45. 掘り出されたもの
こうして、ダーマを先頭にシギミヒとニャキ、メセが地下へと続く扉をくぐり、今度は私とハステとオーリスの三人が部屋に取り残された。なんだかんだでシギミヒはどうやら交渉の潤滑剤たる私の存在など完全に忘れ去ってしまっていたようだが、私は一体何のためにここに居たのだろうか。ほとんど喋らなかった。
ニャキがハステをこの場に置いていきたがった理由は前述のとおり理解することが出来たが、結局のところシギミヒがメセをダーマから引き離したかった理由はなんだったのだろうか。ニャキが危惧したようにダーマがハステを人質に取るようなことがあれば、その時はニャキは最も単純で効果的な対抗策に出るだろう。シギミヒ自身を人質としてメセに拘束させればいい。護衛が離れた場所に居れば、それはメセにとっては赤子の手をひねるより容易い。いくらシギミヒが愚鈍でもそれを予想できないほどではないとは思うが。
だとすれば危惧するべきはやはりその秘密兵器とやらだ。一体どのような絶大な威力を持つ兵器なのかは知らないが、仮にそれでメセを無力化出来るとすれば、上階に残った私たちを手早く押さえ込む手段としてダーマを温存させることにも意味がある。結局最終的にダーマを下に連れていくことで妥協したのは、多少余計に時間を掛けようともここに残った私たち三人程度であれば一般の山賊団の構成員だけでもなんとかなるであろうと予測したからなのだろうか。
「ふむ…何がなにやら、まったくわからない…」
閉まった扉を見つめながら、ハステが腕を組んで目を細め、そう言った。あなたは撒き餌にされたのだ。と、教えてやるわけにもいかない。
「ハステさん、あなたはここに来た目的について説明を受けていないの?」
オーリスがまるで未就学の小さな子供に呼びかけるように軽く首をかしげてハステに声を掛けた。相手の精神の造りを第六感で知ることが出来るオーリスがそのように振舞うということは、ハステは実際そのような人間であるのだろう。
「貴女は…ええと、確か以前ニャキ殿とメセ殿が一晩世話になった…」
「オーリスって言うの。改めてよろしくね」
オーリスが微笑みかけると、ハステは背筋を伸ばし、例の敬礼動作を取った。
「私はハスタリメノ。ハスタリメノ=フィノケリと申す」
「銀髪だったんだ。顔初めて見たよ。今日は涼しそうだね」
「うむ、涼しいですな。いや、そんなでもないな。オーリス殿、苗字はなんと?」
「え?エジヤだよ。オーリス=エジヤ。都会の人ってみんなそんな風に苗字を気にするものなの?」
「よろしく、オーリス=エジヤ。ふむ。そして、うん。なんの話だったかな」
「あなたはニャキさんたちとは少し違うような気がしたから、ひょっとしたら旅の目的についてよく知らされてないのかなって」
まるでオーリスのほうがニャキらの旅の目的についてハステよりもよく理解しているかのような口ぶりである。ニャキらがハステと別行動をしてオーリスの家に宿泊した晩、彼女たちの間でどんなやり取りが交わされたのか、今となっては私もいくらか気にかかるところだ。ニャキの旅の目的が適正者の勧誘あるいは人体改造を目的とした強制的な拉致であるのなら、オーリス自身もまたその対象となる可能性がある。そして仮にそうであった場合、オーリスはその能力によって危険を既に察知しているはずだ。だとすれば人攫いから身を守るための手段としての情報を入手する先としてハステという人物を選び、眼鏡をやたらと光らせる女が居ないこの状況を利用するのは正しい判断だ。
「ううん、うむ、いや、ある程度知らされているはずだが…秘密任務だ。それについて口外は出来ない…。しかし…」
口ごもりながらも、ハステはまっすぐ私の方へと体の向きを変えた。
