まがいものデートの結末
「っ!?」
急にシートを倒されて、そのままトモハルが覆い被さってきた。逃げる間もなく顎を持たれて唇を塞がれる、無理やり口が開かれて舌が入ってきた。上がる体温に赤面する、足をばたつかせたのだが、トモハルの力が強すぎて跳ね除けられない。
「ん、んんっ」
呼吸もままならず、ただひたすら口付けをされる。解放されたのは、何分後だろうか。力なく、ぐったりと寝そべっているマビルを見つめると、荒い呼吸でトモハルは舌打する。ハンドルを思い切り殴りつけた。
「男なんだよ! 俺は、マビルの彼氏じゃない男なんだ! 勝手に部屋に入って、俺のベッドで寝るなっ。彼氏以外の男と気安く出掛けるな! 何度も言っただろ、俺はマビルが好きなんだから、こうなって怖い目に遭うんだよ!」
再度舌打すると、エンジンをかけて車を動かす。
助手席で震えているマビルを直視できず、トモハルは顔を顰めた。
「気持ち悪いだろ、俺。それでもマビルが好きだからさ、こうなるんだよ。……二人で出掛けるのは懲りたろ?」
返事が無いマビルに、流石に不安になったトモハルは車を脇道に止めた。肩を震わせて泣いてる、やりすぎた、と唇を噛み締める。力一杯頭を掻き毟ると、自分への怒りを必死に押し殺す。
「彼氏の家に送るよ、何処?」
「…………」
「ごめん」
「…………」
「好きなんだ、感情を上手く制御してマビルと二人でいられないんだよ」
「…………」
「ごめん」
「……その道、真っ直ぐ」
無言だったが突如言葉を発したマビルに、少し安堵したトモハル。泣き声であったし、横を向いているので表情は見えないが、それでも口をきいてくれたことが嬉しかった。
しかし、額に吹き出た汗を拭うと、押し寄せてきた恐怖にトモハルは自嘲気味に笑う。車を再び動かし、言われた通りに真っ直ぐ進む。
行き先は恐らく彼氏の家だろう。着いたら彼氏に殴られるつもりだった、キスしてしまったし、泣かせたのだから。
シートを起したマビルはバッグからハンドタオルを取り出して、丁寧に涙を拭くと何かを探すように周囲を見渡す。街灯が増えてきた、住宅街なのだ。
「あんたさ、いっつも女にこういうことしてるの?」
窓を開けて夜風に当たりつつ、はっきりと言ったマビル。もう、泣き声ではない。
憤慨してトモハルはハンドルを殴りつけた、大きい音に思わず恐怖で縮こまるマビル。
「するか! 俺は好きな子としか二人で出掛けない! 出掛けたこともない!」
「……そこ、左」
気まずい空気だが、マビルは的確に行き先を指示する。道案内以外、二人が会話することはなかった。
「そこ、真っ直ぐ」
「変わった場所にあるんだね」
住宅街を通り抜けて徐々に灯りが少なくなる、高い山に登っ行く。この山を越えるのだと思っていた、山の頂上に家などはない。山を越えれば、新たな住宅街が待っている。
その山の頂上にあるのは。
「ここ、入って」
「は?」
車が、停止する。
唖然とそれを見上げるトモハルの隣で、マビルは無言である。
「待て、ここ」
「ここ、入って。いーから、入って!」
「駄目だよ、ここ、彼氏の家じゃないだろ!?」
「ここなの! いいからっ」
悲鳴に近い声を出すマビル、トモハルはしかめっ面でもう一度、それを見上げた。
うっすらとしたピンクの光が妖しい、可愛らしい外見の建物だ。どこをどう見ても、ラブホテルである。目立つように華美なライトで照らされており、入口の門を抜けると、数台車が停車してある。ナンバーが見られないように、隠す板が用意されているのでラブホテルだ。新しくはない、以前からある少し古めかしい建物だった。無意味に入口には噴水があり、これもライトアップされていた。
休憩、深夜休憩、ご宿泊……トモハルは言葉を失う。
「入って。いいから、何も言わずにあたしの言う事を聞いて、ここに入って」
「さっきの話、聴いてなかっただろ!? 俺は」
「ちゃんと聴いたから、入ってよっ! 聴いたから入って、って言ってるの!」
ぼたり、と涙がトモハルの手に落ちて来た。
マビルが、泣いている。再び泣き出した、しかし真っ直ぐにトモハルを睨みつけてきている。その気迫に押されて言葉に詰まったトモハルは、仕方なく、震える手でハンドルを動かした。
適当に停車すると車から降り、建物に入る。
