48話 紛いもの輝き
ダキアの街は今や砂の団に制圧されつつあった。
警備の帝国兵や領主の私兵の殆どが人狩りで出ていった直後でもあり、裸同然の警備状況に砂の団が地下から地上に続々と出現した。
街の要所や商人の屋敷はほぼ砂の団の手中に置かれた。
当然、ベンガル大使館も武装した砂の団員達に囲まれていた。
大使館には火が放たれていた。
大使館の屋根の上に飾られたベンガル国旗が炎に包まれ、焼け落ちる。
ナレスが叫ぶように指示を出していた。
「誰一人逃すな! 敵はベンガル大使館にあり! 命の正否は問わぬ! 必ず領主を捕えよ!」
既に砂の団の前にはベンガル大使や多数の大使館の職員が捕縛されていた。
だが肝心の領主の姿がない。
ベンガル大使館の中に砂の団の団員達が次々に乗り込む。
炎で崩れる大使館の扉を見て、ナレスは唸る。
「領主はまだ見つからんか!? このままでは館が焼け落ちるぞ!」
ナレスの前に巨漢の男、カーリーが現れ、膝をつきながら報告する。
「将軍! 御主君の姿がありません!」
それを耳にしたナレスはハッとした顔して、炎に包まれる館を見る。
「まさか、悪郎め! 自ら引導を渡すつもりか!? すぐに館に向かえ! 儂も館に突入する!」
焼かれていく館の宝物庫に現在のオスマンの領主が怯えるように隠れていた。
黄金の山の上にルドラはいる。
そして金で彩られた部屋を忌々しそうに眺めながら、兄であるオスマン領主に告げる。
「やぁ兄者、よほど金が好きと見える。よりにもよってかような時に、こんな所に逃げるとはな……」
狼狽えるオスマン領主はルドラに必死に命乞いをする。
「好きなだけ金はくれてやる……! 領主の座もお前に渡す! だから命だけは助けてくれ!」
それを聞いたルドラは足元に散らばる金貨を両手で掴み、憤りを抑えるように肩を震わせながら、兄に問いかける。
「兄者にはこれが金に見えるか!?」
オスマン領主は弟の問いかけが理解できなかった。だがルドラは続けた。
「金銭欲が兄者の眼を曇らせた。兄者、この輝きが本当に金か!? 山脈の中を金堀衆達が命かげで掘り当て、汗だくになりながら職人達が生成した金とお思いか? この金貨にそのような輝きは宿っているとお思いか!? よくご照覧あれ! この金貨の濁った輝きを!」
未だに弟の言葉が理解できないオスマン領主は思わず尻餅をついた。
しかしルドラは兄の目の寸前まで金貨を突きつける。
「まだわからぬか、兄者……。これは金の輝きではない。金に偽て作られた鉱石に過ぎぬ。ここにある金貨、金塊、金飾、全てが紛い物じゃ……。兄者は贋作の金をこのオスマンの領地に流し、この地に生ける民草を他国に売り、このオスマン自治領を傾かせた……。この紛い物の金こそが兄者の、今のオスマンの地を傾国へと導いた魔性の魔女よ……」
ルドラは眼前の金の山を、ハッキリと偽の金と言い放った。
オスマン領主がマジマジと目の前の金を見つめる。
だがオスマン領主はそれが贋作とは信じられなかった。
「馬鹿な!? 私は偽の金に躍らせれていたのか!? そんなはずはない! あってたまるか!」
そんな兄の言葉にルドラは血の涙を流していた。
「最早兄者には本物の金と濁った金の輝きを見分けることができぬか……! 許せん! かような紛い物の光でこのオスマンを照らしていたとは……! 悪銭で我がオスマンを誑かした罪、万死に値する! かような紛い物の輝きを放つ悪銭なぞ、この業火で燃えてしまえ!!」
ルドラは炎の中に偽の金貨を投げつける!
「領主の位もいらぬ! 悪銭に誑かされた罪、七代までの恥としよう! かような紛い物の光に欺かれた血族に領主の資格無し! 兄者、我は兄者を尊敬しており申した。兄者は銭を愛しておりました、このルドラよりも。兄者ならこのオスマンも銭の都とすることができると信じておりました。しかし、このダキアの民衆は目の前の金貨が紛い物と見抜くことが出来ず、その欲に振り回される始末。不祥、このルドラが幕引きをさせていただきます。我が生涯をかけて、オスマンから紛い物の金を燃やし尽くす所存であります!」
ルドラが偽の金貨の山に火を放つ。
オスマン領主は弟の諫言を信じることが出来ず、必死になって金を守ろうとする。
「私が愛でる金の山が紛い物だと!? そんなわけがない! そんなことがあってたまるか! あってはならんのだ!!」
オスマン領主は燃え盛る炎を省みず、身を挺してその偽の金の山を守ろうとする。
オスマン領主が生涯を賭けて愛した金が贋作となれば、自尊心は崩壊する。
だから偽物の金であっても守ろうとするのだ。
ルドラは血の涙を拭いて、哀しく微笑んで見せた。
「兄者、おさらばでございます。我は今を生ける民草と共に黄金の輝きを取り戻していきます。燃える偽の金を守ろうとするなら、兄者はその紛い物と共に焼かれる宿命、宿願だったのでしょう。黄泉地でまた会いましょう」
ルドラは立ち去った。
宝物庫に取り残されたオスマン領主は自身の身が焼けると同時に自身の誇りが焼けるのを感じた。
自身が邁進して集めた願望の塊が贋作とは信じたくても、信じられなかった。
信じることは許されない。
それを信じるくらいなら、この業火に焼き尽くされてしまう方がマシだった。
偽の金貨が焼き尽くされ、炎で館は崩れ落ち、領主の野望は潰えた。
炎の中からルドラが現れる。
焼ける大使館を寂しげな目で見つめる。
ただ自分に正直だった兄を狂わせた悪銭が焼き尽くされるのを眺めていた。
ルドラは無念の嗚咽を漏らした。
するとレナスがルドラを宥める。
「悪郎め、あの炎の光を見えぬか……。あの光こそこの街の民衆を微睡から起こす輝きであるぞ」
ルドラは燃え盛る火の中で放つ光の粒の煌めきをその瞳に焼き付けていた。