「ヌビク。昨日の一件については私はまったく聞かされていなかったし、認めるつもりもない。ずっと抗議を続けている。おまえとあの外国人の少女がどういった関係だったのか詮索はしないが、彼女の死についてひどく悲しんでいたのは見れば分かった」
実際あの時自分が何を考えていたのか私自身あまり理解していないのだが、ハステの目には悲しんでいるように映っていたようだ。同僚を惨殺した仇の死を悲しむなど不謹慎なことだし、彼らの死に対する冒涜にもなり得る。私は急いで首を横に振った。
「ヌビク…?」
ハステが不安げに私を見た。私は首を振った理由について説明する必要があったが、正直に言っても彼女を混乱させるだけなので話を逸らした。
「きっとサトヤ…あのメメトー人のほうから先に攻撃を仕掛けたんでしょう…。だとすればその襲撃はひどく脅威だったはずです。抵抗の結果として殺害したところで正当防衛ですよ。むしろ僕と彼女の関係を詮索しないことに感謝します…」
今度はハステが首を横に振った。
「確かに彼女は無視できない脅威だった。だが私が許せないのはその後だ。敵とはいえ、何故殺害した後でその遺体を蹂躙する必要があったのか理解できない。ニャキ殿は遺体の蹂躙こそが目的だったような話しぶりだった。そうだとすれば…先制攻撃を行ったのがどちらでも関係無い、最初からあの少女を殺すつもりだったのではないのだろうか」
「敵同士であればどちらが先でも攻撃を仕掛けるのは異常なことではありません。予め相手が確かに敵だと分かっていたんでしょう。ニャキさんは軍事の関係者ではないんですか?」
「今は平時だし、軍人なればこそ理由の不明な殺しを看過できない。それを説明しないことも同様だ」
僅かの沈黙を置いてから、オーリスがゆっくりと口を開いた。
「…昨日の昼ごろ森の中で戦闘があったのは見ていないけど知ってるよ。遠くに居たけど、私には手に取るように分かった」
ハステが首をかしげた。
「どういうことですかな…?」
「ハステさんには話してなかったね。私も超能力者なんだよ。私が送った『お手紙』、開いてくれたよね?」
「おお…!」
今頃思い出したらしく、ぽんと手を叩いた。
オーリスは続ける。
「昨日起こったことは全部感じていたよ。その子が死を確信した瞬間も、亡くなった瞬間も、それと亡くなった少し後…一瞬だけ彼女の感覚が戻って、すぐに消えたことも…」
「えっ?」
私は驚いて振り向いた。オーリスは私とハステを交互に見ながら続ける。
「遺体を蹂躙したと言ったけど、一体その時何をしたの?あれはまったく普通じゃなかった。今まで感じたことのない、ぞっとするような感覚だった」
「一体何をしたのだろう。まったく分からなかった…」
ハステが予想通りそう答えたので、私が横から言った。
「メセが死体の首を掴むと、死体が煙を上げながら灰になったんです。ニャキさんはその行為を『同化』と呼んでいました。その後、『能力の回収が出来た』という言葉も漏らしていましたので、それが同化の目的だったと僕は思います」
すると、先ほどの沈黙よりも一回り長く間を置いて、再びオーリスがため息と共に言った。
「そうかぁー…。それが能力を他人に渡す手段なのだとしても、それをやると灰になっちゃうんだね…。だったらさすがに頼まれても…無理だなぁ…」
私は彼女の顔をまじまじと眺めた。彼女は指を唇に当て、私たちの靴の間の地面を見ながら瞬きを繰り返している。健康的に日焼けしているはずの彼女の肌は心なしか青ざめて見えるような気がする。
「オーリスさん。彼女たちと初めて出会った日、あなたの家でニャキさんは何を話したんです…?」
「ははは…なんだろうね。ハステさんから説明できる?」
