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12話

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 平然としている騎士団長に苛立ちを隠せなくて、唇を嚙み締める。

 ……どうして、諦めてくれないの。どうして、納得してくれないの。


 慌てて、騎士団長に起こり得る未来を、説得できる理由を、探し見る。


 ――目に映るのは、人も魔物も恐れるように近づかない、その真ん中にいる空虚な顔の騎士団長。

 その分岐の先には、やっぱり私がいた。……その恐ろしさに、指先が冷える。



「……私がいたら、何かのはずみで、騎士団長が今以上に強くなって、苦しむかもしれない」

「??それは、俺の鍛錬不足だな。帰ったら精神を鍛えよう」


 迷いなく言い切る騎士団長。


 ち、ちがう、そうじゃなくて。

 伝えたくてもどかしくて、騎士団長に連なった未来に目を凝らす。


 ―――魔物に覆いつくされた国、血煙と共に、人々の怨嗟の声が満ちている。

 私が言ってしまった、たった一つの言葉で。……泣きたくなるくらいの後悔が押し寄せる。



「それに、私が間違えたら、戦争だって起きるかもしれないっ!!!今みたいに平和に過ごせないんだよ!?」

「―――ならば、俺が全力で止めよう、それをルルリーア嬢が望むのなら」



 当たり前のようにさらりと告げられた言葉に、開いた口から何も出てこない。

 何かに縋りたくて、もがきたくて、必死で悪い未来をより分けて探す。……あれ、私はなんで。


 ―――乾いた大地、今よりも酷く禍々しく巨大な魔物が闊歩する、人影のない、荒廃した世界。

 幾人もの私の、選んだもの、行動、全てがどうしようもないくらい繋がっていった結果で。

 ……こんなの、私には避けられない。耐えられなくて目の前が暗くなる。



「……滅ぶかもしれない、世界が。…私の、所為で。私が、間違えた選択の所為で」

「世界が滅ぶ、か」



 初めて、騎士団長が思案するように目を伏せた。

 ……ようやく、分かってもらえたみたい。

 自分の主張が通ったはずなのに、少しの寂しさが心をよぎる。


 考え込む騎士団長を見ながら、ふと、彼を見るのはこれで最後になるのか、と気付いた。


 いつの間にか近くに居た、騎士団長の顔を眺める。

 見慣れたその顔は、何を考え込んでいるのか、いつもよりも気難しく顰め面をしている。


 ――寄せられた眉のその下の、雪みたいに白い銀のまつげが、ただただきれいだなと思った。


 じっと私に見つめられていることに気付くと、騎士団長は伏せていた視線を上げて、私へ問うように小首を傾げる。

 成人男性がやっても似合わないはずの仕草が、いつもなんだか似合ってしまう騎士団長に、思わず笑みが零れた。


 驚いたように目を丸くして、そして、こちらがたじろぐ程の焦げつくような強さで、騎士団長が私を見た。



「国ならばともかく、世界を必ず救う、とは言えない―――だが」



 そう言って、更に騎士団長は近づいてきた。

 触れ合いそうなほどに、彼以外見えないほどに。



「どんな手を使っても、誰も彼もに助けを請うて、俺が出来る限りの全てを尽くそう」



 全てを掛けるように、真摯に言葉を続ける。

 そして、そっと、私の手を取った。



「……だからどうか、俺と共に、帰ろう」



 ぐらぐらと、足元が揺れる。


 せっかく意思を固めたのに、せっかく心を決めたのに。

 握られた指先が酷く温かくて、心の奥が解けそうになる。



「……どうして、どうしてそんなに、諦めないの……?」



 堪えきれず、疑問を口から吐き出す。

 それは、小さくて掠れていて、聞き取りにくかったはずなのに、騎士団長はしっかりと拾った。


 少し困ったように、言葉を選びながら、ぽつりと語る。

 ―――父親のこと、物心つくまで身を置いていた環境のこと、ヴィディカさんに出会ったこと。


 まるで彼自身もよくわかっていないような、手探りで拙い言葉で。


 ヴィディカさんに出会うまでは、良いとは言えないその状況に、苦しくなって眉を寄せる私を宥めるように、俺はどう扱われても辛くも苦しくもなかった、と騎士団長は平然と言う。


