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第40話 王立士官学校

  


 ──ジールが、学院を自主退学したらしい。



「お前は、グレイフォード家次男としての自覚がないのか!」


 最近は私のおかげでなんだかご機嫌だったお父様の、珍しい怒鳴り声が広間から聞こえる。

 屋敷に呼び戻されたジールは、部屋によることもなく真っ直ぐお父様の書斎に向かったらしい。


「その上、士官学校へ入っただと!? グレイフォードの人間が騎士なんぞ、正気か!?」


 騎士はダメなのか……。

 お父様は面目を潰されたと大激怒らしい。誰も彼もが、なぜジールが父に断りもなくそんなことをしたのかわからない。

 私も、こっそりとロザリーに伝えてもらわなければ、また家の中で起こった騒動に気づかないままだったかもしれない。


「……」


 書斎に続く隣の部屋にこっそりと潜り込んで、さっきからずっと聞き耳を立てているにもかかわらず、ジールの声は一度も聞こえなかった。

 そうしてついに、お父様の固い声で通達が下る。


「お前を勘当する。二度と顔を見せるな」


 カンドウ……、って、なんだっけ。

 二度と顔を見せるなって、ちょっとお父様。

 隣の部屋から初めてジールの声が聞こえた。でもそれは「失礼します」と部屋を辞する言葉で、お父様の言葉に対する反論でもなんでもない。

 ということはつまり、全て受け入れちゃったってこと?


「ジールお兄様!」


 すぐに部屋を飛び出したけど、廊下に既にその姿はない。嘘でしょはっや。


「え、ちょ、……あっ、ルプス!」

《……小さな姫君も知恵がついたね》

「都合いい時だけ出てきてるくせにつべこべ言わないで、あんたならジールの居場所わかるでしょ」

《はいはい。わかりますけど、その前に背後注意ですよお姫様》

「なに──」

「エレナ、来なさい。立ち聞きの言い訳を聞こうか」

「……はぁい、お父様」


 そうだった、部屋の前だった……。



 こってり絞られたあとの廊下にはもちろん、ジールの姿は屋敷のどこにもなかった。

 それは、ジールの部屋も例外ではなく、少しの荷物を残して跡形もなくなくなっているそこを見て、やっと『カンドウ』の意味を知った。




 #




 王立士官学校。

 騎士も魔法騎士も、必ずここでの三年間の就学が義務付けられている、いわば彼らの第一関門のような場所。

 第一関門とはつまりそれだけ厳しい世界ということで、この三年で脱落した者はおとなしく夢を諦めるしかないという。そんな所にジールは行ってしまった。


「ってことは、騎士様になられるということですの!?」

「そうなりますね」


 学校の真ん前まで来といてなんだけど、ついに私の扱いにも慣れたらしいロザリーは一切動じるそぶりもなくただ控えてる。さっさと門番さんに事情を説明しに行く冷静ぶりである。


「こんにちは。面会をお願いしたいのですが」


 お父様に絞られてる間に消えてしまったジールは、確実に全寮制であるこの学校にいる。

 ロザリーは私の三日三晩のお願い攻撃についに折れて、「少しだけですからね」と何度も釘を刺されながらやって来た次第である。


「どなたにご面会ですか」

「ジール・グレイフォード様です。後ろの方はわたくしのお嬢様のエレナ・グレイフォード様ですわ」

「……わかりました。では、こちらに日付とサインをお願いします。ああ、侍女殿のお名前だけで結構ですよ」


 その間にもうひとりの門番が近づいて来た。


「ジールの部屋までご案内いたします」


 にこりと笑いかけられて、その人懐こさに好感を持った。見た目的にはジールと同じで十代前半の少年らしさが伺える。


「よろしくお願い致しますわ」


 お出かけ用の少し短めのドレスの裾を摘んでちょこんとお辞儀をすれば、彼の目がきらりと光った。


「へぇ、あいつマジでお貴族様だったのか。なぁお嬢様、ジールが勘当されて家名を名乗るのも禁じられたというのは本当です?」

「は?」

「ステファン!」


 すると、ロザリーの相手をしていた年上らしい騎士様が鬼のような形相で叫んでいるのがチラと見えたが、そっちに意識をいつまでも持っていかれない。

 それよりも、にやにやと面白いものを見つけたとでも言いたげな少年の言葉に唖然としてしまっていた。

 家名を名乗るのも禁じられた?

 何それ知らない。知らないし、なんでこの子は知ってるんだ。


「エレナお嬢様」


 ステファン、ステファンといったか。


「お嬢様」


 いい度胸じゃないか。面白半分なんだろうけど、私は今気が立ってるんだ。さっきの好印象が吹っ飛ぶくらいには今の発言失礼すぎるんだけど。


「よろしくてよ。その喧嘩、買わせて頂きましょうか」

「エレナ様!」

「喧嘩?」

「ステファン! 非礼を今すぐ詫びろ!」

「命令された謝罪など、あたくし受け取るつもりは毛頭ございません」


 未だ自分が何を言ったのかもわかってないらしい少年騎士見習いくんに最上の笑顔をプレゼントしてあげる。十代になったエレナちゃんの愛らしさと少しの大人っぽさが混じったそれは、最近では私の武器になりつつある。


「どのようなつもりか存じ上げませんけれど、ステファン様? ですが、今あなた様はその貴族令嬢の怒りを買ったのですわ。わかりやすく申し上げるならば、あたくし金輪際、あなた様から案内を受けることはございませんわ」


 言い切った瞬間、すっきりしたけどロザリーから厳しめの叱責を含んだ「エレナ様」が飛んできた。最近は怒られてばかりでどうしよう。


 このことがどう伝わったのか知らないが、騒ぎを聞きつけた上官と思わしきおじさん二人に連れ去られた少年騎士見習いに代わり目の前に現れたのは。


「ベンジャミン!?」


 真っ赤な髪に映える学校の制服である紺の軍服に身を包んだ彼は、驚きのあと満面の笑みを浮かべた。


「エレナちゃん! ひっさしぶり」

「なっ、お前!」

「待って、待ってくださいって! 事情があるんですって!」


 待ってはこっちのセリフなんだけど!なんでみんな黙って士官学校にいっちゃうの!


 

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