どうやら車を停めたら自動的に部屋が決まるシステムだったらしく、二人は迷うことなく一つの部屋に案内される。
そしてその部屋に、入った。
「……俺、初めて入った」
「あたしも」
靴を脱いで天井を見上げつつ呟いた二人は、ようやく顔を見合わせる。二人して一目散に散らばり、距離を置いた。
部屋の中は薄暗い紫の光だった、ようやくとんでもない事態に気づきトモハルは冷や汗を全身から吹き出す。狼狽し、右往左往部屋中を歩き回るが、マビルには近づかない。
「ま、マビル。俺、床で寝るから。不安なら手を縛ってもいいし」
必死に考えた案を告げてみたが、数秒後にそれには返事せずマビルが小声で呟いた。
「ここ、憶えてる?」
「え?」
入った記憶など、ない。
マビルは暗がりで動いている、直視出来なくて反対側を向いたトモハルの背に、ぼそぼそと語りかけた。
「ほら免許とって、最初のドライブでトモハル、迷子になってここを通ったの。綺麗な建物だったから、あたし気に入ってさ。『行きたい』って言ったら赤面してトモハル、教えてくれたの。ここ、ラブホって言うんでしょ? えっちするトコなんだよね」
言われて思い出したので、気まずそうに振り返ったが、悲鳴を上げる。腰が抜けて倒れ込むトモハル、その目の前でマビルはワンピースを脱ぎ捨て下着姿で立っていた。慌てて手で目を覆い隠し、見ないようにすると噛みながら必死に足を動かし離れようとする。
純白のレースがふんだんにあしらわれた、可愛らしい下着だった。目に焼きついて離れないので、頭も豪快に振り続ける。
「マビル、いい加減に人をからかうのもっ」
「トモハル、嘘つきだもん」
離れるトモハルと反対に、大股で歩き出したマビルは壁際に追い詰めると逃げられないのを良い事に、そのまま。
殴りつけた。
凄い図だ、下着姿で悲鳴を上げて小さくなるトモハルに、殴る蹴るの暴行を加える。暫くそのまま殴られ続けていたトモハルだが、なんとか冷静さを取り戻すとマビルの腕を軽々と掴み、近くにあったベッドに投げ込んで押さえつける。
「ほら、怖いだろ!? 何考えてるわけ!?」
覆い被さり、皮肉めいて笑ってみるがマビルは怯まなかった。
「全部嘘でしょ、こういうトコ、来た事あるんでしょ!? 何が『初めて来た』なの、大嘘つき! あたしのこと好き好き言ってさ、嘘ばっかり! き、キスだって上手いし、今だって手馴れてる! 軽がるとベッドに押し倒したり、車の中だって無造作にキス出来るし、あたしの裸なんて見ても冷静! 毎晩女を大量にはべらして、いかがわしいことしてるんじゃん!」
「はぁ!?」
顔を顰めたマビルとトモハル。
「嘘つき変態、どエロトモハル! あんたなんかだいっ嫌いだ!」
「嘘つきで変態で、どエロな男とラブホになんか入るなよ!」
マビルから離れると、トモハルは踵を返す。
「……朝、迎えに来るよ。お金はちゃんと払って説明して、俺、車で寝るから」
「嘘つきで変態で、どエロじゃないって、説明しないわけ!? 認めるの!?」
叫んだマビルは、再びベッドに押し倒されて小さな悲鳴を上げた。
唇をまた、塞がれそうになったが寸止めされる。互いの鼻が触れそうな位置で、トモハルが睨みつけていた。
「……ずっと、何度も言ってる。出遭った時からマビルが好きだ、マビルしか見てない。……愛してる」
「言葉、言葉が安っぽい!」
艶めいた表情と、熱っぽい声色、真剣な眼差しに赤面したマビルだが、幸いというか生憎というか証明の光のおかげで、ばれずに済んだ。
「そ、そうやってさ、誰にでも言ってさ、ついてくる女を食べちゃうんだ!」
「言ってない! 俺は、マビルが」
急に言葉を飲み込んだトモハルに、マビルは首を傾げた。何を言おうとしたのか、気になった。
「俺、は、さ。俺は」
「証拠見せなよ! あたしが好きだって証拠、ちゃんと見せてよ!」
言った途端、強引に抱き締められ、トモハルの重みがマビルに圧し掛かる。ベッドが沈むが、それだけだ。
震える腕で抱き締められた、呼吸が上手く出来ずマビルは硬直したまま天井を見つめている。トモハルは、小さく、ようやく耳元で囁いた。震える声と身体に、そっと腕を回したくなる。
「本当は、行かないで欲しいんだ。ずっと、好きだったんだ。必ず、俺が幸せにしてみせるから、他の男と仲良くしないで欲しいんだ。
でも、俺は……マビルに死なれたら生きていけないから、だから」