今のやり取りの内容を必死に理解しようと努めていたらしいハステは名を呼ばれると雷に打たれたかのように顔を上げ、驚愕の表情と共に鋭く言った。
「そうか、そういうことだったんだ!今ようやく繋がったぞ!確かにニャキ殿は旅の目的について、メセ殿のような力を持つ人間を探し出して『その力を手に入れる』ことだと私に告げた。しかし私はそれはもっと平和的な勧誘だと思っていたのだが、そうではなく…あの『同化』とやらがそれだったということか!」
もうとっくに分かりきってはいたが、ハステはついに秘密任務の内容をぶちまけた。
「やっぱりそこまでしか聞いてなかったんだね。でもその同化って言うのをあの晩のうちに私に対してやらなかったってことは、平和的に連れて帰ることが出来る相手ならそうするつもりなのかもしれないよ。でも、連れ帰った後で何をするのかは知らないし、私はこれから…どうしようかなあ…」
そう言いながらオーリスはハステに何かしらの合図を送りたかったようだが、ハステは目配せを敏感に感じ取れるような人間ではないし、そもそもその行為を見ていなかった。
「ラン=ダーウェと呼ばれる人物についてはどうだろう。平和的に連れて帰れる類なのだろうか。そうでないとすれば…まずいことだ!また殺しが行われることになる」
そう言って彼女が地下室へ続く木の扉の近くまで走り寄った時、背後の窓の吹き抜けの下からシギミヒの大きな声が聞こえた。
「おおーい、待っておくれよぉー。今、ランちゃんの首を掴んで…一体何をしようとしたんだい?同化ってなんのことだい?」
扉を開こうとしていたハステも含め、私たち三人は窓際に駆け寄り、声の聞こえた眼下の発掘場を見た。
「どういうことだ」
「まだ少しも経ってないぞ。なのにまさかいきなり同化を試みたのか…?でも、成功しなかった…?」
見下ろす先に、何故か地下牢へ行ったはずのニャキとメセが現れた。どうやら地下牢の出入り口は一箇所ではなく、反対側の階下部分にも存在したらしい。二人は背後から追って来る何かから逃れるように大急ぎで駆けている。
「メセ!一体どういうことですか!説明しなさい!…はい?違いますよ!同化の仕組みについてではなく、どうして同化が出来ないのかをです」
ニャキは興奮した様子でメセにそう問いただしていた。メセは何かしら返答したようだが、彼女の囁くような小さな声は私たちの耳までは届かなかった。
しかし彼女らの背後から姿を見せたシギミヒの思わせぶりな言葉で私は状況を理解出来た。
「不思議だねぇー。どうしていつもの超能力が使えないんだろうねぇ。この発掘場は実に不思議だ。ボクが発掘したアレは本当に一体なんだったんだろう。キミたちは何か知らないかい?」
それが秘密兵器だったのか。
一体どういった理屈なのかはまったく知る由もないことだが、どうやら以前にゼームが意味ありげに私にその存在を伝えた、発掘された『考古学的価値のある遺物』とやらの影響で、あの発掘場では超能力が封じられるらしい。確かにおあつらえ向きの代物だ。
「メセちゃん?キミはきっと本当にすんごい強いんだろうねぇ。その強さ故の驕りがアダになるんだ。皮肉なもんだね」
驕っていたのはメセではなく、むしろそれを使役していたニャキのほうだろう。いつも通り冷静な無表情を湛えたメセとは対照的に、ニャキは眼鏡をずり下ろして冷や汗をかいている。
「ハステさん、何をぼさっと見ているんですか!貴女は私の護衛でしょう!早く剣を抜いてこちらへ来なさい!私とメセを守るのです」
彼女が上階の窓辺に居る私たちの姿に気付いて、右手を振り回した。その手にはメセが狩りの際に使ったもののような鋭利な短剣が握り締められている。武器を抜いているということは既に戦闘状態に入っているということだ。
