4話
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見覚えのありたくない黒い靄が、ガラス張りの天井に張り付くのを、呆然と眺める。
ああ、私は只、八方塞り状態の我が結婚を如何に回避するか、心の友たちに相談していただけなのに。
そして、起死回生の素晴らしいアイディアを思いついて、ダドラに実行してもらっただけなのに。
薄茶に戻ったダドラに視線をやるが、元凶であるはずの奴は『どうかした?』と言わんばかりの首の傾げっぷりだ。
―――なんで、目の前に、黒いヤツが、いるのぉぉぉぉぉぉぉ!???
「リーアっ!!!」
焦るソラン君の声に、思わぬ事態と現実逃避にダドラを凝視していた視線を上げる。
………わー、なんか目の前で、黒いのが、広がってるー。
私が呆け続けていると、それが私の身体に絡みついてきた。…きたぁぁぁぁぁ!?!?!?!?
そのまま、黒いヤツが浮くと同時に、私の身体も浮いて。…浮いてるぅぅぅぅぅ!?!?!?!?
ちょ、え、な、なんでぇぇぇぇぇぇ!???!??私関係ない、関係ないからぁぁぁぁぁ!!!!!
「リーア!!手をっ!!」
「る、ルルリーアさんっ!!」
手を伸ばすサラと、こちらに近寄ろうと固定魔法陣を張ったアイリーン様。
と同時に、黒い帯が二人へ伸びて、二人を牽制する。
なんで二人は捕まえないの、私も牽制される方がいい、ヤッパリオウチニカエルゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!
私の心の叫びも虚しく、絡みついたそれの一部が天井のガラスを派手に割った。
……え?こ、これはもしや、私もたたきつけられて人生の終わりを迎える……??
そんな心配を余所に、割れたその隙間を黒いヤツが器用に私ごとすり抜け、一気に部屋の外へ引きずり出された。
―――頬に、雨粒があたる。
ひんやりとした湿気と共に、ああ本当に外に連れ出されたんだと、他人事のように考える。ってそんな場合じゃないんだけどぉぉぉぉ!??
私を勝手に引き連れたその黒いヤツは、広い空間に出たのをいいことに、伸び伸びとその体積を増やし始めた。
それと同時に、外へ外へと出されていく私。―――ああ、サラ達が、どんどん小さくなるぅぅぅ!!!!!
眼下に見えるソラン君が、黒い帯を必死で避けながら、何事か叫びながら後ろを指す。え、止めてよ、そういうのいらないから、そういう不吉な前振りやめてぇぇぇぇぇぇ!!!
ぐるりと掴まれた身体が反転して、ソラン君が指していた方向へ、強制的に向かされる。
予感というものは的中するもので、特に嫌な予感というものは、当たってほしくない予感というものは、よく当たるもので。
………なんか、目の前に、黒いヤツとは別の、ヤバイ感じのする空間が渦巻いてるよぉぉぉぉぉ!!!!
鍛錬場の地面に、インクを零したようにその空間が広がっていた。
黒いヤツが塗りつぶされたような黒だとしたら、その空間は何もかもを飲み込みそうな黒だ。絶対にヤバイ、コレ、絶対に近づいたらダメな奴だ。
―――なのに。
この黒いヤツの所為で、大きく開いたヤバイ空間に一直線だよこのままだとぉぉぉぉ!!!
な、何か、何かないかっ!!!?私を救ってくれる、何かぁぁぁ!!!!
と、丁度目の端に映った何かの影を反射的に掴む。どうやら、鍛錬場にある塔の窓枠だったようだ。ひ、ひとまずは、あの謎空間に近づくことはなくなったぞ。
腹部を緩やかに引っ張られつつ、周囲を見渡す。
鍛錬場が一面、黒い帯であふれてるぞー。わー、どこかで見たことアルナーー。
前と違う点は、私自身には攻撃を加えず、近づこうとするソラン君やアイリーン様を跳ね除けるようにうねっているところか。……なんて分析してる場合じゃないんだけど、ね。
さて、私は一体何に近づいてるんだろうか。
怖いもの見たさで、後ろを振り返る。と、丁度良いのか悪いのか、その渦巻いた空間に、なかなか大振りな木の枝が吸い込まれようとしていた。
―――そして、捻じれて吸い込まれて、見えなくなった。……枝、が。
「うわっやば、あれはいったら駄目なやつだぁぁぁぁぁ!!!!だ、だれかぁぁぁ!!たすけてぇぇえぇぇ!!!」
かなり情けない声が辺りに響き渡ったが、構わん。
複数の視線を感じたような気もするけど、構わん。……だからたすけてぇぇぇぇぇ!!!!!
