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◆あたしは要らない子

 少しでもトモハルの近くにいたかった。

 だって、このままだと身体も心もドンドン離れてしまう。

 砂浜にいるトモハルと、沖へ流されていくあたし。

 戻れなくなる気がして、怖い。

 だから、あたしも会議に出席しようと思い、頼みこんだ。

 そうすれば、お仕事中も一緒だもの。

 同じことを考え、悩み、答えを探したい。

 あたしだって、役に立ちたい。


 あたしの席は、トモハルの隣だった。

 背筋を伸ばして大人しく話を聞きながら、忘れないように大事なことを書き留めていく。

 地球で購入した可愛いノートとペンを持って来てよかった。

 今日の議題は観光客の誘致について。

 今は『元勇者が国王として治めている』という珍しい理由でそこそこ観光客が来ているけれど、彼らの興味を引くものがなければ一度きりで終わる。

 固定客はもちろん、方々(ほうぼう)でこの国の特色を語ってもらうための何かが欲しい。

 なるほどなるほど、ふむふむ。


「大都市ジェノヴァにはない目玉を用意したい。似たようなもので固めても、所詮紛い物だから」


 ジェノヴァはこの世界で最も観光客が多いとされる場所で、あたしも好き。

 華やかな劇場を始めとする娯楽が揃っているし、海にも山にも面しているから食材が豊富で、美食の最先端だ。

 そもそも治安が良いから、女子供も安心して過ごすことが出来る。

 重要だよね。


「アサギ様の美術館及び資料館について、すでに準備は整っております。それを目玉に、類を見ない豪華な宿泊施設を建設すべきだと思います」

「宿泊者は安く入館できる特典をつけるといいよね。もしくは、土産屋で優待を受けられるとか。それから、宿泊施設は『豪華』よりも『もてなし』の心を大切にしたいな。そもそもアサギは華美なものではなく、簡素なものを好んだ。素朴な中にある上品な美しさを見出す子だったよ」


 つらつらと語るトモハルの横顔を見ていた。

 真剣な表情は凛々しく、張りのある声は胸に響く。

 名残惜しいけれど横顔から視線を外し、用意された設計図を見た。

 門をくぐると左側におねーちゃんの美術館と資料館が建っているけれど、それがここの目玉になるらしい。

 一体何を飾るんだろう?

 おねーちゃん、嫌がりそうだけどな……。

 譲り受けた武器はあたしが所持しているし、正直に言うと展示物に不安がある。

 だいじょぶ?

 あと、トモハルが言っていた『おもてなし』というのは日本の宿のことを指すのだろう。

 先日の豪華なホテルもそうだったけれど、スタッフの態度が素晴らしくて、お姫様になった気分。

 ただ、あのレベルを目指すのは相当難しい気がするなぁ……。

 この世界(惑星クレオ)であんな最高級宿に泊まった記憶は、ない。

 従業員の教育に骨を折りそうだけれど、客を出迎える場所は毎日美しい花を飾るとか、そういうのならできそう。

 一輪でいいから、生き生きとしたものを見てもらうのだ。

 陶芸家の作品に花を生けて、気になった物は宿泊施設のお土産屋さんで購入できる……とか。

 そういう、国民たちの作品で溢れる場所にしたいなぁ。

 あと、宿泊施設にはスパが欲しい!

 それならあたしの得意分野だから、張り切っちゃう!


 会議を中断し、皆で昼食を食べた。

 本日のメニューは、緑がかった色の濃厚な豆のスープとパン。

 会議の食事は、この国で店を持ちたいと願う料理人が作っているらしい。

 食べた者の8割が美味いと認めたら、出資金を出すんだって。

 すりつぶした豆や芋類に細かく刻んだ野菜とお肉が入っているスープは栄養満点で、とても美味しかった。

 それに、パンも香ばしくていいな。

 スープに浸して食べると柔らかくなるから、二度美味しいし、お皿も綺麗になる。

 あたし、これ好き!