 それに良い出会いもあった、と穏やかに続けた。


 『師匠ヴィディカさん』は尊敬する存在で。

 『アレイまじゅつしだんちょう』は信頼できる存在で。

 『騎士団の部下達』は導くべき存在で。

 『国王陛下』は忠誠を誓う存在で。



「皆も俺を信頼し、向き合ってくれた、大切な存在だ」



 ―――だけれども、それは『大人としての距離』で。

 心を乱すこともなく、揺らすこともなく、平穏な距離だった、と少し寂し気に騎士団長は言う。



「……なのに、貴方は、あまりにもすんなりと、俺に心を預けるから」



 そんなことをされたことがなかった、と言わんばかりに、騎士団長は私から目を離さない。

 だから、つられるように私も目を離せなくて、それをまともに受け取ってしまった。



「貴方の言葉で心が騒めいて、貴方が居なくなれば心が苦しくて。

 ――けれど、その重さが心地よくて、もう手放せなくなっていた」

 


 その言葉を体現するかのように、優しく、それでいてぎゅっと強く私の手を、騎士団長は握った。

 まるで私そのものを、手放せないと言われたかのようで。


 心臓が私の意思とは関係なく、ぎゅるりと締まる。

 ―――ああ、ちょっと待って、それはちょっと反則なのでは。



「――だから、どうか、その誰か達よりも、俺を、俺たちを、選んではくれないだろうか」



 温かくなった指先から、微かな震えを感じた。

 ……あの、騎士団長が、恐れている、の?私が、帰らないことに。


 真剣な顔が少しだけ崩れて、戸惑うように蒼い目が揺れていた。


 今までの比ではないくらい、足元も世界もぐらぐらと歪んで、崩れ落ちてしまいそうだ。

 ……ああだめだ、揺らされちゃう。帰りたいって、望んでしまう、みんなに―――


 ―――大丈夫よ、目をつぶって、感情を消して、耳を塞ぎなさい。

 ―――大勢が賛同してくれる道に、貴方の友達を助ける道に、進めばいいのよ。

 ―――それが、正しい選択なのだから。


 するりと、手を離す。


 耳元で囁く声に縋って、目を閉じて耳を塞いだ。

 押し込めた心の隅が、つきりと痛む。

 それも構わず、揺れてしまった心を折りたたむように隅へ隅へと小さくしていく。


 収まれ収まれと唱えていると、段々と心が静まっていった。


 大丈夫、これが正しくて、これで誰も傷つけることはなくて、これなら私も傷つかなくて。

 凪いだ心でゆっくりと目を開いて、騎士団長とまっすぐ対峙する。


 声が囁いたその通りに、のろりと口を開く。



「正しい選択を、するわ。私は、正しい、選択を」

「――ルルリーア」



 騎士団長と、目が合う。

 揺れていたその目が、みるみるうちに険しくなっていく。



「正しい、など、そんなことはどうでもいい。…何を選んでもいい。――ただ」



 静かに、それでいて目に見えるほど、騎士団長の全身から深くて強い圧が張り詰める。

 激情を押し込めるように低く抑えた声で遮った彼は、鋭く睨みつけるように私へと詰め寄ってきた。



「俺の世界は、貴方の居る世界だ」



 唸るように零れたその言葉に、沈めた筈の心がざわりと波立つ。

 それはどんどん大きくなって、抑えようと、戻しても戻しても、端から零れてどうしても上手くいかない。



「だから、例えルルリーアであっても」



 首筋がヒヤリと、粟立つ。

 気が付くと、騎士団長が私の喉元に剣を突き付けていた。


 見覚えのある体勢で、馴染んでしまった殺気に包まれる。……え、なんで。



「――ルルリーアを消すのは、許さない」



 ―――止めのように一際強い視線と殺気にさらされ、ばちりと圧に張り手された。


 その衝撃で、亡羊としていた頭が徐々に明瞭になっていく。

 それと反するように、ずっと聞こえていた囁き声が遠くなって、そして意味をなさない音になった。


 ……あー、私何考えてたんだっけ、なんだかめちゃくちゃ後ろ向きだったような……ああ、いやその前に。


 食い入るように私を見つつも、未だ私の喉元に剣を突き付けている目の前のヤツを、睨みつける。



「―――だ、から」



 妙に重い、自分の足を振り上げる。―――何かを引きちぎるように、振り払うように。



「私に、謂れのない殺気を、浴びせるなって、言ってるでしょうがぁぁぁぁぁぁ!!!!」



 ―――足を、思いっきり、騎士団長目掛けて振りぬく。


 どこかの部位を狙ったわけではなかったが、丁度奴の脛に当たったようだ。

 ……が、奴は全くびくともしなかった、くっなんてことだ!!私の足の方が痛いだとっ!!??


