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絡まる指の心地良さ

「し、死ぬ?」


 ばつの悪そうな顔をして、トモハルは口を噤んだ。マビルと視線を合わせないよう、自分の腕を見ている。


「どうして黙るの、言いかけたことはっきり言ってよ」

「いや、なんでもない」

「死ぬって、何。どーしてあたしが死ななきゃいけないの」

「なんでもないんだ」

「あーもーいらいらするーっ!」


 マビルの絶叫が部屋に響き渡った。けれど身動きがとれないので、トモハルを睨みつけることしか出来ない。


「……痛いことも、怖い事も。思い出させたくないだけだから、忘れてよ」

「何の事、何の話っ」

「思い出さなくていい、そのままでいいんだ」


 不意に、マビルは思い立ったことがあったので口にしてみる。

 それはマビルにとっては気にも止めなかったことで、けれどもトモハルにとっては非常に重大なことだった。


「まさかとは思うけど、トモハル、あたしが死んだ時のこと言ってる? それなら憶えてるよ、鮮明に。物凄く痛かったの」


 真顔でそう告げたマビルに、思わずトモハルは硬直する。瞳を大きく開いたまま、息をすることも忘れた。

 今まで。

 過去の事を思い出せていないと信じて疑わなかったのだ、トモハルは。マビルは、思い出していた。全て記憶を取り戻している。


「で、それが何? あたしは」

「ごめん……」


 トモハルはマビルを強く抱き締めた、温かい体温が身体中を包み込みマビルは喉の奥で悲鳴を上げる。嫌ではない、驚いたが嬉しかった。トモハルの声が震えているので、泣いているらしいということは分かったのだが、マビルには意味が解らない。


「な、なんで泣いてるの!?」

「泣いてないけど、その、ごめん」

「だから、何が」

「痛かったろ、怖かったろ……ごめん、俺が不甲斐無いばっかりに」

「確かに不甲斐無いけど、何なの!?」


 顔を上げて、マビルの頬にそっと触れながらようやく、トモハルは口を開いた。

 どうしても、自分が許せなかった事、それは。


「あの時。俺が手を離さなければ、マビル……死ななかったんだ」


 その言葉に首を傾げたマビルは、記憶を辿る。

 あの日。トモハルと手を繋いでいたが、アサギが走って来たので二人で手を振ったのだ。トモハルは両手を振った、だからマビルと自然と手が離れる形になった。 


「マビルは、あの日。魔族の男二人の魔法で……殺されてしまって。でも、その魔法は”標的が誰かに触れていれば発動しない”んだ。あの時、俺が手を離さなければ、マビル……死なずに済んだ」

「でも、それはもう終わった事よ」


 トモハルが力強くマビルの手を握り締める、そっと自分の頬に手をあて震えながら手首に口づけをする。そこにある手を愛おしく大切そうに見つめ。、指を絡めると頬を一筋の涙が伝った。


「手を……離さないと誓った、離したら今度こそマビルが消えると思ったんだ。戻ってこないと知っていた。

 でも、マビルは俺みたいなの相手にしないだろ、いつかは……離れて行くと思っていた。俺の事を好きにならなくても良い、どんな関係でも良いから繋がっていられれば、それでいいかな、って思い始めた。

 マビルの笑顔を見るのは好きだし、俺といるより地球に居たほうが危なくないだろうし。時折、姿を見せてくれたら安心出来たんだ、本当に。

 でも……頭で納得したつもりだったけど、納得出来ないらしくて、俺。やっぱり、嫌なんだ。全然マビル好みの外見でもないし、弱いけどさ……一つだけ、自信があることがあって。

 絶対、マビルの彼氏より、俺のほうがマビルのことを愛してる。それだけは、自信があるんだ。だから。その」


 上手くトモハルの言葉が頭に入らないマビルは、混乱中である。

 何も言い返せずに、ただ、されるがままに震える指先だけを見つめる。


「一つ、聞きたかったんだけど」

「な、何?」


 鼻同士がぶつかりそうな距離で、トモハルは静かにマビルを見つめて呟いた、思わず声がひっくり返ったがどうにか返事するマビル。


「俺の事、好きか嫌いかって聞かれたら、マビルは嫌いって答える?」


 脳内を整理させて欲しいマビルは、とにかく近すぎる距離のトモハルをどうにかしようと試みた。

 近すぎるせいで、上手く考えがまとまらないのだ。


「とりあえず、好きじゃない」

「それは嫌いって事?」

「き、きき嫌いとは言ってないけど、好きじゃない」


 悲鳴に近い声だった、マビルは冷静にならねばならないと思ったのだ。胸の鼓動をトモハルに聞かれるのが怖い、先程から心臓が跳ね上がっている。顔も熱いため、真っ赤であることも自分で理解できていた、それが恥ずかしい。けれども絡まる指は心地良くて離れたくないから、どうしようもない。


「二択だよ、マビル。好きか嫌いか。どちらか……教えて」


 反対に急に冷静になったのか、余裕が出てきたのか。距離を置きたいマビルを知ってか知らずか、トモハルは全く微動だせずにマビルを押さえつけていた。


「そ、その質問、答えるとどうなるわけ!?」

「俺の遠慮がなくなる」


 鼻が、触れた。

 思わずマビルは身体を小さくし逃げようとしたが、それではトモハルの思うツボである。縮こまった身体はさらに抱きすくめられる、拘束される。沈むベッドに押さえつけられ、確実に抜け出せない。