「っ!!ルルリーア嬢っ!!」
漠然と助けを求めて見たその先に、騎士団長が現れた。
その姿はいつものきちんとした隊服ではなくて、藍色のシャツに黒いズボンの、普通の格好で。
いつも整えられている短髪が乱れて、その手には抜き身の剣。
黒い帯の妨害にあって、さしもの騎士団長であっても中々私の方へ近づけないようだ。
ゆ、指が、ぷるぷるする……もう、はなしちゃいそう………。
「リーア!!今考えるからっ!!手を離さないでっ!!」
あまり見ない、ひどく切羽詰った声を上げるサラ。
騎士団長が切り開いた空間を維持するように、左右にソラン君とアイリーン様が展開していた。
その、サラの、真剣な表情と垣間見える焦燥に、じわりと恐怖感がこみあげてくる。
これは不味い。非常に不味い状況だ。……だがしかし、私の白魚のようなか弱い指はそろそろ限界を迎えそうだ。
「キュゥ!!!」
背中から急にダドラの声が聞こえた。と思った瞬間。
「キュルゥゥゥゥゥゥ!!!」
―――ダドラが、黒い空間に、落ちていった。
………おちたぁぁぁ!!ダドラが落ちたぁぁぁぁ!!!
お前背中に居たのかって思う間もなく、ダドラが落ちたぁぁぁぁぁ!!!
そんなダドラに気を取られた瞬間。
「―――あっ」
つるり、と手が滑る。
身体に巻き付いた黒い帯は、その隙を容赦なく突き、私を黒い空間へと引きずり込んでいく。
やばいこれやばいぃぃぃ!!!わたしも、あのヤバイ空間に、おちるぅぅぅぅ!!!!
「ルルリーア嬢っ!!」
「リーアっ!!」
「ルルリーアさんっ!!!」
黒い空間に奪われていた目を、声がした方へ向ける。
呆然とした顔でへたり込むソラン君。
青ざめているがサラを必死で止めているアイリーン様。
大声で叫びながら泣きながら必死でこっちへ来ようとするサラ。
………そんな顔、初めて見たよサラ。
―――そして。
落ちていく私へ、手を伸ばしたまま固まる騎士団長。
その薄青の目を、その何かを千切られたかのような痛みが篭った目を見つめながら。
暗くて黒い空間は、私を飲み込んで、その口を閉じた。
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呆気なく空を切った自分の手を、只見つめた。
―――手を伸ばして掴めなかったことなどないというのに、何故。
先程までの邪魔な黒いものは、何事もなかったかのようにあっさりと消え、彼女を連れ去った黒い空間は何の変哲もない地面となった。
………何故彼女が、どうして俺は。
「ッリーアッ!!だめよっ!そんなっ!!」
「サ、サラさんっ!お、落ち着いてっ!!」
ルルリーア嬢と共に過ごしている、冷静そのものの彼女が、服が泥で汚れるのも厭わず、ルルリーア嬢が消えた場所へ叩きつけるように必死に魔術を展開しようするのが、目に映る。……だが、どう考えればよいか、何もわからない。
恐らく彼女のように魔術で解決しようとしても俺には無理だろう。
あの地面に剣を突き立てても手で掘ろうとも、無駄だろうとわかるのに、がむしゃらにそうしたくなる気持ちが抑えられない。
―――これほど己が何をするべきかがわからなくなったことなど、記憶にない。
―――これほどあの時もう少し手を伸ばさなかったのか後悔したことなど、記憶にない。
再び、己の手を見る。見慣れた筈の、その手を。役立たずの手を。
………掴めなかった彼女の手が頭に浮かんで、酷く胸が痛んだ。
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―――そうして私は落ち続ける。落ちて落ちて落ち続けている。
さっき見た枝のように捻じれてしまうんじゃないかと思っていたけど、一応身体は無事のようだ。……多分。
何せ、辺りは暗くて、自分の手すら見えない。
まあ、痛みはないから大丈夫だろう。……多分。
それにしても暗くて、先に落ちたはずのダドラも見えない。鳴き声も聞こえないから、もしかしたら完全に一人かもしれない。
そう、暗闇を、ひたすら、落ちていく。
不思議と落下するとき特有の恐怖感はない。
飛んでいるかの様に、落ちている私。
………え?これってどこまで落ちるんですかぁぁぁぁ!!!
最後まで落ちて地面に激突して……なんてことに、ならないよ、ね??
右を向いても黒、左を向いても黒、下を向いても……完全に黒に包囲されている私。
―――ここなんなの、お願いだから、無事に着地させてぇぇぇぇ!!!!
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