 心の赴くままに、抗議と遺憾の意を余すところなく私の表情で示す。

 すると、騎士団長は私のその形相に恐れをなしたのか、慌てて剣を背に隠し、抗弁らしき何かを発した。



「い、謂れは、ある……?説得を、しようと、その、思ってだな」

「説得する相手に剣向けて殺気をぶつける奴が何処に居るんだぁぁぁぁぁぁ!!!」



 全くもって謂れも何もないじゃないか!!!殺気当てられ損だよ!!!

 私の至極真っ当な指摘に、流石の騎士団長も不明瞭なもごもごしか言えないようだ。


 とりあえずその血を止めろと、私のハンカチを投げ渡す。

 慌てて受け取った私の可愛らしいハンカチを握りしめながら、騎士団長は置いてけぼりにされた子供のように、呆然としていた。


 無言で騎士団長の額を指し示すと、挙動不審にのろのろと額に当てて驚いた顔をする。

 ……え?今まで気づいてなかったの、そんな大怪我なのに??


 とりあえず、未だにごにょごにょと言い訳のような言葉を発している気がする騎士団長は置いておいて。


 ―――天眼竜様に、向き直る。


 ……改めて見ると、凄まじい存在感だ。

 小さな少年の周りが何かで歪んで見えるし、合わせた目には星々が渦巻いていた。


 そんな規格外の存在の天眼竜様は、待っていた。私が選ぶことを、私が何者になるのかを。


 ―――そっと目を閉じる。


 さっきまでの、冷静で論理的な私と、臆病で間違えたくない私。

 どちらの私の主張も、理解できる。


 世界のために、選ぶ道はきっと正しいだろう、称賛されるだろう、感謝されるだろう。―――でも、何かが違う。

 間違えないために、高確率で、大多数が満足する世界を選ぶことは、きっと善いことなのだろう。―――でも、それでも、私には違う。


 私は、誰かの世界のために、誰かの正しさのために、選びたくない。

 そんなもの、私の世界じゃない。―――それが間違っていようと、苦しみに満ちた人生になろうと。


 ……だってさ。


 ―――悲しませたくない人たちがいるから。

 ―――帰ってきてと願ってくれる人たちがいるから。

 ―――他でもない、私が会いたいから。


 心に向き合って溢れるのは、世界と比べるにはあまりにも些細なものばかり。


 ……でも、きっとそんなものなんだ。

 私は英雄でも聖女でも傑物でもなんでもない、ただのルルリーアなんだから。


 それに、と先程までの騎士団長を思い出して、小さく笑う。

 私が間違えたとしても、一緒に立ち向かってくれる人達がいる。

 私が迷ったとしても、一緒に悩んでくれる人達がいる。――だから。


 私に選べ、と世界が言うのなら、良いだろう選んでやるさ。


 ―――だがな、私は所詮私なのさ、だから私の答えしか出せないんだからな。


 心を決めて、目を開ける。

 震えそうになる足で踏みしめて、萎縮しそうな口を精一杯開く。



「私のいる世界は、私が選んだ道の地続きの世界でありたい。共に歩んだみんなの居る世界でありたい。

 だから、例え、選択を間違えて酷い状況になったとしても、最後まで足掻いて生きていきたい。

 ――私が生きて選択したこの世界で、私は生きていきたい」



 ここまで言い切って、思い切り息を吸う。

 そして、選択のための一歩を踏み出そうとして、全然足が動かないことに気付く、が情けなかろうが何だろうが、構うことはない。


 怖い、間違えてるかも、不安がにじり寄ってくる、悪い選択かも――それでも。


 全部抱えたまま、ずりっとすり足のような一歩というより半歩を、踏み出した。



「―――私は選ぶ、だから、帰ります!!私の世界に」



 私の選択を聞き届けた天眼竜様は、何も言わずにゆっくりと目を閉じた。

 ―――どこか遠くで、かちりと何かの音がした。



「きゅるぅ!!!」

《――選んだようじゃな》



 久しぶりに聞いたような声が聞こえると同時に、頭に軽くない衝撃を受けた。



「金剛龍様、とダドラ!!私はか弱い淑女なんだから、頭に飛びついたらだめでしょ!!!」

「きゅるぅ??」

《……しゅくじょ???》



 当然の抗議だというのに、何故か二匹のドラゴンから揃って疑問を返された、謎だ。

 そういえば、金剛龍様もダドラも、一体どこにいたのだろうか?あんなに悩んでた私にアドバイスもなにもくれないなんて、少しばかり薄情じゃないか?

