第41話 限界
ドレス選びほど苦痛なものはない。
この苦行に長時間耐えられてるのは、ひとえにロザリーが目をきらめかせているからで、その様が死ぬほど可愛いと思えなければ裸足で逃げ出してる。冗談抜きで。
恨むべきは、第一王子。
遡るは数日前。
いつものように学校の授業を乗り越え、クラスにいつも通りミザエラが飛び込んできたあと。
「やあ私のお姫様」
そんなふざけた呼びかけとともに、キラッキラの笑顔を振りまいてきたのは。
「ロ……ベルト様」
あまりの衝撃に詰まってしまった。
そんな私を気にも留めず、颯爽とした足取りで距離を詰めてきた彼は、子供達の可愛らしい歓声をそのままの表情で受け止め、そうして私を見下ろしてきた。
「今日も愛らしい輝きを灯しているね、宝石の姫君。お茶会以来だけれど、私の知らぬうちに君は素敵なレディへ成長してしまうのだから、すぐにでも天界へ帰ってしまうのではないかと気が気ではないね」
ペラッペラとよくもまあ歯の浮くようなセリフを吐き出せるな……。これがイケメン王子であるが故の特権か。勝てない。
いや何に負けたのかわからないけど、でもなんか悔しい。
「ああ、エドワーズ」
ふっと顔を上げたロベルト王子につられて、思わず見やった先には、なぜかこそこそとしていたエドの姿。
割と体格のいい男子の制服を掴んでその背中に隠れようとしたみたい。無茶がある。
「調子はどうだい?」
明らかにおかしい状況を、しかしこの性悪王子は楽しんでるみたいにその紫眼を眇めてエドを捉えていた。
「あ、えと、……ば、万事順調です」
なんだその返事。口下手にもほどがありすぎるでしょう可愛い。
「お……僕、その、用事が、」
「そうか。それは悪いことしてしまったね。兄との久しぶりの歓談よりも大事な用事があるとは思わなかったものだから」
「あ……」
頬から血の気を失ったエドと、今の今まで王子の盾にされている哀れな少年の無表情さが、私はどうしても唇を緩めさせずにはいられない。我慢したけど。
「なんてね、冗談さ。元気で何よりだよ。さあ、行きなさい」
ロベルト王子の雰囲気が変わった。
チラ見すれば、エドを見る彼はとても優しげな表情をしている、気がす、る……?わからん。
でも、エドはホッとしたように肩から力を抜いて、「それでは」とあいさつもそこそこに教室から飛び出していった。
私を見もしないから、相当逃げ出したかったのか。兄上至上主義のフレデリクとはえらい違いだな。
「ねえ、愛らしくないかい? 全く真逆なんだ、うちの弟たちは」
こそっと囁いてきたその色気といったら。私のこと言われてるわけじゃないのに腰が砕けそうになった。やめてくれ十代。
……だがしかし、はじめて意見があったんじゃない?
「けれど、随分と態度が違いますのね?」
「ん?」
「フレデリク様に対しては、エドワーズ様と違って、その、」
「ああ」
合点がいったというように完璧な笑顔を浮かべて。
「どちらも同じくらいの愛さ」
清々しく言い放たれた。
理解不能。
「そうそう、今日はその弟のことで伺ったのだけどね」
「愛らしいエドワーズ王子のお姿を拝見させていただいたことですし、あたくしこの辺りで失礼させて頂いても宜しいでしょうか」
「おっと、見物料も払わないのにかい?」
クッソこの腹黒王子め。
「私の天使ちゃんにはまた降り立ってほしいな。我が王宮に」
私に拒否権など用意されていなかった。
そして、最初から最後までこの様子を見つめていたミザエラによって、『エレナ侯爵令嬢と第一王子との親密関係疑惑』が学年どころか学院中に知れ渡ることになる。余計なことしやがって。
いやごめん、ミザエラは悪くないね。気が立ってんだどっかの王子のせいで。
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さあさて。
今私が着てるのは何着目のドレスでしょーか。
数えるのも気が滅入るのでかなり前からやめました。答えはわかりません。
でも、空中にはおびただしい数のドレスが浮かんで私とロザリーとを取り囲んでます。
「今の流行はシフォンですが、どうでしょうか。お色はどういたしましょう。髪飾りはドレスに合わせて……」
最初はちゃんとひとつひとつ答えてたけど、もうすでにそんな気力はなく、ただの着せ替え人形に成り下がってる。ツラい。いい加減。
「あの、ロザリー?」
「はい、お嬢様」
可愛いは正義。可愛いは偉大。可愛ささえあれば我が人生に不足なし。
けれども限度はある。
「その、言いにくいのだけれど、そろそろ……」
疲れました。
そう言おうとして、ちゃっちゃか言っちゃえばよかったんだけど、詰まってしまった。それがいけなかった。
《ウチのご主人サマを疲れさせるのはやめてくれるかい、侍女殿。ワタシまで体力を持って行かれてかなわない》
一気に体全てを影から引きずり出してきたルプスは、そうしてその赤い目を細めた。
「ルプス!? だから、勝手に出てこないでという話をこの間ジールお兄様と約束したばかりでしょう!?」
《この侍女殿は君が信頼している人間だろう? ならば、告発などしないだろうし、そもそも隠し通すのが無理というものだよ》
「そおおおおいうことを言ってるんじゃないんだっての!」
わっかんないやつだなお前は!
《それよりも、君の侍女殿はとても運が悪いみたいだねえ》
「え?」
《よりにもよってワタシを飼ってる者に仕えることになるだなんて》
何言ってんの。そう言う前に、周囲に浮かんでたドレスが重い音を立てて残らず落ちた。
ルプスが黒い歯を見せて笑った。
「あ……、」
真っ青になったロザリーが、目を限界まで見開いてルプスを見ていた。ガタガタと震える体は異常なほどで、だんだんと発酵しているようにも見えた。
「ロザ、」
《限界かなぁ》
呑気な声とともに、ロザリーが膝から崩れ落ちた。




