14話
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倒れ伏したまま、ピクリともせずに穏やかな寝息を立てている騎士団長。
に為す術もなく潰されて、這い出ることも押しのけることも出来ないか弱き私。
無事に地上へ生還したはずなのに、人の気配はするし騒めきも聞こえているのに、誰も助けてくれないのですが、何故?
何とか体勢だけ変えられて、新鮮な空気を吸うとともに、やっと辺りを見渡す。
「――あらあら」
「――わぉ…わぁお!!!」
「――りーあ、なの?」
思ったより、近くに居た。
しゃがみつつ、私と騎士団長の周りを囲んでいる三人。
会いたかった三人の顔を見て、ぐっと涙が込み上げてくる。……わたし、帰ってきたんだ。
「素敵な体勢ね?リーア」
「やっぱり!!やっぱりそうなんだよね、やっぱり!!!」
「……リーア、リーアが、いる」
涙が、引っ込んだ。
目の前に、ニヤニヤした顔とワクワクした顔と呆然とした顔が並んでいる。
……あのう、この下敷き状態から救い出してくれませんかね?私、帰ってきたんですよ?
視線で抗議を送ると、サラとアイリーン様は示し合わせたように顔を見合う。
「それは、ねぇ??」
「そうよねぇ??」
「……ぶじ、リーア、ぶじ」
意地の悪そうな笑顔と輝かしい笑顔でこちらに振り向いた、サラとアイリーン様。
の横で、目玉が溶けそうなほど泣き始めたソラン君。
……いやいや、私が言うのもなんで何なんだけど、ソラン君みたいな反応、してくれるんじゃないの??
まあ、ソラン君も助けてくれそうにないがな!!!
誰も助けてくれなそうなので、これはもう自力で騎士団長を起こそう、そうしよう。
「騎士団長!起きてくださいよ、ほら、帰ってきましたよ!」
「ぐぅ……」
駄目だった。
耳元でかなりの大きさの声を出したのに、ピクリともしない。
……あっ、これ私起こせないやつだ。
「そっちに行くまで5日間、ずっと寝ずに待機していたからな」
楽しそうな新たな声が、混じる。
こちらはもちろん交代しながらだがな、とからりと笑う、魔術師団長だ。
……うっ、それは起こすのは忍びないというか、申し訳ない気もしてくる。
「――それで?5日も帰ってこなかったのは、この顔かしら?」
「いだっいだだっそれ私の頬だからサラ様ぁぁぁ!!!」
笑っているのに、古の邪悪なダークドラゴンが手間を掛けさせた哀れな盗人を見るような目だよ、サラ様!!!!
そんな私達を見て、楽しそうに笑い合うアイリーン様とソラン君。
なんだか、いつも通りでみんなの元に帰ってきたんだなってちょっと感動した、いや、しかけたけど、まだ私潰されたままなんだけど???
「なんだ、元気みたいだね」
「うむ、善き事じゃのう」
揶揄うような声としみじみした声が聞こえる。
解放されたじんじんする頬のまま見上げると、王弟殿下と国王陛下が魔術師団長の横に来ていた。
……新たな二人も、もちろんこちらを助ける素振りを見せない。
その後ろに、冷静にこちらを見ているミシェルさんも、ハンカチを目に押し当てているレナルドさんも、居るのが見える。
……もちろん、その二人も陛下たちの後ろからこちらへ来て助ける様子はない。
「ちょっと!!言わせてもらいますけど!!!なんでみんな助けてくれないんです!!??か弱い淑女が、成人男性の下敷きになってるんですよ!!??」
思いのたけをありったけ込めて、訴えかけると、少しの沈黙の後、皆が口々に言い始める。
「もうそれって淑女って言わないと思うの」と、呆れ顔のサラが言う。
…え、そんなぁ、ヒドイ!!!
「いやだって、ねぇ???ちょっとねぇ?」と、頬を染めながらアイリーン様が言う。
…なになに、なんなの???
「僕には、うんちょっと、無理かな」と、乾いた笑いと共にソラン君が言う。
…なんで、なんでなの!!!
「面白いしのう」「面白いし、それ」と、心から面白いと陛下と王弟殿下が言う。
…私は全く面白くないんですど!?
「なんだ、助けて欲しかったのか?」と、今気付いたとばかりの魔術師団長が言う。
…遅くない?ねぇ遅くない?
「後が怖そうですし、ね」と、むず痒そうな顔でレナルドさんが言う。
…何が、怖いの?え?
「―――そんなにしっかり騎士団長に抱きしめられてて、しかも放すまいとしてるのに、無理に引きはがせる訳ないでしょ」
冷静なミシェルさんの言葉を、理解するまで少し時間がかかる。
「―――――――――え」
恐る恐る、下を、見た。
己の腹に回された腕、の先の手が、しっかりと私の服を握っている。にぎっているっ!!???
「あっ、ミシェル!!みんなが言わないようにしてたことを!」
「え、そうなの?」
レナルドさんに注意されるミシェルさんを見つつ、第三者視点で今の自分を想像する。
……潰されていることばかり気にしてたけど、この格好って、も、もしかし、て……。
―――一気に顔が熱くなっていく。
背中から感じる温かさとか、首筋に当たる寝息とか、お腹に回されたうで………だ、だめ駄目だぁぁぁぁ!!
心臓が持たないし、居たたまれないし、心臓が死にそうだし、ああ、ちょっと、違う違う、これはその、違うんです!!!!
「いやいやいや、これはあれですよ、こっちに来るときに離れないようにしてるだけであって、そうつまりその、単に掴んでるだけであって、それ以外に―――」
「そんなの、ルルリーアさんと離れ離れになりたくないから、でしょ?きゃー!!」
「ダメよ、アイリーン。本当のことでも揶揄っちゃ」
こちらの状況をばっちり理解している様子のサラと、全く察してなさそうで興奮状態のアイリーン様が、私の必死な声に答える。
だ、だから、ちが、違うんだってば!!!