 ってその前に、重い!!ダドラよ重いぞ!!首が、私の繊細な首が折れてしまう!!!!


 なおもしがみつくダドラを剥がそうと四苦八苦していると、ふいに頭が軽くなる。

 振り返ると、騎士団長がダドラを引きはがしてくれたようだ。


 ……が、何故かその顔は無表情だ。ちょっと、いや、かなり怖いんですけど……?



「――える、って……」

「え?」


「かえるって、言ったか?」

「え、いいました、けど?」



 私が頑張って選択したことを、繰り返して確認された、どういうこと?

 あんなに色んなものを振り絞ったのに、しかも騎士団長だって散々帰ろう的な説得をしてたくせに、聞いてなかったの、騎士団長??嘘でしょ???


 これは文句を言ってやらねばと、騎士団長を運悪く睨んでしまったその瞬間。


 ―――騎士団長が、笑った。


 めちゃくちゃ嬉しそうで、これ以上ないくらい幸せそうに―――騎士団長が笑った。


 それを直視してしまって、私の心臓がねじ切れそうなくらい、音を立ててぎゅるぎゅると動く。


 …………や、や、やめてぇぇぇぇぇ!!!直視しちゃったよ、破壊力がすさまじいよ、目が、目が錯覚を起こして、背後に幻想の薔薇とか百合とかが見えちゃうから!!!

 いつもの、鉄面皮の氷の騎士様はどこいっちゃったの、カエッテキテェェェェェェ!!!!!


 騎士団長からの視覚の暴力を、必死で目を逸らすことで耐え忍んでいると、半眼で見守っていた金剛龍様がするりと天眼竜様へ近づいた。



《久しいの、天眼の》

《――ああ、久しいな。金剛よ》



 金剛龍様の掛けた言葉に、天眼竜様が鷹揚に応える。

 あれ、そういえば、周りを取り囲んでいたはずの、なんだっけそう、世界の情報?も、読み取れないというか、全く感じ取れなくなっている。



《確定したのう―――この世界が》

《ああ、そうだな》



 簡潔な言葉なのに、それ以上の情報が飛び交ったような、何重にも響く言葉を交わす天眼竜様と金剛龍様。

 それは、感情が一切含まれていなくて、臆病な私が顔を出そうとする―――と、心を読んだかのように、天眼竜様がこちらを向いた。


《――言うたであろう、選擇に善悪などないと。それ故、正否もない》



 ―――そう言った天眼竜様は、なんだか寂しそうに見えた。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


※蛇足だけども、騎士団長の心の動きだよ!

自分で出来る限り懸命に説得していたつもりが、途中でルルリーアに怒られてしまった。

なんとか挽回しようと必死で威圧が必要な理由を言っていたが、言えば言うほど自分でも悪手だったと思ってしまい、しかも途中からは全然聞いてもらえてないし、このままだと一緒に帰ってもらえないかもしれないとめちゃくちゃ焦っていた。

が、ルルリーアが「帰る」って言ったぞ!!!やったぞ!!!←イマココ


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― 新着の感想 ―
[一言] 再び感想失礼します!どうしても迸って!! 騎士団長、俺って!俺って言ってる!! 私って言ってるとこしか見たことないなーって思って、読み返したら主人公の前で初めて俺って言ったんですかね!?(見…
[良い点] この行方に目が離せません!! 次を!次を!!と思えるのがすごいと思います。 [気になる点] 天眼竜様の人型に気がついたのは2回目になりますか? それとも、正気に戻って気が付き直したのか、気…
[良い点] 「おうちかえりたい」って言いださない主人公なんて この作品には居なかったんだ。 [一言] 騎士団長、初心(殺気)に帰る…… 帰っていいんだろうか。
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