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14.望まぬ覚醒3.




 ウルはクラディルとの戦いで満身創痍となっていた。

 戦い、と言っていいのかわからない。

 魔王と知ってウルを本気で殺そうと襲いかかってくるクラディルに対し、攻撃をなんとか捌き、少しでも拘束型封印術式が解除される時間を稼いでいるだけでしかない。

 真正面からぶつかれば、今のウルでは敗北は必須だった。

 それ以上に、アリシアをマラドラが追いかけていってしまったことが、ウルの動きを鈍らせていた。

 自分の身を守るよりもクラディルを出し抜いてアリシアのもとに向かおうとするが、失敗して傷つき血を流す。その繰り返し。

 時折、反撃こそするが、あと一歩というところで届かない。届いたとしても、決定打にならず瞬時に回復されてしまう。

 まさにジリ貧だった。

 もう出血のせいで立っていることすら辛い。一度でも地面へ倒れてしまえば起き上がれる自信がない。

 そんな状態でも、ウルは拳を握り続けていた。

 だが、もう限界は近い。体力は絶えかけている。気を抜けば意識が遠のいてしまう。ウルの意識を繋いでいるのは、ひとえに意地とアリシアを心配する想いからだった。

 同時に、拘束型封印術式が解けるのも近かった。

 その時間があまりにも待ち遠しく、もどかしい。

 そんな時だった、目が眩むような光がウルとクラディルを襲った。


「な、なんだ!?」

「こ、これは……!」


 光だけではない、爆発的な力が発生し、岩や木々が、そして叩きつけるような暴風が容赦なく襲いかかってくる。

 力から感じるのは一人の少女。


「アリシアかっ?」

「まさか、アリシア・スウェイン?」


 ウルもクラディルも力の発生点がアリシアだと察した。

 しかし二人の心情は対極だった。


「そんな、アリシア……」


 この力の意味を理解しているウルは悲痛な表情を浮かべ、


「素晴らしい! これが、勇者の力を覚醒させた、アリシア・スウェインですか!」


 と、クラディルは歓喜の声を上げた。

 唯一、共通していたこと、それは、アリシア・スウェインがその血に秘めた勇者の力を覚醒させたことを知ったということだった。

 ウルにとってそれは決して喜ばしいことではない。

 魔族だから、魔王だから、アリシアの力が脅威になると思ってのことではない。幼いアリシアにとって単純にそんな力など邪魔なのだ。

 母親を探す旅は大変になるだろう。だが、それでも、勇者の力などいらない。傲慢にも思えるが、ウルがアリシアのことを守ればいい。それが、亡きマードックとの約束でもあるから、頼まれなくともウルはそうするつもりだった。

 しかし、なにをきっかけにしたのかはわからないが、今、アリシアは勇者の力に覚醒してしまった。目覚めてしまったのだ。

 つまり、アリシアはこれから、ただのアリシア・スウェインではなく、本当の意味で勇者の末裔として認識されていくのだ。

 教会から、天使から、そして魔族からも。もちろん、人間からも。

 望むと望まないと、アリシアの気持ちがどうだろうとそんなこと知ったことではない。平等に誰もがアリシアを知れば、勇者の末裔として――いや、勇者としてアリシアを見るだろう。

 背負わなくていい力を背負ってしまったのだ。

 ウルのように、強すぎる力に体が蝕まれる可能性だってある。

 力を欲する者や、権力を欲する者に利用されてしまう可能性だってある。

 幼いアリシアには縁を持ってほしくない輩が、放っておいてくれないかもしれない。

 不安だけが湧き上がってくる。

 アリシアとは立場こそ正反対だが、魔王の血を引き、その力に目覚めたからわかるのだ。どれほど、この血や、力を投げ出して捨ててしまいたいと思っただろうか。

 ウルはアリシアにそんな思いはしてほしくなかった。だが、もう遅い。

 どれだけウルが願おうと、思おうと、すでに手遅れだった。


「アリシアっ!」


 暴風の中、届かないとわかっていながらも、ウルは少女の名を叫ばずにはいられなかった。

 体が吹き飛ばされそうになる。満身創痍のウルだけではなく、空に立つクラディルさえも同様だった。

 力の覚醒が、一時的な暴走になっているのかもしれない。だとしたらアリシアにとって、この力は大きな負担となる。

 離れていても否応なしに感じてしまう力の強さに不安がよぎる。光の柱のもとに向かおうとウルが足を進めるが、それをさせないとばかりに光の槍が足元へと突き刺さる。


「クラディルっ!」

「汚らわしい魔族が私の名を気安く呼ぶな!」


 やはりウルの前には大きな壁として天使クラディルが立ちふさがった。

 もはや拘束型封印術式の解除など待っていられない。力も武器も持たないウルだが、自分はどうなってもいいからクラディルを倒し、アリシアのもとへと行かなければいけない。

 例え、その結果、死が待っていようとも。

 アリシアとの約束のために、どこかで死んだらいけないと思っていた。だが、それも、アリシアがいなければ意味がない。

 このままアリシアがどうなるかわからない状況で、悠長にはしていられなかった。


「殺してやる、クソ天使!」

「そっくりそのまま同じ言葉を返しましょう、穢れた魔族よ!」


 ウルとクラディル、双方が攻撃を仕掛けようとしたそのときだった。

 暴風と光がピタリ、と止まる。

 痛いほどの静寂が訪れ、次の瞬間、宙に舞っていた物が音を立てて地面へと落ちていく。中には轟音を立てて地面に穴を開けた物さえあった。

 そして、ウルとクラディルの間を狙ったように、音を立てて銀色の鎧が降ってきた。

 後ろに跳び退くウルは目を剥いた。なぜなら、その銀色の鎧には見覚えがあったからだ。

 アリシアを追っていった、十字星騎士団の部隊長、マラドラ・ロッコだった。


「おいおい、嘘だろ?」


 マラドラの鎧は完全に砕けてしまっている。呻いているから生きているのはわかるが、宙に舞い上げられただけではこうも無残な姿になるとは思えない。

 つまり、マラドラはアリシアの力の覚醒の場に居合わせたのだ。この男が、覚醒の原因を作ったのだ。

 そう思うと、八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られ、そのまま素直に衝動に任せようとした。

 たかが人間程度なら、今のウルだったとしてもどうにでもなる。

 だが、ウルがマラドラになにかすることはなかった。

 なぜなら、


「……アリシア」


 ジャリッ、と音を立てて静かにアリシアが現れたからだ。

 幼い体はボロボロで、ウル同様に満身創痍といっても過言ではない。

 ワンピースは泥に塗れ、膝や頬は泥で汚れている以外にも、血を流して痛々しい。他にもあちらこちらに擦り傷があるのが見てとれる。

 それでも、少女は痛みなど感じていないかのように、一歩一歩力強くこちらへと歩いてくる。

 淡い光に包まれながら、一歩近づくだけで押しつぶされてしまいそうな力を出しながら、ウルたちのもとへと向かってくる。

 そして、近くまでやってきたアリシアはウルに気づいたように、視線を向けると、


「……ウルさん、私も戦えますよ?」


 向日葵のような笑顔を浮かべた。

 アリシアの笑顔を見たウルは、どうしようもないくらいに泣きたくなったのだった。




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