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◆おねーちゃんの謎日記

 いつの間にかワインとグラスが下げられていた。

 あるのはティーポットとカップと、焼きメレンゲみたいな可愛いお菓子。


「暇なら見るか?」

「マビルちゃんは忙しいけれど、折角だから見てあげる」


 淡々と差し出されたものを開くと、写真がずらりと並んでいた。

 アルバムだ。

 スマホがあればいくらでも写真の保存が出来るけれど、こっちのほうが宝物みたいで好きだな。

 殆どおねーちゃんとトビィの写真だけれど、たまに勇者たちが写っている。

 わかーい! かわいー!


「これ、いつ頃の?」

「魔王ミラボーを倒した後」

「へー……」   


 この頃からおねーちゃんとトモハルは仲良しだった……ん? 

 なか、よし?


「あれ? ねぇ、なんでおねーちゃんの隣にミノルがいるの?」


 つい、疑問を口にした。

 大体トビィとおねーちゃんの写真だけれど、集合写真だとおねーちゃんの隣にミノルがいる。

 おねーちゃんの隣にいるのは、トモハルだと思っていたのに。


「アサギの()()だから」


 ん? もとかれ? 元カレって、前の彼氏って意味だよね?


「は、初耳!」

「トモハルから聞いていないのか」

「う、うん……」


 知らなかった、驚いて目の前がチカチカする。

 複雑だね、トモハル。

 親友と片思いの女の子が恋人だったなんて、報われないね。


「トランシスはその後?」

「あぁ。ミノルの浮気で別れ、その後トランシスと出逢った」

「へ、へー……」


 言葉に詰まるほど、びっくりしてる。


「おねーちゃん、男の趣味悪すぎ……」

「オレもそう思う」


 絞り出した率直な感想に、トビィが同意した。

 でしょうね。

 我が姉ながら恐ろしい。

 似なくてよかったと、心底思う。

 トビィやトモハルが近くにいてトランシスとミノルを選ぶだなんて、目が腐っているとしか……。

 そっか、おねーちゃんの元彼って、ミノルだったのか。

 トモハル、可哀そう。

 ……おねーちゃんをやめて、あたしにしとけばいーのに。


 竜たちは嫌がっていたけれど、数日ココに滞在した。

 釣りを教えてもらったり、トビィの家から見える蒸気が噴出する間欠泉を見たり、周囲を散歩したり。

 文句は言われるけれど、あたしの分のご飯はきちんと用意してある。

 作っているのはトビィだ。

 単純に煮たり焼いたりの料理だけれど、どれも美味しい。

 世界を駆け巡っているトビィは美食家だものね。

 ただ、誰かと一緒に食べるご飯は、それだけで美味しいな。

 居候中のあたしが寝る場所はリビングのソファだったけれど、平気。

 誰もベッドを貸してくれなかったけれど、この場所でよかったと思っている。

 だって、夜中でも誰かが通るから寂しくない。

 あたしの知らないおねーちゃんとトモハルの話を聞くことも出来たし。

 嬉しかった。

 ずっとここにいたいと思ったけれど、数日空けてしまったので、そろそろ帰ろうかな。

 あたしがいなくても気にしていないかもしれない、でも、一旦。

 嫌だったら、またここに戻ればいいか。

 ……でも、億劫だなぁ。


 それなのに、気づいたら。

 ……お城に戻っていて、慣れたベッドで眠っていた。

 ここで眠れないのは、広すぎるから、一人きりだから。

 そう思っていたのに、その日からきちんと眠れるようになったの。

 クロロンとチャチャも一緒だし。

 その原因は、トビィがくれた茶葉のおかげかな。

 美味しいうえに、気持ちが軽くなる。

 下手なお酒より、よく眠れると思った。


 そして、夢を見るようになった。

 トモハルが毎晩あたしの手を握ってくれる夢だ。

 温かくて大好きな手は心地よく、握り返した。

 夢に思えなくて毎朝目覚めるけれど、隣にトモハルはいない。

 悲しいけれど、夢らしい。

 ……夢にトモハルを登場させてしまうほど、渇望しているのだろうか。

 わぁ、あたしキモイ。

 手を見つめる。

 トモハルの手が、とても懐かしい。

 だから、毎晩見る夢の中でトモハルの手を強く握る。

 あたしは何をやっているの?