これまでのシギミヒの話から考えて、ラン=ダーウェは生かしたまますんなり連れて帰ることができるような状態だったとは考えにくい。それは彼女が友好的な性質か否かという次元の話ではなく、きっと生存させたまま連れ回すことすらまず困難であることが一目見て分かるほどの姿をしていたのだろう。
そしてニャキらがその姿を見た直後あるいは直前に、シギミヒは超能力を封じられたメセに対し攻撃行動に出た。切羽詰った彼女らは大急ぎで同化を行ってからすぐさま脱出あるいは反撃しようと試みたのだろうが、その時になって初めて異変に気付いたに違いない。
「何がなんだかまったくわからんですが、すぐ参ります!」
再度ハステが地下牢へ続く扉に近づこうとしたが、私はその手首を掴んで引き止めた。
「そっちはいけない!」
その瞬間、扉が開きダーマが現れた。
「反対側の通路にも階段があるみたいだ!僕らはそこから行きましょう!」
シギミヒがダーマを地下へやりたがらなかったのは力が使えなくなるからだ。つまりあの発掘場まで逃げ込めば少なくともダーマの脅威は大きく下がる。他に脅威が無いとはまるで思えないが。
「わかった!先に行け!おまえは丸腰だろう!私がしんがりで奴を止める!」
「無理ですよ、先生!早く!」
私は掴んだままのハステの手首を離さず、そのまま駆け出した。
「案の定、追って来ない」
階段を下りながら脇の窓から見てみると、ダーマは先ほどの部屋の窓から私たちの姿を眺めるだけで、それ以上動こうとはしていなかった。それで一瞬安心してしまったが、すぐに問題に気が付いた。きっと出口へ繋がる道はあそこしかないのだ。ダーマがあの部屋を塞いでいる限り、私たちは誰も外へ出られない。
そもそもなりゆきで私も一緒に逃げ出してしまったが、ハステとオーリスはともかく、私は一応山賊団に味方していることになっているのだから、逃げる必要はまったく無かったのだった。しかし女たちを逃がすことに協力した時点で、既に私ももう奴らに信用はされないだろう。
「ひいいいいぃぃぃー!!」
一体何が起こったのか。駆け下りる私のすぐ後ろで、唐突にオーリスが恐怖に満ちた叫び声を上げた。大急ぎで振り向くと彼女は踵を返して階段を駆け上がろうとしていた。
「待って!戻るのもいけない!」
私はさっきハステの手を掴んでいた手で、今度はオーリスの手を掴むことになった。
「わ、わからない!急にわからなくなった!」
彼女はその場にうずくまり、階段にへばりついてしまった。
わけがわからないのは私のほうだが、同じくまったくわけのわからなくなった様子のハステも不安げに声を上げる。
「い、一体どうしたんだ!」
「急にみんながわからなくなった!周りに誰も居ない!ハステさんも、ヌビクリヒュくんも…」
そういうことか。件の遺物に十分に近付いたのだ。超能力を封じる場の影響を受けたらしい。それはどうやら近付くにつれ徐々に効果を及ぼす性質のものではなく、一定の距離を境界にして零か百かで一気に影響を与えるもののようだ。
「い、いやだ。あたしはこっちには行かない!」
オーリスはまるで彼女の妹のように子供じみた駄々をこね始めた。顔を見ると、既にぼろぼろと涙を流して泣いていた。彼女はおそらくかなり幼い頃から周囲のあらゆる人間の感情を読める能力と四六時中共にあったのだ。それが失われることは、通常の者にとって視力や聴力を奪われることに等しい恐怖なのかもしれない。
「駄目です。もう連中とは敵対してしまったんです。動かないと捕まりますよ!」
「ひいぃぃ!た、助けて!助けて」
オーリスは完全に錯乱してしまった。するとハステが私と彼女の間に割って入り、その背中に手を置いて、力強く呼びかけた。
「私が助ける!だから、さぁ、立って!私から離れなければきっと大丈夫」
