7話 マシュマー
このダークエルフのギャング達の巣窟、グラントの地下の奥、だだっ広い大部屋に、ここのボス、マシュマーはいた。
マシュマーはバイオリンを奏でていた。
地下中に響きわたる狂想曲、ソロで弾き、超絶技巧で奏でられた音色はまさに圧巻だ。
美しいバイオリンの音とその弾きぶりに、その場に連れて来られたシウランとルァは空いた口が塞がらなかった。
黒服の男達は静かに弾き終わるのを待つ。
バイオリンの弦が締めの高音を響かせて、周囲がしんと、静寂に包まれる。
「ボス、アレンティ兄弟がお見えです」
マシュマーはバイオリンを丁重に片付け、テーブルのソファに座って機嫌良く話しかける。
「よぅ、アレンティ兄弟、会いたかったぜ。ジャンのクソ野朗をよく始末してくれたみたいだな。気持ちがハイになったから一曲弾かせてもらったぜ。今夜はいい拾いもんもあってツイてるぜ」
マシュマーがテーブルの上に木箱を置く。
すると木箱から聞き慣れた声が聞こえた。
「キューン」
シウランの青い瞳孔がきゅっとしまる。
……まさか!
マシュマーは箱から子猫を取り出して、大事そうに胸に抱き、優しく小さな頭を撫でる。
思わずシウランとルァは目を合わせる。
キアだ!
「待たせて悪かったな、アレクサンダー。どうだった俺のラプソディは?」
シウランは顔をしかめる。
違う!
その子はキアだ!
なんだそのクソダサい名前は!?
堪らずシウランはマシュマーに話しかける。
「……いい猫だ……」
「だろう? 今夜、マヌケ野朗の家で手に入れたんだ。汚ねぇ部屋にいて可哀想だったぜ。おっと話しが逸れたな、報酬を渡すぜ」
「……報酬いらない……猫をくれ……」
その言葉にマシュマーは渋い顔をする。
「マジで言ってんのか? 残念だけどこいつは売れねぇ。ここはペットショップじゃねぇんだ」
シウランは食い下がる。
「……値段言え……。……言い値で買う……」
思わずマシュマーが身構える。
「しつこいな。売りものじゃねぇ。1本でも渡さねぇぞ」
ルァが追撃する。
「……5本だ……。……相棒を怒らすな……。……ここを血の海にしたいのか……」
ルァとシウランのハッタリと異常な執着心に気遅れしたマシュマーは頭をかく。
「アレンティ兄弟……。どうやらマジらしいな。わかった猫は渡そう。ただし条件がある。ウチの商品の取り引きを手伝って貰いてぇ」
シウランとルァがテーブルの下に手を隠し、握手する。
「……何をすればいい……?」
「ウチで最近手に入れたブツの取り引きだ。海賊の連中に捌いてもらいてぇ。あんたらの名前出せば、海賊の奴らも大人しくなる。それにウチの若いヤツにその手本を見せて欲しい」
ルァがシウランに必死に目配せをする。
海賊!?
できるわけないでしょ!?
もう無理、猫は諦めましょう!
ルァがそう心の中で呼びかけるも、シウランはすでに眼前のキアのことしか頭にない。
シウランが頷き、低い声で快諾する。
「……わかった……。……取り引きが終わったら猫をよこせ……」
シウランの凄みにマシュマーもたじろぐ。
「流石アレンティ兄弟……。金なんかに興味はねぇのか。あんたらの腕を借りるのに、猫が必要だったとは……。今夜はツイてやがる。さっそくウチの商品を紹介するぜ」
マシュマーが指をパチンと鳴らすと、部屋の壁が動き出す。
壁の向こうに隠し部屋が現れた。
隠し部屋の中には黄金に輝く金塊が山のように置かれていた。
黄金色が眩しく二人の目を照らす。
マシュマーがその部屋に入り、金塊を一つ掴んで見せる。
「ウチの新商品だ。ある遺跡で見つけた特殊な塗料で新種の鉱石に塗らせた偽の金の塊だ。こいつを気難しい海賊連中に渡して、特別な武器を貰ってきてくれ。なかなかハードな仕事だが、アレンティ兄弟がいれば怖かねぇ。いざとなれば海賊どもを始末できる」
ルァはもう引き返すことができない状況に絶望していた。
シウランは本当に金塊なぞに目もくれず、マシュマーに抱かれていたキアを凝視していた。
すぐに助けてやる!
待っててくれ、キア!
シウランは事態が悪化していることに、残念ながら気付くことは無かった。