 料理人は会議室に招かれていて、食事をしている皆の意見を隅っこで聞いていた。


「美味しいけれど、田舎臭いですな。少々物足りない、というか」

「仰る通り、美味い。だが、あまりにも素朴。旅から戻り、『あぁ、またあのスープを飲みたい』と思い返せるかどうか……。味も見た目も印象が薄いのですよ」


 故郷のスープを広めたいという夢を抱き来てくれた若い料理人は、俯いて話を聞いていた。

 身体が微かに震えている。

 悔しいよね。

 それにしても、感じが悪いおっさんどもだなぁっ。

 マビルちゃんが美味しいって言ってるんだから美味しいし、絶対に流行るよ。


「そうかな」


 言われっぱなしの料理人が気の毒で、我慢の限界がきたあたしは声を出した。


「食材を全てこの国のもので揃えたら、『どれも美味しい国産品』と謡えるし、名物になると思うけど。お肉なしにすれば女性や老人に好まれるし、そもそもこれはお腹に優しいよ。朝食として売り出せばすぐに食べられるうえに腹持ちがよいし、確実に需要はあると思う。寒い時期は露店で売り出せば、温まるために購入する人が増えそう。あたしは推すケド」


 突然発言したあたしを怪訝な目で見てくるおっさんたちが多かったけれど、トモハルは拍手をしてくれた。


「うん、これは俺も好き。それに、食事をするのは旅行客だけでなく、国民もだ。こういった素朴な料理は飽きがこないし、毎日食べられるから需要はあると思う。『あのスープが飲みたいからまた行こう』とはならないかもしれない。けれど、『あのスープ美味しかったなぁ』と思い出してもらえる味だと思う」

「豆の種類を変えれば、色も変わるでしょう? 数種類用意したら見た目も綺麗で楽しいし、味を確かめるために、次は別のスープを食べたいってなると思うよ」


 あたしとトモハルの意見を聞き、料理人は嬉しそうに微笑んでくれた。

 出資金を出すかは、次の会議で決めるらしい。

 その時、別のスープを用意するよう伝えていた。

 再挑戦の場が設けられたことを知った彼は、深く頭を下げて帰っていく。

 いいじゃん、好感が持てる。

 あたしはこの料理人を推すよ、毎日朝食として食べたいと思ったから。

 頑張って!


 さて、マビルちゃんは頭を使ったので、少し疲れてしまいました。

 美味しかったのでたくさん食べてしまい、お腹がいっぱいで苦しいし。

 あぁ、トモハルはかっこいいな。

 普段はヘラヘラしているのに、会議中はこんなにもキリっとして真面目で頭が良さそうで素敵なのね声も心地よくて眠気を誘って。

 すぴー……。


 目が覚めたら、ベッドに寝かされていた。

 あ、ヤバい。

 爆睡していたらしく、外が真っ暗。

 どうしよう、料理のことしか発言していない。

 メモも午前中で止まってる。

 折角あたしの意見を言えると思ったのに。

 頑張って考えたのに。

 偉い人は下の人の為に頑張るものだっておねーちゃんが言っていたから、胸を張って発言したかった。

 とりあえず、お腹が空いたから夕食を食べに行こう。

 不甲斐無い結果になってしまい、気落ちして歩いていたら。

 聞き覚えのある声が聞こえてきたから、耳を澄ました。

 わかった、このダミ声は料理人に辛辣な意見を言っていたおっさんどもだ。


「やれやれですなー」

「疲労困憊ですよ。トモハル様は真面目で一本気な御方だが、マビル様の存在は国に不利益ですなぁ。何故あのような者をお傍に置かれているのか」


 嫌だな、あたしの悪口だよ。

 勿論、会議中に寝てしまったあたしが悪いけれど、さ。


「アサギ様の妹君とはいえ……居座って寝て食べるだけ。常日頃から我侭を言い、王を困らせていると聞きます」

「あぁ、聞きましたぞ。『遊びたいから仕事を休め』と、王を振り回しているとか。心優しい王はどうにか叶えようと、不眠不休で仕事をなさっている。王の株は上がりますが、あれでは心労で倒れてしまう。おいたわしや……」


 めっちゃ失礼。

 あのさ、そこまで困らせていないでしょ。

 それに、トモハルはフリフリ衣装の女どもに囲まれてデレデレしているから、無駄に元気だよ。

 

「アサギ様が残られ、()()()()()()()()()()()()()()()()ですな。もともと王と親しかったのはアサギ様であろう? 双方が揃えば無敵の国になったものを」


 ……今。

 何を言った、このおっさん。

 おねーちゃんと比べられても困る。

 あっちは輝かしい勇者様でしょ? 

