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15.望まぬ覚醒4.




 ウルに満面の笑顔を向けたアリシアだが、その内面は怒りに支配されていた。

 家族を奪ったクラディルを許せない。例え奪っていなくても、軽々しく口にしたマラドラも許せない。

 嫌いな人だったとしても、楽しい思い出などひとつもなかったとしても、それでもアリシアの残された家族だったのだ。アリシアのことを金銭と引き換えに教会へ引き渡すつもりだったとしても、決して命を奪われていい理由にはならない。

 天使も教会も嫌いになった。

 もともと好きではなかったけど、心の底から大嫌いになった。

 怒りという感情に同調するかのように、少女の体から力が沸き溢れてくるのがわかる。

 とても強い力だ。

 気分が高揚し、なんでもできてしまいそうだ。

 先ほどまでアリシアを追い詰めていたマラドラが、大の大人だというのに心底情けない顔をしていたのが、どこか滑稽だった。

 今の自分なら、この程度の男を倒すのに大した力は必要ない。腕を軽く振るうだけでいい。理由はわからないが、あふれ出る使い方を理解していた。

 だが、アリシアはその力の威力までは理解していなかった。

 今のアリシアは力が暴走しているだけだ。幼い体では本来使えないはずの力が、怒りという感情で暴発されてしまった形で力が顕現しているのだ。そんな力を振るえば、アリシア自身がどうなってしまうかわからない。

 なによりも、軽く腕を振っただけでも、その身に秘めた力では、マラドラの命を奪うことはあまりにも容易い。

 しかし、アリシアはなにもマラドラを殺すつもりなどない。ただ、少しだけ痛い目を見せて、反省してほしいだけだ。

 家族を殺されたが、その感情のままに人を殺すつもりはない。怒りに支配されていても、最低限の理性だけは残っていた。だが、その理性に反して、力が強すぎるのだ。

 受け継いでいる力の資質もあるだろうが、十一年間溜まっていた力が制御なしに暴れているだけだ。これでは、力に翻弄されて望まなくとも人を殺してしまう。ミランダたちの命を容易く奪ったクラディルと同じになってしまう。

 そのことに気づくことができずに、アリシアは怯えるマラドラに一歩一歩確実に近づいていく。


「やめるんだ、アリシア」


 しかし、アリシアとマラドラの間にウルが両腕を広げて立ちふさがった。


「どいてください」

「駄目だ、どけない」

「どうしてですか? 私は、ただ私の家族を殺した人たちに少しだけでいいから反省してもらいたいだけなんです」

「アリシアは自分になにが起こっているのかわかっていない。そんな力を振るってしまえば、必ず後で後悔する」

「後悔なんてしません!」

「後悔は後でするものだっ! 今はしなくても、後で悔いるから後悔なんだよっ! 頼むから、やめてくれアリシア。感情に流されて、力に翻弄されないでくれ。怒りに飲み込まれたら駄目だ、君は優しい子だろ?」

「私は、ウルさんが思ってくれているほど、優しくなんてないんです」

「……アリシア」


 ウルはマラドラを守るつもりはかけらもない。しかし、マラドラの命を奪ったアリシアが後で自分を責めて後悔するのが嫌なのだ。

 今は感情のままに力を振るおうとしているが、冷静になることができれば優しくていい子なのだ。

 だからウルは例えこの身が朽ち果てようと、アリシアのためにマラドラを殺させるわけにはいかなかった。


「どうして私の邪魔をするんですか? あの男は、あの天使は、私の家族を殺したんですよ!