「うわああああん」
オーリスはハステに手を取られて立ち上がったが、彼女はほとんどハステの腰に抱きつくようにくっ付いていたので、ハステは彼女もろとも転ばないように階段を歩かせるのでやっとだった。これではオーリスの超能力どころか、ハステが頼りないその剣で私たちを守ることすら期待できない。加えて私は丸腰だ。
「とにかく、ここから脱出しなくてはいけません。昨日、発掘場には掘り出した土を外に吐き出すトンネルが存在すると聞きました。そこを目指す他は無い」
「やったな!出られるぞ!それはどこにあるんだ」
「わかりません」
のろのろと歩く彼女らに先んじて下の様子を確認しようと、私は歩を早めた。ようやく階段の終点に辿り着き、地下に大きく広がる発掘場を見渡すと、先ほどニャキたちが出て来た牢獄へ通じる道の他にいくつか別の通路が散見される。どれが外へ通じているのかは知りようがないし、そこまで辿り着ける見込みも極めて低い。
「おい、上の様子はどうなってんだ?」
不意に、私の真横のすぐ近くの距離から聞き慣れない声がした。それまでまったく気が付かなかったが、そこには抜刀した男が一人立って、間違いなく私に向けて話しかけていた。どうやらニャキとメセがこちらの出口から上へ逃げないようにここを塞いでいたらしい。
「ああ…残った女たちは…ダーマが捕らえたよ…」
「今しがたの叫び声がそれか。可哀想に。手荒な真似しなくてもいいのに…。下の二人もこっちには来そうにねえな。大丈夫そうに見えるが、一応次の指示通り、トンネルを塞ぐ連中に加勢するとするか」
「そのトンネルはどこに?」
「そっか、おまえは知らないんだな。その正面の一番広い通路の先だよ。よし、付いてきな。俺が案内…」
その時、背後から唐突に突き飛ばされ、私はうつ伏せにぶっ倒れた。
「成敗!!」
いまだ腰にオーリスを巻き付けたままのハステが現れ、私と話していた賊の脳天に全力でまっすぐ刀を振り下ろした。
「峰打ちだ。安心しろ」
声を出す暇も無く賊は私の隣にぶっ倒れ、失神した。あるいは死んでいるのかもしれない。刀の峰で脳天をぶっ叩かれたら運次第では死ぬ。
「ニャキ殿ーっ!メセ殿ーっ!!」
ハステはオーリスを引き摺りながら、広い発掘場の中央辺りに居た二人に向けて呼びかけた。
「はぁ!?一体何を遊んでるんですか!早く来い!」
何人かの賊たちはそこへじりじりと距離を詰めているが、その人数は十人にも満たない。山賊団の総数と比べると明らかに少ないし、階上の窓越しに見張りをしていた者達も既に移動を始めたのかそこに居ない。どうやらシギミヒは女たちをこの場で一気に捕らえるのではなく、どこかもっと便宜のいい場所へ追い込もうとしている様子だ。
離れた場所をのんびりと歩いていたシギミヒが舌打ちした。
「やっぱり反対側から逃がしたのか。あのポンコツ、ホント役に立たないな。あぁ、そっちは後回しで良いよ。どっちにしろ逃げられやしないんだ。…ん?ヌビクくんも、なんでそこで一緒になって遊んでるの?」
私は起き上がりながらシギミヒの表情を窺ったが、既に騙せるような空気では無い。
「…先にホルズの要求を跳ね除けてハステさんを捕らえようとしたのはそっちだからね。今更僕が居ても居なくてもあいつの殺意をコントロールすることなんて出来ない。つまり僕なんかもう用無しだろ」
「うわぁ、やべぇ。そこまで考えてなかったよ。あいつどうしよう。それ以前にあいつどこ行った」
その時、例のトンネルが存在するとされる正面の最も広い通路の奥から男たちの怒声が響いてきた。さらに何かがぶつかり合うような大きな物音も連続した。
「なんだなんだ?」
その姿は見えないが、明らかに複数の人間による戦闘が行われている様子だ。
