに笑った。
……まただ。なんだその、幸せそうな顔は。
私の心臓はきっともう使い物にならないだろう。それどころか、頭まで動くのを拒否し始めた。
………もう、なんで、そんな、なんで。
「――なんで、そんな風に笑って、なんでそんな、私に名前呼んで欲しいとかそんなの」
「ルルリーア」
混乱するままに言葉を吐き出す私に、騎士団長はその笑みのまま、答える。
「俺はルルリーアに名前を呼んで欲しい。いつだって真っ先にルルリーアを俺が助けたい。ルルリーアの側に居るのが俺でありたい。……それは、あの時言ったそのままだ」
自分の想いを語る騎士団長が、どんどん輝いて見えてくる。ああ、目が潰れそうだ。
「俺の世界は、ルルリーアの居る世界だ。――だから、俺をルルリーアの一番近くに居させてくれ」
―――もう無理。もう限界。もう、もう、ヤメテェェェェェェ!!!
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
――一方、蚊帳の外になりつつある天眼竜様は。
《……こやつら、あの時あれだけ我の前でいちゃついておったのに、何故こんなにももたついておるのだ?》
ルルリーア(しんぞう、心臓が、心臓がぁぁぁぁ!!!)
騎士団長(よし、ちゃんと名前で呼んでもらえたぞ)