 しかし、ウルの想いは伝わることはない。

 アリシアは理解を示そうとしないウルに感情のまま言葉を放つが、ウルはそれでも首を横に振る。

 そしてアリシアに自ら近づいていく。

 一歩近づくたびに、アリシアから発せられている力に膝を屈したくなるが、それでも奥歯を噛みしめて平然とした素振りをして彼女のもとへと向かう。

 ウルはゆっくりとアリシアの手を握りしめた。

 震えている。

 少しでも力を入れてしまえば簡単に折れてしまいそうなほどか細い腕が、これでもかというくらい震えている。

 無理もない、とウルはアリシアの手を自分の胸にまで持ち上げながら思う。

 虐げられていた相手とはいえ、家族を殺されたのだ。母親は失踪、父親は死亡、そして血のつながりがなくても残された唯一の家族も奪われてしまった。

 アリシアは本当にひとりぼっちになってしまった。

 想像を絶する想いがアリシアの中に渦巻いているはずだ。

 彼女の気持ちがわかるとはウルは決して言うことができない。しかし、それでも、アリシアの心が痛み苦しんでいることくらいはわかる。

 表面上は泣いていなくても、本当は泣き叫びたいのだとわかるのだ。

 だからこそ、


「アリシアの家族を奪った奴らは俺が倒すから。アリシアは戦わなくていいんだ。今は、その力を制御しよう。このまま力を使い続ければ、体が壊れてしまう」


 ウルはアリシアの手を自分の心臓の上に置き、自らに鼓動を伝える。

 子供が親の鼓動を聞き安心するように、とまではいかなくても、ここにひとりだけだがアリシアの味方がいるのだ。

 アリシアはひとりではないと、伝えたかった。


「……ウルさん」


 トクン、トクン。

 ウルの鼓動を、アリシアが震える手で何度も何度も確かめる。


「アリシアはひとりじゃない。俺がいる。俺はアリシアを置いていったりしない」

「本当、ですか?」

「当たり前だろ。ほら、だって約束だってしただろ? アリシアの母親に会わせるって、俺は約束を守らないでどっかにいくほど嘘つきじゃないよ」


 アリシアの瞳に、理性が戻っていく。

 怒りの感情を塗りつぶすように、理性が、冷静さが戻っていく。


「私、許せなかったんです」

「うん」

「嫌いだったけど、死んでしまっていいほど嫌っていたわけじゃありません。死んで欲しいと思ったことも一度もありません」

「わかってるよ」

「でも、死んじゃいました。……全部、私のせいですよね?」

「違う。アリシアのせいじゃない。悪いのは、アリシアじゃない」


 怒りの感情が引けば、当たり前のように悲しみがアリシアに襲いかかってきた。

 同時に、自分のせいでミランダたちが死んでしまったのではないかと自責の念にかられてしまう。

 必死に違うとウルは言うが、涙を流し続けるアリシアにどこまで言葉が届いているのかわからない。


「アリシア、よく聞いてくれ」


 ウルはひざを折ると、アリシアと視線を合わせる。


「家族が死んだことは悲しくて辛い。ときには、自分のせいじゃないかと自らを責めることもある。だけど、それだけで終わったらいけない。俺たちは生きている。なら残された者の義務として生きなければいけない。例え、自分が悪いと責め続けようと、悲しかろうと、俺たちは前へと進まなければいけないんだ」


 綺麗事を口にした自分を殴り倒したくなる。

 アリシアを立ち直させるために、ウルは一般的なことを言っているだけに過ぎない。

 こんなことを言っても、慰めにならないことはわかっている。それでも、ウルがアリシアへと言うのはアリシアが必要以上に自分のことを責めるのを防ぐためだ。

 幼い少女が背負うには、二人分の命は重たすぎる。

 なによりも、悪いのはアリシアではないとウルは本当に思っているのだ。これだけは綺麗事ではなく、嘘偽りのない本心だった。

 ミランダたちの命を奪ったのは、クラディルだ。今はただ、興味深そうに、力を暴走させているアリシアを必死に止めようとするウルを眺めている天使だ。

 いつ手を出してくるか気が気ではないが、それよりも優先するべきはアリシアだ。だからウルはクラディルの存在を無視して、アリシアに向かい合っている。

 ミランダたちの死を背負わなければいけないのは、アリシアではない。クラディルなのだ。


「おいでアリシア」


 何度も目をこすりながら涙を流し続けるアリシアを抱きしめようとして、ふいにウルの体に衝撃が走った。


「……ウルさん?」


 アリシアがウルを見て絶句している。

 しかし、ウルには自分になにが起きたのか、まるでわからない。

 ただ、気になるのは、どうしてアリシアの顔や髪にところどころ血飛沫が汚しているのか。少し前のアリシアは、確かに血を流していたがここまでではなかった。

 体から力が抜けていく。握っていたはずのアリシアの手を、ウルは力なく離してしまう。

 ドサリ、と音を立てて頭から地面へとぶつかる。しかし、痛みはない。

 喉を液体がこみ上げ、思わず咳き込むと、大量の赤い液体が地面を同じ色に染めた。


「う、そ、嘘だ……嫌、嫌だよ、ウルさん」


 アリシアは見てしまった。

 ウルが抱きしめようとしてくれたその瞬間、光の槍がウルの胸と腹を貫いたのを。

 倒れたウルに目を剥けると、ふたつの空洞が開いている。血だまりが地面を赤く浸食しながら広がり、アリシアの足元はウルからあふれ出た血の水溜りに浸かっていた。



 ――置いていかないって言ったのに、ウルさんの嘘つき。



「い、いやぁ、いやああああああぁぁぁぁぁぁぁあああっ!」


 アリシアの喉からは、幼い少女が発するとは思えない悲痛な絶叫が他人事のように放たれたのだった。




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