「おい、なんだよ!何が起こってんの。て、言うか、こんな時に暴れる奴なんて一人しか心当たり無いんだけど」
即ちホルズだ。
「ヌビクくぅん、謀ったね!?」
おそらく上階の窓から外へ出て、昨日ゼームがそうしたように外壁を伝ってこの先の排出トンネルから入り込んだのだろう。だとすれば彼が戦っている相手は彼を追いかけて来たセリトとリデオだと思われるのだが、今聞こえた怒声は明らかにその内の誰のものでもなければ、人数もかなり多かったようだ。
「あっちだ」
メセがニャキの手を引いて、物音のした方へと一気に駆け出した。
「よく分からないものを当てにしたくはありませんが、状況的にやむを得ないようです。あの騒ぎに乗じましょう」
意を決したようにニャキも走り出し、右手の刀を振り上げたハステも続く。
「うおー!私も行きますぞ!ほら、オーリス殿、立って!走りましょう」
「ううっ、うっ…うっ…」
オーリスは泣き止む様子は無いが、ハステに手を握られようやく自力で走り出した。
その時、音がした通路の先に一人の人影が出現した。
「…ホルズ…?」
血液の付着した幅広の諸刃の剣を握り締めたその人物は何故か顔面を布で巻いて覆い隠していたため、はっきりとホルズであると認識することはできなかった。その人物の背丈は長身のホルズとさほど変わらないほどに見えたものの、体格はいくらか細身のようだったし、肌をまったく露出させない黒ずんだ衣服も先ほど見た彼のものではなく、私の記憶にある誰のものとも一致しない。
その人物は少しの間立ち止まってこちらの様子を観察していたが、すぐにまた走り出して通路の反対側に消えた。そしてその先でまたも戦闘の音が響く。
「あんな奴気にするなよ!与えた指示に集中するんだ!女の子たちを追い詰めろ!どうせこの先はずっと遺物の影響下なんだ。さぁ、走りな!」
私たちは位置的に、奇妙なことだがニャキたちを追う賊どもの後ろを追う形となった。少し離れた距離でシギミヒも駆け出す。
「ヌビクくん、やってくれたねぇ…!そうだよ。あの狂犬がボクの完璧な作戦で唯一の不安要素だったのさ。女の子たちを捕らえるまでの間だけでもキミがあいつを封じ込めといてくれれば、キミもあいつも別に見逃してあげてもよかったのにさ」
「悪いけど、知らない。今一瞬見えた人物も、僕にはホルズじゃないように思えたけど」
「へぇー、それはだいぶ無理があるね。今更命乞いでもする気かい?しかしどうあれボクのほうが一枚上手だったようだね。これは言ってなかったけど、秘密兵器は二つあるのさ…。人間より強くて、適正者でもない、第三の戦力がボクの手の内にある。キミのホルズがどんなに強くても、勝ち目は無いね!」
私はすぐにはっと気が付いて、不快な形に歪んだシギミヒの微笑を見やった。
「残った奴隷も虫に変えるつもりなんだな!」
「…ええっ!?どうしてそれを知ってるんだよ!」
シギミヒは金色の目をまん丸に見開いた。彼がダーマからどのような報告を受けていたのかは知らないが、どうやら森で虫化させた村娘たちの戦闘実験の相手となったのが私たちだとは聞いていなかったようだ。
「キミはホントに一体なんなんだ!どっちにしたってもう遅いけどねぇ!既に下ごしらえはしてあるんだから!後はボクが引き金を引くだけだ!」
吐き捨てるようにそう言い残すと彼は方向転換し、戦闘が行われた方とは違う通路へと引っ込んだ。
「駄目だ。させない」
あいつは殺さなければならない。私にも出来るはずだ。
背後からハステの呼び声が響く。
「ヌビク!おい待て、どこへ行く!」
「ニャキさんたちの進んだ正面の一番広い通路の先がトンネルです!そのまま追ってください!」
私はそう叫んで、シギミヒを追うため彼女たちとは違う道へと進んだ。