 誰か、教えて。

 おねーちゃんなら、きっと教えてくれるのに。

 トビィ、早くおねーちゃんを返して。

 おねーちゃんがいてくれたら、きっとこんなことにならなかった。

 と、不満を吐露したところでおねーちゃんは戻らないだろう。

 流されているようで、とても芯が強い人だったから。

 だから、あたしも一人で生きていく。


 最近クロロンとチャチャは何処かへ出掛けているらしく、あたしは置いてけぼりだ。

 二匹一緒だから、寂しくないのかも。

 暇を持て余していたので、お出掛けすることにした。

 ふと、出掛ける時はメモを残して行けと言われていたことを思い出し。

 何気なく、書き記す。


『お空のお城に行く』


 書いたメモを、部屋の机の上に置いた。

 ただ、トモハルはこの部屋に帰ってこないので見ることはないのかも。

 それでも、なんとなく。

 気分で書き残した。

 見て欲しいという願望か、きちんと約束を守っているという意地か。

 トモハルは今日もフリフリ軍団に囲まれ、楽しそうだった。

 やれやれ、あんな男のどこが好いのやら。

 あたしはそんな集団の横を通過し、お城を出たの。

 後ろでトモハルに名を呼ばれた気がしたけれど……振り返るもんか。


 天界のお城には図書室がある。

 そこにおねーちゃんが書き記したものが保管されているとトビィから聞いたので、読みに来たの。

 適当にぶらぶらと、図書室を歩きまわった。

 その中はお花の香りが漂っていて、とても心地よい。

 まるで、お花畑の中に佇んでいるみたい。

 こんな場所にいたら、本を読むどころか寝てしまう。

 ふと、足を止めた。

 立ち止まった本棚を凝視し、気になる本を手にする。


「……おねーちゃん?」


 深い海の底に似た色合いの本は、表紙にも背にもタイトルがない。

 開こうとして、全身に怖気が走る。

 心臓がドクドクと激しく動き、息苦しくなった。

 読んではいけない本かもしれない、けれど、とても気になる。

 意を決してパラパラとめくると、見慣れたおねーちゃんの文字が飛び込んできた。

 あぁ、やはりおねーちゃんが書いた本だ。

 開くと、先程の圧迫感が嘘のように消えて。

 広い場所に座ったあたしは、最初から読むことにした。

 内容は出掛けた場所の特色が記載されているもので、まるで世界のガイドブック。

 ……これ、こんなところに置いておくより、地上で見られるようにすべきじゃない?

 ところが、途中から内容が妙なことになった。


『ミラボー様は、ウルスラさんと出逢えたのに。そうですね、生きるというのはとても難しい。だからこそ、生きて僥倖に巡り合いたいと願うのでしょう』


 ミラボー様?

 ミラボー様って、おねーちゃんが倒した魔王の名前だよね。

 あの、大きく膨れ上がった気味の悪いやつ。

 ウルスラって、誰? 

 出逢えたって、なんだ?

 おねーちゃんは、何を記載したの?


「これ……」


 乾いた口から零れた言葉とともに立ち上がり、あたしは一気に図書室を飛び出した。

 これは、おねーちゃんが()()()()()()()()()()()では。

 ここにいないのに、記載できる。

 そんなこと、普通は出来ないよ、出来ないけれど。

 おねーちゃんならやりかねない。

 もしこれがあたしの直感通りであれば、おねーちゃんは何かを伝えたいに違いない。

 ううん、生きて何処かにいて、迎えを待っているのかもしれない。


「トビィ、トビィ! 見つけたの!」


 あたしが会うべき人物は、トビィだ。

 彼なら間違いなくあたしの話を聞いてくれる、そして仲間たちを招集し、話を進めてくれる。

 おねーちゃんに会えるかもしれない、その期待に胸が躍った。

 何処にいるんだろう、クレロに居場所を聞いて……。


「きゃっ」


 走っていたら、身体が吹き飛ばされた。

 慌てて本を抱きかかえ、歯を食いしばる。


「けふっ」


 壁に叩きつけられ、目の前が真っ暗になる。

 遅れて、耳に爆音が届いた。


「な、なに?」


 悲鳴を上げる天界人たちは、あたしを見て口々に何か叫んでいる。

 なに、聞こえない。

 耳の奥でぼぅんぼぅんと変な音がしているの、眩暈もする。

 阿鼻叫喚の混乱の場に立ち上る一筋の煙の向こう側に、人影が見えた。、


「逃げなさい、マビル」


 ようやく声が聞こえたけれど、逃げるってどういうこと? 

 理解が追いつかなくて、あたしは恐々瞳を凝らす。

 見れば、多くの天界人が険しい顔つきで一点を見つめていた。

 武器を手に持ち、今にも襲いかかりそうな雰囲気。

 どういうこと、敵襲ってこと?

 一体、どんな奴が攻撃を仕掛けたの?

 左脇に本を抱えたあたしは、慌てて左手首の装飾品を撫でる。


「お願い、助けて」


 その武器はおねーちゃんが所持していたもので、使用者が望む形状に変化する不思議なもの。

 武器の扱いが不得手なあたしは、おねーちゃんのように剣や槍、弓を用いて戦うことが出来ない。

 でも、杖なら扱える。

 舌打ちして出現した杖を構えると、ゆらりと動いた人影を睨みつけた。


「それはアサギの武器だろう?」


 声を聞いて、血の気が引いた。

 トランシスだ。

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