ソラン君も涙ぐんでないで、援護、援護してください、お願いします!!!
「これは嫁、確定かな?」
世にも奇妙な踊りを披露した生贄を見るような、楽し気な古の邪神様こと王弟殿下の言葉が聞こえる。
―――騎士団長が5日間眠ってないとか、もう関係ない。
「な、なんでぇぇぇ!!??ちょ、きしだんちょ、起きて、起きて誤解を解いてぇぇぇ!!!!」
揺さぶっても何をしても、全く起きないし、手は緩まないし、どういうことなの!?!?
こういう時、騎士なら敏感に察知して、起き上がるもんでしょ、なんでそんなに安らかに寝てるの!?!?!?
「「「よ、よめ……」」」
弱々しい声が三人分、聞こえた。
キラキラしい人たちに埋もれるようにして立っていた、我が家族が見える。
……ちょっと、なんで娘が無事に帰ってきたのに、全員顔色が悪いんでしょうかね???
ふらりと、兄様が前に出て、私の惨状を見る。
「きしだんちょう、が、おれの、義弟っごふぅっ!!!」
「にいさまーーー!!!」
―――吐血した。めっちゃ吐血した。
そのまま倒れ伏す兄様の周りが、担架だ救護だ医者だと大騒ぎだ。
更に、兄様の後ろで、声も出さず眠るように仲良く倒れた父様と母様が、騒ぎをますます大きくする。
(私と違って)速やかに運ばれていく私の家族を見送って、ほっと弛緩した空気になっていく。
…………いやいや、いやいやいやいや。
なんでみんな、いやぁ解決しましたなぁ、みたいな顔してるの、今現在進行形でここに成人男性に潰されてる哀れな乙女がいるんですよ????
―――誰デモイイカラ、私ヲタスケテェェェェェェ!!!!
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―――これ、なんか違う。
こっちに戻ってきた時からは打って変わって、静かな場所でベッドに横になっている、私。
そうなんですよ、あの鍛錬場に潰され放置されてたところからは助けてもらえたんですよ、私。
―――でも、なんか違う。
え?なんでかって?……そんなの決まってる。
まだ、私に、騎士団長が、くっついたままになってるからですよぉぉぉぉ!!!どういういこと!?!?!?
―――そう、あの後、どうしたって離れない騎士団長を、どうするかとのんびり話し合うみんなに、陛下からの鶴の一声で私の行く末が決定した。
『一緒に運べば良いじゃろう』
……いやいやいや、なにもよくないんですけど?どうせなら掴んでる私の服切ってもらってもよかったんですけど???
私の意見などそよ風程も気にしてもらえず、騎士団長に抱えられたまま、担架で救護室に運ばれ。
――そして、騎士団長に抱えられたまま、ベッドに寝かされている、今に至る。
……いやいや、いやいやいや!!どう考えても乙女と同じベッドに寝かせるってどういうことなの、私の心臓がどうなってもいいの!?!?!?!?
気を抜くと、むず痒くて大声で叫びだしたくなるのを、ぐっと堪える。
えぇえぇ、そうですよね、みんな、私の心臓なんて破裂してもいいんですもんね。
まあ、一応、隣のベッドでは兄様が不死者のように唸りながら寝ているし、その向こうには両親が死者のように仲良く安らかに寝ているし。
少し離れたところに引かれたカーテンの向こうでは、サラとソラン君とアイリーン様がここに泊まる用意をひそひそ楽しそうにしてるし。
二人きりの密室じゃないから、問題ないのか?いや、問題は片付いていないはず????
―――止めよう、考えれば考えるほど、自分に不利な状況のような気がしてきた。
まあ、騎士団長なんて、自分の心臓の安全を除けば重いけど温かい寝具みたいなものだし???
時折ぎゅっと抱きしめ直されたり、時折寝言で名前を呼ばれたり、時折頭を頬ずりされたりするけどあああああああ!!!!
―――失敗した。
冷静になれなかったよ、難易度が高いよ、これもうどうしたらいいの。
恥ずかしさのあまりの大声を出さないよう、顔を両手で覆って衝動をやり過ごす。
叫んだところで、様子を見に来た誰かにニヤニヤされるだけなんだから、大声出し損なんだから!!!
「……うぅぅう……おとう、と……ぎり……ぅぐぁ…きしだ……やめ……」
苦しみに満ちた、兄様の唸り声が聞こえる。
その瞬間、頭だけスッと静まっていった。
……なんだか、こんな状況で、わたわたと意識している方が不正解のように思えてきた。
「……寝よ」
自分でしっかり意識するために、呟いて目を閉じる。
私に反抗期真っただ中の心臓は、もう無視だ、無視。破裂してももう知りませんからね!
身体はかなり疲れていたようで、目をつぶると眠気が一気に押し寄せてきた。
ふと手を伸ばしていて、癖になっていたことを思い出す。
―――ダドラと金剛龍様、どこ行ったんだろう。
戻ってきてから、見かけなくなってしまった二体のドラゴン。
………陛下に、大量のはちみつと、沢山の宝玉を、お願いしなくちゃ。
―――遠くなる意識の中、呟いた言葉に返事が聞こえたような気がした。
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※裏話だよ!(サラ様の感動が伝わり切らなかったので蛇足)
「――邪魔です、王弟殿下」
「そう?」
「……こういう時は、そっとしておくのが、紳士では?」
「まぁ、そうかもね」
「…っ、悪趣味、っですね」
「――よかったね、サラ。ルルリーア嬢帰ってきて」
「……頭、触らないで、貰えます?」