 

「同意ですなぁ。そもそも、王がマビル様を傍に置かれるのは、()()()()()()()だからですよ」


 ……え? 

 血の気が引いた、気がする。

 足から力が抜けていくようで、目の前が揺れた。

 地震みたいに、ぐわんぐわんしている。

 どうしよう、立っていられないくらい気持ちが悪い。


「マビル様を護るよう、アサギ様に言われたそうで。いやはや、断れませんよねぇ。でなければ、誰が好き好んであんな金食い虫を傍に置きますか。確かに……可愛らしい容姿をしていますが、王の誕生日に祝いもしない、ふてぶてしい蓮っ葉な娘ですぞ」


 かねくいむし?

 はすっぱ?

 というか、ちょっと待って。

 ……トモハルは、おねーちゃんにあたしのことを頼まれたの?

 だから一緒にいてくれるの?


「アサギ様に頼まれては、無下に断るわけにもいくまい」

「数年前のマビル様は、少しでも気に入らない相手を殺していたと聞く。消えた村もあるそうで……おぉ、怖い怖い! クワバラクワバラ」

「何か事件が起きたら、犯人はマビル様でしょうなぁ……怖や怖や。しかし、進言出来る者はほぼいない。王の威光を笠に着て、やりたい放題」

「犯罪者を囲っている国、そんな評価をくだされそうですなぁ」

「出て行ってくれませんかねぇ」

「本当に。あぁ、困った困った。邪魔だ邪魔だ」


 過去、人を殺したことは認めよう。

 街も破壊したというか、燃やした。

 それも認める。

 でも、あたし、もう。

 何も、しないよ。

 そんなこと、しないよ。

 しないよ……。


「アサギ様の妹などという肩書が無ければ、死刑ですぞ」

「そもそも、血の繋がりはないのであろう? 慈悲深いアサギ様が機会を与え、妹として迎え入れたとききました。犯罪者は更生せず愚行を繰り返すのみで、例外など有り得ぬというのに」

「恩を仇で返すような輩でしょう。今日も会議中だというのに、人目を気にせず爆睡ですよ。遺憾極まりない。威勢の良いことを言っていましたが、料理人が若い男だったからでしょうな。()()()()()()()のでは?」

「いやいや、すでに関係を持っていたのかも。阿婆擦れですからねぇ」

「あれが傍にいては、王の評判や威厳が落ちますぞ」

「アサギ様であればよかったのに」

「同意。アサギ様の代わりに消えてくれればよかったですなぁ……」

「我が国には不要ですなぁ、汚点ですよ」


 ……言い返すことが出来なかった。

 追いかけて、スパーン! って殴りつけようかとも思ったけど。

 当然、あたしよりも、おねーちゃんのほうが……欲しいよね。

 それは、あたしだって解る。

 でもね、そうじゃない、そうじゃなくて。

 違うの、そこじゃない。

 ねぇ、トモハル。

 おねーちゃんに頼まれたの?

 だからあたしを傍に置いているの?

 ねぇ、おねーちゃん。

 どうしてあたしのことを、トモハルに頼んだの?

 ……おなか、すいたけど、ごはん、いらない。

 おへや、もどる。

 おへや、いたくない。

 おしろ、いたくない。

 まどから、でていく。

 あぁ、どこへいこうかな。

 あたし、メーワク? 

 あたし、ジャマ?

 あたしは、いないほうがいいの?