「幸せならそれで良いと思っていたけど、我慢の限界が来たからどちらか選んで、マビル。

 好きか、嫌いか。

 嫌いと言うなら本当に諦めるよ、金輪際近寄らない、城にも戻らなくてもいい。……戻ったら多分俺、監禁して外に出さないかもしれない。お金は通帳に入れておくからそこから持っていけばいい、足りなくなったら、ミノルにでも連絡してよ、振り込むから」

「な、何なの、監禁とかそのトランシス的発想は!?」


 狼狽するマビルを無視し、トモハルは唇を近づけた。


「嫌いでないなら、好きってことになるかな? 少しでいい、少しでもいいから、好きなら。今後好きになれそうな可能性が俺にも残されているのなら」


 トモハルが言葉を紡ぐたびに、吐息がマビルの唇に触れて背筋がぞくり、と震えた。全身に鳥肌がたった、気持ちが悪いわけではない、恐怖でもない。

 それは。


「答えて、マビル。俺は……彼氏からマビルを奪ってもいい?」

「なななな、何その自信!」

「自信はないけど、本当に……マビルを手放したくないだけだよ。それだけなんだ。何度も言ってる、好きだ」

「っ!」


 真剣な眼差しは鋭く、吐息は熱く、声は妙に艶めいて。綺麗な瞳は昔のままで、何より好きだと思った唇がすぐそこにある。

 マビルはようやく、声を絞り出した。


「き、きら、きらいじゃないって言ってるのに……っ」


 消え入りそうな声で曖昧な答えを口にした、嫌いではないなら。

 すっかり涙目のマビルだった、が、部屋が薄暗いのでトモハルは気づいていない。


「チャンスを貰えたと……判断して良いね?」

「し、知らない!」

「好きでなくても、構わない。絶対に何処の誰よりも何度も言うけどマビルを愛してる自信だけはあるんだ。これからでいい、これから少し、少し……気になる存在になればそれで」


 いや、多分好き……とマビルは口をぱくぱくさせたが、声が出ない。

 とうの昔から気になる存在で、好きだった。

 しかし、ここまで強引なトモハルを知らないので、対応が出来ない。


「おおおおお、おね、おねーちゃん! トモハル、おねーちゃんが好きでしょ!? ふ、ふた、二股っ」

「うん、大事な友達というか相方というか。愛するマビルの双子の姉だね、アサギは」

「つつ、都合が、良すぎるっ」

「……どうしたら俺がさ、マビルしか好きじゃないって信じてくれる? 他の人はどうでもいいんだけど」


 一向に離れないトモハルは、徐々に体重をかけてきている気がしてマビルは眩暈を覚える。身体に触れているトモハルの体温で、こちらの血が沸騰しそうだ。必死に、抵抗した。抵抗しているのは、素直になれないから、恥ずかしいから、照れるから、そして……嘘をついているから。抵抗と言っても微々たるもので、ただ今までの不満を口にしているだけの事。


「め、メイド! メイド達と仲良くしてるっ」

「大事な従業員さんだ、マビルの住み易いようにお城を綺麗にしてくれる。……それに」


 不意打ちがきた。いきなり話していたトモハルの唇が、マビルの唇にそっと触れたのだ。


「っ!?」


 それは二秒ほどだったが間違いなく、触れた。柔らかくて暖かい、少し乾き気味だった唇。


「ごめん、限界だった」


 悪びれた様子もなく、目の前でトモハルはそう言うと小さく笑う。


「マビルがさ、女の子の友達がいないみたいで心配で。……気の合いそうな子を探してたんだ。人見知りするだろ?」

「よーよ、よけいっ余計、な、おせ、おせわっ」

「他に質問は?」


 こんなトモハルは、知らない。何も考えられない、質問などどうでも言い。早く続きが欲しい、もっと自分を好きだと言う言葉と態度が欲しい。

 マビルは、目の前のトモハルをそれでも知っていた。心の奥底で待っていた、こんな強引な態度は知っていて望んだけれど、どうにも素直になれなかった。想いなど、上手く言葉に出来ない。

 いつまで経っても素直になれなかったが、トモハルなら、なんとなく。

 例えばいつかそっぽを向いていたクロロンが、懸命なチャチャのアプローチで仲良くなったように。

 上手くトモハルへの想いを表現出来ない自分を、丸くしてくれる気がして。素直になれなくてもそこをひっくるめて可愛がってくれる気がして。


「じゃ、じゃあ!」

「ん?」


 言葉を、一度飲み込んでマビルは呟いたのだ。勇気を振り絞る時が来た。


「あ、朝まで手を繋いで眠って。でも、それ以外は何もしちゃ駄目。……それが出来たらトモハルがエロ大魔王じゃないって、考えてあげてもいいんだからっ」

「信用してくれるんだ?」

「出来たら、だよ!? このぴちぴちうるとらびゅーてぃマビルちゃんの隣で、ちゃんと、手を繋いでてよ!? でも、何もしないでね!」


お読み戴きありがとうございました、ブログを確認したところ、あと10話くらいで完結出来そうです。

もう少し、お付き合いくださいませ。

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