第39話 五回生
第一王子の言う通り、正式に飛び級の通達が来てお父様を盛大に喜ばせた。
留年からの快挙に、しかし間違いなく私の力ではないことが非常にしんどい。というか地獄。
飛び級者は当然のごとくトップクラスに編成される。勘弁してくれ。
「エレナ様、飛び級おめでとうございます!」
新学期のクラス分け、最後の悪あがきで見てみたけどしっかり五回生の欄に名前があって、当然のようにフレデリクの名前も鎮座していた。
にこにこと、自分のことのように喜んでくれたミザエラは、私より確実に優秀な成績だったにもかかわらず順当に進級するそう。信じられん。
「さすがはエレナ様ですわ」
苦笑いしかない。
落ちこぼれと言うに相応しい私が飛び級なんて、不平不満が出てもおかしくないだろうと、無駄とわかりつつも無駄な労力をもってロベルト殿下に伺ったところ、「飛行魔法が使えれば十分飛び級の理由になるさ」とどこをどう見てもテキトーな返事が返ってきた。手紙で。
もちろんロザリーには中身なんて見せたりしない。怖かったもの、お説教。本当に。
お父様は第一王子から私的に手紙が来たと下手な野心丸出しの満足げな笑みを浮かべていた。ああ、味方などいなかった。
「クラスも、学年まで変わってしまって大変悲しいです。いえ、エレナ様のご進級を祝福していますのよ! ですが……。……いえ、このようなことを申し上げるのはいけませんね。わたくし、たまに会いに行ってもよろしいでしょうか?」
「……ええ、ええ。もちろんよ」
なんて可愛い。自己完結しながら眉を下げてちょっとその目をうるっとまでさせて。思わずぎゅーっとしそうになるのをぐっと我慢した。
「エレナ!」
喜色満面の叫び声が背中からかかったのもあるが。
振り返らなくてもフレデリクだとわかるが、まあ振り返らないわけにはいかないので殊更ゆっくり後ろを向けば、想像どおりの人物が人の道を悠然と歩んできた。王様ぽい。王子だけども。
「俺は嬉しいぞ! やはり俺の婚約者であるからには優秀でいなければな!」
ええ、そうですね。では本物の優秀な婚約者をお探しになってはいかがですか。
なーんて口が裂けても言えないから、にっこり笑って軽くお辞儀をした。
「ご機嫌麗しゅう、フレデリク様、エドワーズ様」
少し後ろ、最近背が伸びたフレデリクの陰に隠れるようにして歩いてきた彼にも声をかければ、俯きがちだった顔を驚きに染めて勢いよく向けてきた。可愛い。
ただ、代償に同じ顔の不機嫌さマックスの顔もセットになったけど。
「お、おは──」
「行くぞエレナ。教室は今日から塔が変わったのだから。ひとつ下のクラスまでは下級生と同じ塔だがな」
言葉を遮られ蔑むような視線を浴びたエドワーズは、すぐさま顔を伏せてしまった。
うわあ、その視線目の前のあなたの婚約者にももれなく突き刺さることを考えもしないのだろう彼は、そのまま歩きはじめた。ついて来いということですね、はいはい。
「失礼いたします、エドワーズ様。ミザエラも」
言ってる瞬間、戻ってきて腕を取られたけど。行きますってばごめんなさいって。
「なぜエドワーズ兄上に挨拶などする。お主は俺の婚約者であろう!」
いやいや、それはそうですけれど。
「挨拶もしないなど失礼ではありませんか」
「お主やお主の家をどうこうできる力はあいつにないぞ」
建前もぶん投げてあいつとか言っちゃったよこの王子様。
「というより、人としての礼儀ですわ。たとえば先ほどのような場合、ロベルト殿下でしたらミザエラにもご挨拶なさったでしょう」
「…………兄上のは、少し、違うのではないか?」
そうだね私が悪かった。
「とにかくです。挨拶は大事でしてよ。次からはフレデリク様もあたくし以外の方にもきちんと挨拶なさってください」
「何故だ」
「今のあたくしの話聞いておりました?」
「……お主は俺の乳母のようなことを言う」
いや、まあ心は完全におばさんだけども、仮にも婚約者を乳母はないだろ。
いいだろうなってやろうじゃないの。そのまま乳母として扱ってくれたら婚約する気失せないかな。
「フレデリク様?」
「わかった、わかった」
ぶすっとしてるけど、一応了承したらしいフレデリク王子は通り過ぎた男子学生に「おはよう」とぶっきらぼうに声をかけた。即実行できる素直さは私嫌いじゃないですよ。
びっくりしたらしい男子学生はそのまま固まってしまってて申し訳なかったけど。
それからしばらく第三王子の挨拶回りは続いた。というか、彼のマイブームになってしまったらしく、会う人間全てに声をかけていくから、それに慌てて答える声とで騒がしさも倍以上になってしまった。
近所迷惑で苦情が来やしないか怯えていたら、代わりに第一王子から手紙が来た。
曰く、
『会う大臣会う大臣、息子娘が第三王子に声かけられたと言ってくる。やるねえ君』
とまあこんな風には書いてなかったけど、三枚に及ぶなっがい手紙を要約するとこんなもん。絶対楽しんでるだろあの人。
お父様の機嫌はうなぎのぼりだけども。
このぶんなら新しいドレスを買ってもらえるだろうか。
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ところで、私のクラスの担任はまたまたダグラス先生だった。ダグラス先生!
目に見えてテンションが上がった私に、それこそエドに挨拶したときよりも不機嫌そうな顔をしながら、フレデリクがぼそりと。
「エレナが気に入っていたからな。腕も知識も申し分ない男だし」
担当教員として指名しておいた、と。
言い訳のように呟いた彼にいじらしさを感じてしまったのは不覚でした。