 昔、たくさん悪いことをした。

 多くの人を殺した事実は消えないんだ、でも。

 おねーちゃんに誓って、殺さない。

 今度は助ける側にまわるんだ。

 我侭だってあんまり言わないようにしているつもり。

 頑張ってるんだ、これでも。

 ただ、ただ、あたしは。

 前みたく、トモハルと一緒にいたいだけだよ。

 優秀すぎる双子の姉の、出来損ないの双子の妹は。

 何でも出来る光の姉の影で、ひっそりと。

 おねーちゃんに護ってもらい、生きていくの。

 おねーちゃんの近くにいた、光の勇者と共に。

 光の勇者も、おねーちゃんみたく優秀だから、ああしはひっそり近くにいる。

 影は、光がないと生きていけないから。


 ……おなか、すいた。

 ふらふらと、お城を出て、街を出て、空を飛んで、別の街へ。

 おなか、すいた。

 迎えに来て、迎えに来て。

 トモハル、迎えに来て。

 いつか出逢った街のビルの隙間で立ち尽くす。

 数年前、トモハルと出逢ったその場所で、あたしは。

 一人、空を見上げて降り出した雪を見ていた。

 おねーちゃん、おねーちゃん。

 ……助けて。

 トモハル、トモハル。

 助けて。


 翌日、城に戻ったら血相を変えたトモハルがすっ飛んできた。


「よ、よかった、無事で」


 昨晩はとても寒かったので、あたしは風邪気味だ。

 凍死しそうだったので、結局光を求めて地球へ行った。

 地球は夜中も明るくて、24時間営業のファミレスやネットカフェがある。

 寂しさを紛らわせるのに、便利だった。

 辛い人が逃げ込める……こういう安心できる場所が、この国にもあったらいいんじゃないのかな。

 そんな意見を出しても、却下されそうだけど。

 なぁんにもする気が起きなかったあたしは、ネットカフェで一晩中丸くなっていた。

 光もあるし、人もいる。

 だから、影は混ざることが出来たのだ。

 ひっそりと、眠ったけれど。

 やはり、お布団がないと寒かった。

 空気が乾燥していたから、喉も痛いし。


「馬鹿なの、無事だよ。あたしが負けると思う? トビィには勝てないけれど、あんなのそういないでしょ」

「何を言っているんだ、女の子じゃないか、危ないし、負けるよ」


 怒り口調でそう言われたから、ムッとしたけれど、どうにも身体がダルイ。

 反論する気力がなくて、視線をトモハルから逸らした。

 温かいお風呂に入って、クロロンとチャチャとともにきちんとベッドで眠ろう。

 つきまとうトモハルを避けて部屋へ行こうとすると、廊下の銅像が粉砕されてるのが目に入った。

 なんだ、ありゃ?

 どうやったらあぁなるの?


「ねぇ、あれ、どうしたの? 強盗が入ったわけ?」

「え、あ、あぁ、……あれね。うん、新しいメイドさんにさ、こう……肩を叩いて『頑張ってね』って触ったら、変態と叫ばれて叩きつけられて。それで壊れた」


 は?

 なんて?


「怪力じゃん、どんな女。っていうか、バカじゃないの。女に気安く触れちゃダメって習わなかった?」

「ははは、そうだよね。……あのさ、マビル。何処へ行くのも自由だけれど、メモでいいから行き先を教えて欲しい」

「えー」


 不意に真剣な眼差しで見つめられ、思わず目を吊り上げる。

 迷子の猫じゃないんだから。

 あたしは一人でも平気だし、迷子になんかならない。

 それとも、あれかな。

 ……おねーちゃんに言われているから、あたしを護るってこと?

 他所様に迷惑をかけないか、監視したいって?

 保護者か。

 あぁ、苛々する。

 なんだか熱っぽいし、足元がふらつくし、声を出すと喉が痛いし。

 最悪だ。


「約束して、マビル。束縛はしない、でも行き先だけは必ず教えて」

「……あーもー、煩いなぁっ! 分かったよ、ちゃんと言うよっ」


 そう叫んだら、トモハルは大きく溜息を吐いて笑顔であたしの頭を撫でた。


「ありがとう。そして、おかえり」

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